羽生雅の雑多話

引越してきました! 引き続きよろしくお願いします!

京都寺院遠征~智積院

 10月最終週の金曜は三重と京都で仕事があり、津駅に午前10時半に行かなければならなかったのですが、早起きする自信がなかったので、大事を取って前泊することにしました。津にはあまりホテルがないので名古屋に泊ろうと思っていたのですが、金曜の夜は京都の業者と食事をする予定だったので、京都駅の近くにホテルを取っていて、違うホテルに一泊ずつして朝荷造りをするのも億劫だったので、京都に二泊することにしました。のぞみを使えば京都から名古屋までは30分なので。

 

 で、仕事とはいえ、関西往復にかかる時間と相応の労力を費やす以上、個人として得るものがないというのは空しくてストレスになるので、いつものように土曜はどこかに寄ってから帰ろうと思い、ネットで調べていたら、10月23日から31日まで智積院で夜間特別拝観が開催されているという情報をキャッチ。なので、木曜は2時半で仕事を切り上げて、品川発15時37分ののぞみに乗ると、17時44分に京都駅に着いたので、6時にはホテルにチェックインして荷物を置き、智積院へと向かいました。市バスで東山七条バス停まで行って、そこから3~4分歩き、6時半過ぎに到着。受付で拝観料を払い、夜間拝観期間中に一日限定50枚頒布という特別御朱印が書き置きで用意されていたので、そちらをいただきました。

f:id:hanyu_ya:20211111003926j:plain智積院冠木門

f:id:hanyu_ya:20211111004025j:plain特別御朱印。隣は夜間拝観参拝者にもれなく授与される疫病退散御守。

f:id:hanyu_ya:20211111004146j:plain疫病退散御守についての説明文

 

 智積院真言宗智山派の総本山で、御本尊は大日如来。元々は紀州根来寺の学問所で、根来寺豊臣秀吉によって焼き払われると、智積院の学頭は高野山、さらには京都に逃れていましたが、元和元年(1615)に徳川家康から祥雲禅寺を寄進され、五百仏山根来寺智積院として再興し、現在に至っているとのこと。ちなみに、祥雲禅寺は秀吉が夭折した愛児鶴松の菩提を弔うために建立した禅寺だそうです。よって、今回の夜間拝観では国の名勝に指定されている庭園の他、国宝や重要文化財に指定されている寺宝を見ることができたのですが、これらは祥雲禅寺から受け継いだもののようです。

 

 案内に従って、まずは拝観受付所の隣にある収蔵庫へ。智積院文化財についても詳しく把握していなかったので何があるのだろうと思って入ったら、等伯率いる長谷川一派が手がけた障壁画がありました。国宝です。祥雲禅寺の客殿を飾っていたものとのこと。金地院で猿を見るまでは、等伯の絵は北野天満宮にある弁慶ぐらいしか記憶になかったので、「最近やたらと縁があるなぁ」と思いました。長谷川等伯の絵というと思い出すのは、猿や東博にある国宝「松林図」なので、金をふんだんに使った、いかにも桃山文化的な、御用絵師っぽい絵まで描いていたとは知らず、意外でした。

 

 続いて講堂の前を通って大書院へ行き、建物の中からライトアップされた名勝庭園を鑑賞。こちらも祥雲禅寺時代に作られたもので、中国の廬山を模しているとのこと。「利休好みの庭」と呼ばれ、元々は秀吉が創建した寺院の庭なので、秀吉の茶頭だった千利休が関係しているのかもしれません。

f:id:hanyu_ya:20211111004553j:plain大書院に向かう途中の講堂(左)と庭園

f:id:hanyu_ya:20211111004653j:plain大書院の縁側から見る名勝庭園「利休好みの庭」(正面から)

f:id:hanyu_ya:20211111004753j:plain大書院の縁側から見る名勝庭園「利休好みの庭」(斜めから)

f:id:hanyu_ya:20211111004910j:plain縁側前にある手水鉢には花がきれいに生けられていました。

f:id:hanyu_ya:20211111005037j:plain庭の反対側、大書院内部にある、長谷川派の国宝襖絵を模写したレプリカ

f:id:hanyu_ya:20211111005134j:plain大書院の上座。御簾にある桔梗紋は智積院の寺紋ですが、前身である祥雲禅寺の造営奉行だった加藤清正の家紋に由来するそうです。清正の家紋といえば蛇の目紋が有名ですが、桔梗紋も使用したとのこと。まあ、清正の先祖は明智家からの養子で、つまり清正の加藤家は土岐氏に連なる血筋ですから。

f:id:hanyu_ya:20211111005323j:plain大書院の西側にある枯山水庭園

 

 大書院から渡り廊下で繋がる宸殿に渡り、今回の特別公開で一番気になっていた重要文化財――王維筆の「瀑布図」を鑑賞。この絵が公開されていると知ったときには、王維が絵を描いていて、その絵が日本に残ってるなんて思いもしなかったので、「王維って、あの王維?」と驚き、これは見てみたいと思いました。なにしろ王維といえば李白杜甫らと同じ唐代を代表する詩人で、すなわち彼が残した絵ということは、美術的にはもちろん、歴史的にも貴重な文化財ですから。

 

 ……のはずなのですが、展示物というより床の間を飾る普通の掛軸として飾られていたので、まずはその事実にビックリ。そして画風だけでなく、絵が描かれている紙も軸装もとてもそんな長い年月が経っているとは思えない保存状態で(修復されているのかもしれませんが)、実に洗練された趣の画軸でした。加えて、その部屋がなんともシュールな空間だったので、今までに味わったことのない奇妙な感覚をおぼえました。というのも、宸殿は客殿として昭和33年(1958)に造営された建物だそうで、襖絵は当時画壇の重鎮だった京都出身の堂本印象が手がけた「婦女喫茶図」――画題のとおり洋装と和装の女性がお茶をしている絵です。カラフルな人物画という近代の作らしいモダンな襖絵で彩られた部屋の床の間の掛物として、中国唐王朝時代の漢詩人で「詩仏」とも称された王維が描いた水墨画を見るのは、そのアンバラスさゆえに新鮮でもあり、たいそう摩訶不思議な気分でした。

 

 智積院宸殿の堂本印象作の襖絵というとこの「婦人喫茶図」が有名みたいですが、私は別の部屋にあった襖絵のほうが気に入りました。「婦人喫茶図」がある隣の部屋には「朝顔に鶏の図」「茄子に鶏の図」「流水に鶯の図」があり、正面の朝顔だけに色が使われていて他は墨絵なのですが、その隣の部屋の襖絵はまた金地に極彩色で描かれた「松桜柳の図」で、部屋ごとに雰囲気ががらりと変わって意外性があり、とてもおもしろかったです。特に、これぞ日本画におけるモダニズムというような極端にデフォルメされた木々が描かれた「松桜柳の図」はインパクトがある作品でしたが、それでいて寺院の客殿という典型的和室空間にそぐわないということはなく、見事に馴染んでいて、訪れた人の目を楽しませる役目を果たしていたので、堂本印象という画家に対する自分の認識が一変しました。今までは世間的な評価を素直に受け入れて近代画壇の大家の一人と思っていましたが、間違いなく優れた絵描きであると再認識しました。

 

 「松桜柳の図」の隣の部屋は「三山の間」という部屋で、国宝の等伯筆「松に黄蜀葵及菊図」の一部があるのですが、違い棚の奥に貼り付けられていたので、「なんて贅沢な使い方なのか」と内心唸ってしまいました。金地院でも等伯の絵が現役の襖として使用されているのに驚きましたが、「三山の間」の国宝はその絵の前に違い棚がある――つまり違い棚そのものや、棚の上に香炉などを置けば置いた物で絵が部分的に隠れてしまうような使い方をしているのです。これこそが障壁画の本来の在り方かもしれませんが。

 

 さらに驚いたのが、この部屋の利用者。智山派の三つの大本山貫主が来山したときに滞在する部屋なので「三山の間」という名称のようですが、“三つの大本山”とは新勝寺平間寺薬王院……。いずれも関東の人間にはお馴染みの、お寺に興味がなくても知っている名刹――毎年初詣参拝客数トップ3にランクインする成田山と川崎大師、そしてミシュランガイド掲載の高尾山です。「えー、この有名どころが全部智山派!?」という感じでした。真言宗天台宗以上に宗派が細かく分かれていて、宗祖空海が開いた東寺と高野山を筆頭に、醍醐寺仁和寺大覚寺泉涌寺、勧修寺、随心院信貴山長谷寺などが各派の本山として名を連ねています。どの寺も好きなので二度三度、所によってはそれ以上訪れているのですが、その本山の中に智積院が入っているとはつゆ知らず、京博の斜向かいという、他の本山に抜きん出てアクセスの良い場所にありながら、今回が初訪問。まだまだ知らないこと、驚かされることがたくさんあります。

 

 王維の掛軸もこのたび16年ぶりの公開で、次はいつ見られるかわからなかったので、宸殿を二巡すると、本坊、講堂をまわって大書院玄関に戻り、靴を履いて屋外に出て拝観終了。時刻は8時になろうかというところで、宿坊の智積院会館は食事だけの利用も可能なのですが、オーダーストップが8時で微妙に間に合わなかったので、そちらで精進料理を食べるのはあきらめて、智積院を後にしました。

f:id:hanyu_ya:20211111010722j:plain大書院から講堂に向かう回廊にあった釣鐘

f:id:hanyu_ya:20211111010826j:plain講堂から見る唐門近くの紅葉。隣に高浜虚子の句碑があります。

 

 いつもは新幹線改札口に近い八条口のほうにホテルを取るのですが、今回はたまたま京都タワーの近くにしていたので、途中で夕飯を食べようと思い、七条通を歩いて戻ることにしました。京博沿いにメニューが鰻雑炊のみの「わらじや」という創業400年になろうかという老舗があり、雰囲気も古色を帯びていて、お気に入りの店なのですが、残念ながら閉まっていたので、ホテルに向かってあてもなく歩いていたら、「鴨川製麺所」という店を発見。このところ疲労が溜まっているせいか胃腸の調子が良くなく、食欲はあっても消化不良気味で、その日も精進料理か雑炊ぐらいしか食べる気がしなかったので、蕎麦うどんでもいいかと思いつつ近づいていったら、「京都自家製抹茶うどん」という看板の文言が目に入り、俄然食べてみたくなって入店。気になるメニューがいろいろありましたが、量は食べられず、かつ湯葉好きなので、生湯葉うどんを注文しました。

f:id:hanyu_ya:20211111011233j:plain「鴨川製麺所」の生湯葉うどん。いかにも抹茶が練り込まれていそうな緑色を帯びた麺でした。七味を入れ過ぎたせいか、抹茶の味はわかりませんでしたが。

 

 店を出ると、忙しい朝に窓口や券売機に並ぶため早めにチェックアウトをするのは嫌だったので、駅に寄って翌日の切符を買ってからホテルに戻り、翌金曜は三重と京都で仕事をし、土曜は静岡の親元に寄ってから夕方家に帰り、遠征終了です。

f:id:hanyu_ya:20211112000835j:plain静岡駅構内のキオスクで見つけた「はにわぷりん」。一瞬登呂遺跡関連のお土産かと思いましたが、堺名物だそうで、スポット的に期間限定で販売されていたようです。埴輪スキーにとっては埴輪っぽい焼物の容器に入っていることが重要で、静岡土産とか大阪土産とかはどうでもいいことなので、迷わず購入

 

※11月13日追記

 王維は盛唐時代の詩人ですが、智積院リーフレットを読み直したら「『瀑布図』は13世紀宋時代に描かれ」と書かれていました。唐の時代は618~907年、宋の時代は960~1279年。王維は出典によって生没年は異なりますが、李白杜甫と同時代に活躍しているので8世紀の人間です。したがって13世紀に絵を描くことはできません。……どういうことなのかわからず、少々混乱しています。

京都・滋賀寺院遠征&明智光秀探訪15~延暦寺、金地院

 今年もあと2か月を切りました。コロナ禍で人間が停滞を余儀なくされていても、月日は否応なしに矢のように疾く過ぎていきます。そのスピードにはとてもついていけませんが、時が流れているのに何の変化もなく流れる前と変わらない――いい悪いはともかく、何の経験値も積まれていないというのは精神的にすわりが悪くイライラする人間なので、2回目のワクチン接種が終わって2週間以上経過したシルバーウィーク後半から遠征を再開し、10月に入るとさらに移動&活動を本格化。その他、年に3回ぐらいは顔を出していたフレンチレストランに10か月ぶりに行ってボランジェのボトルを空けたり、7月以来の宝塚観劇をしたりと、以前と同じように忙しく過ごしています。

 

 で、はや半月前のことになりますが、先月の16日はラルク・アン・シエルの30周年記念ライブが常滑であったので、その日は京都に泊まり、翌日曜は比叡山に行ってきました。今年は開山である伝教大師最澄の1200年遠忌にあたる年ということで、9月12日から戒壇院と東堂が特別公開され、10月1日からは国宝館で「戦国と比叡~信長の焼き討ちから比叡復興へ~」という特別展が開催されているからです。毎月23日が明智光秀ゆかりの愛宕神社の縁日なので、念願の愛宕詣でをするつもりで当初は22~24日に京都遠征を考えていましたが、22日はまたラルクの幕張公演に行くことになったので、遠征を前倒しにしました。縁日は今後も毎月あるので愛宕詣では延期できますが、特別公開&特別展は期間が限られているため、行けるときに行っておいたほうがいいと思ったので。この御時世、何があるかわかりませんから……(第6波到来とか)。

 

 ライブの開演時刻は17時だったので、その前にもどこか神社に寄れたらと思っていましたが、10月以降は仕事も忙しく、木曜の時点でそんな気力も体力もすっかりなくなっていたので、金曜の夜に名古屋入りする予定を土曜出発に変更。当日は朝早く起きることもできず、結局家を出たのは10時半過ぎでした。品川発12時7分ののぞみに乗り、1時半過ぎに名古屋駅に到着。名鉄線に乗る前に大きな荷物を手放したかったので空きロッカーを探しましたが、見あたらず。京都や大阪で昼過ぎに空きロッカーを見つけるのが難しいことはわかっていましたが、名古屋では記憶になく、しかもコロナ禍で最近は旅行者が少なかったので預けられないことはなかったのですが、やはり人出が増えたということなのでしょう。

 

 仕方がないので、荷物を持ったまま14時過ぎの中部国際空港行き特急電車に乗り、14時40分に終点に到着。ライブ会場の愛知スカイエキスポ(愛知県国際展示場)は駅から徒歩5分ほどの所でしたが、家を出る前に食事をしたきりだったので、まずは遅い昼食兼早い夕食を摂るため、セントレアへ寄ることに。4階のレストラン街に宮きしめんの店が入っていたので、そこを目指したのですが、行ってみると満席で待機組もいたので、あきらめて、すぐに入れる店を探し、「牛まぶしや」という店に入店。名古屋めしの好物を食べるつもりで新幹線ではスタバのコーヒーを飲んだだけだったので、ハイボールを飲みつつ「知多牛まぶし御膳」というメニューを食べました。私の名古屋めしの好物は、きしめんとひつまぶし(ウナギ)なので、今回もそのどちらかを食べるつもりでいたのですが、知多牛というのは今まで聞いたことがなく知らなかったので、知多半島でないと食べる機会がない稀少食材なのではないかと思い、予定を変更してこちらを注文。ブランド和牛は今までに出合った近江牛鳥取和牛オレイン55、前沢牛などが忘れられないぐらい素晴らしく美味だったので、地元で食べる機会があれば極力食べるようにしています。……なのですが、はっきり言って、知多牛は普通に美味しい牛肉で、あまり印象には残りませんでした。

f:id:hanyu_ya:20211106234019j:plain「牛まぶしや」の知多牛まぶし御膳

 

 食事後、まだ時間があったので空きロッカーを探してターミナル内をうろつき、出発ロビー階で見つけて重い荷物から解放されると、4時過ぎにセントレアを出て、愛知スカイエキスポへと向かいました。ライブはほぼ時間どおりに始まり、終演後は席ごとに時間差で退場させる規制退場なので、ラストの曲の前の曲の演奏中に席を立ち、会場を後にしました。規制退場でもそれなりに密にはなるし、帰りの電車は混むし、ラストナンバーは想像がついていて、それほど聴きたい曲でもなかったので。

 

 セントレアに行ってロッカーから荷物を引き上げると、19時22分発の新可児行き準急電車に乗れたので、乗車中にエクスプレス予約で名古屋発20時33分ののぞみを予約。定刻どおり20時10分に名古屋駅に到着し、20分ほど余裕があったのでタカラ缶チューハイを調達するため売店に寄ったら、昨年恵那で買った中津川の和菓子屋――松月堂の栗きんとんを見つけたので購入。新幹線に乗車後、京都まで30分ほどの時間でしたが、栗きんとんをつまみにひと缶を空けました。21時6分に京都駅に着くと、八条口近くのホテルにチェックインして、この日は終了です。

 

 明けて翌朝は9時過ぎにチェックアウトをして、荷物をホテルのロッカーに入れたあと、駅の反対側のバス乗り場へ。9時30分発の比叡山ドライブバスに乗り、10時45分に比叡山バスセンターに到着。前回は釈迦堂の特別公開の時に訪れたのですが、その時も秋で、麓より4度ほど低い気温にブルブル震えていた記憶があったので、家を出るときは25度ぐらいでしたが、折りたたみできる薄いコットンコートを羽織って出ました。愛知の気温も26度ぐらいだったので、土曜は終日手荷物でしたが、時折雨がぱらつく日曜の比叡山では必須でした。それでもバスを降りたときはやや寒いくらいでしたが、境内は広大な上に山地なので坂や階段が多く、必然的にたくさん歩くので、歩いていたらちょうどよい加減になりました。

 

 バス停の前にある売店の隣にあるチケット売り場で巡拝セット券を購入すると、まずは最寄りの国宝殿へ。ここで開催されている特別展では、元亀2年(1571)9月12日に行われた比叡山焼き討ちの十日前に書かれた明智光秀の書状や、坂本の滋賀院で見た物とはまた別の、慈眼大師天海所用と伝わる具足など、たいへん興味深い資料を見ることができました。明智光秀関連の展示は昨年見まくりましたが、まだ初めて見る物があって、嬉しくてたまりませんでした。撮影は禁止でしたが、図録が販売されていて、400部限定と書かれていたので即購入。正直なところ、にわか雨の天気で、かさばるサイズの本を持って境内を歩きまわるのは気が進まなかったのですが、帰りに寄ることにして万が一売り切れていたら超ショックですから。図録には光秀書状の釈文も載っていたので、買いそびれたらダメージ大です。何故なら、この書状は個人蔵のため、おそらくネットで調べても出てこず、今度はいつ見られるかわからなかったので。今年は比叡山焼き討ちから450年という特別な年だから所蔵者も出展してくれたのだと思います。焼き討ちと同じ9月12日には『比叡山仏教文化シンポジウム「比叡山焼き討ちから450年の時を経て···」~織田信長公・明智光秀公の末裔をお迎えしての特別対談~』というイベントが開催され、織田信長明智光秀両者の末裔と延暦寺の僧侶による対談も実現していましたし。こういう機会は逃すべからず、です。

f:id:hanyu_ya:20211106234102j:plain特別拝観の看板

f:id:hanyu_ya:20211106234128j:plain特別展の看板

f:id:hanyu_ya:20211106234202j:plain特別展の図録

 

 国宝殿を出ると、次は特別公開をしている法華総持院東塔へ。まだ新しい建物だったので、チケット売り場でもらったパンフレットを読むと、最澄が国を護り人々の安寧を祈るために全国6か所に計画した宝塔――「六所宝塔」の一つであり要となる総塔だが、長らく途絶えていて、昭和55年(1980)に約400年ぶりに再建されたとのこと。帰ってさらに調べてみたら、東塔が失われたのは元亀の法難が原因であることがわかりました。つまり織田軍による焼き討ちによって焼失し再建された塔を焼き討ちから450年という節目の年である今年公開しているわけで……延暦寺もなかなか皮肉のきいたシャレたことをする、と思いました。

 

 東塔近くの御朱印授与所で特別御朱印をいただいて、東塔の隣にある阿弥陀堂にお参りすると、続いて阿弥陀堂の坂下に位置する戒壇院へ。こちらも元亀の法難で焼失しましたが、僧侶に戒を授ける「授戒」の場で、すなわち最澄の教えの担い手を世に送り出すという重要な役割のある堂だからか、延宝6年(1678)には再建されました。ということで、300年以上前の江戸時代前期の建物なので、重要文化財に指定されています。ただし堂内の釈迦牟尼仏は昭和62年(1987)に新調された像で、西村公朝仏師の作とのこと。公朝師は絵が巧みで、昔仕事で師の直筆仏画とかを扱っていたので、仏画師ではなく仏師だったのだと改めて思いました。ちなみに、戒壇院は天長4年(827)の創建以来一般に公開されることはなく、今回が初めてだそうです。パンフレットによると、授戒は燈明と蝋燭の灯りだけに照らされた堂内で行われるそうなので、おそらくその状態を再現したのであろう、暗くて神秘的な空間を体験することができました。

f:id:hanyu_ya:20211107010523j:plain東塔

f:id:hanyu_ya:20211107010630j:plain戒壇

f:id:hanyu_ya:20211107010656j:plain東塔と戒壇院の特別御朱印。特別拝観期間中のみ授与されます。

 

 戒壇院を出ると、今回の比叡山詣での目的はすべて果たし、時刻も11時半を過ぎていたので、昼食を摂ることにしました。ケーブルで坂本へ下りて芙蓉園本館にでも行こうかと思いましたが、前に来たときには混んでいて入店を断念した延暦寺会館へ行ってみることにしました。宿坊ですが、宿泊客ではなくても利用できる食事処があり、以前と違って時間も早く参拝客も少ないため、入れるのではないかと思ったので。思ったとおり、少ないというか、ガラガラでした。ひと組の客しかいなかったので、琵琶湖がよく見える窓際の席に案内してもらえ、数量限定の精進料理「比叡御膳」も問題なく注文できました。

f:id:hanyu_ya:20211106234315j:plain窓から見えた琵琶湖。真ん中の木の先にある山は三上山。近江富士と呼ばれるだけあり、すぐにわかります。

f:id:hanyu_ya:20211106234406j:plain比叡御膳。精進料理です。

 

 食事をしているあいだに、この後どうするか検討したのですが決まらなかったので、とりあえず食後のコーヒーでも飲みながら考えようと思い、1階のカフェ「れいほう」に寄ったら「梵字ラテ」というメニューがあって、自分の守り本尊の梵字を選べたので、そちらを頼んでみました。

f:id:hanyu_ya:20211106234441j:plainキリークの「梵字ラテ」。安土で飲んだ織田木瓜紋ラテを思い出しました。抹茶ラテもありましたが、食後のコーヒーなのでカフェラテを選択。

 

 東塔以外のエリア――西塔や横川に行くことも考えましたが、前回隈なく見ていて、紅葉にはまだ早く、雨が降ったり止んだりで、歩きまわるのに適した天候でもなかったので、結局京都市中に戻って帰ることにし、京都駅行きドライブバスの出発時刻までまだ時間があったので、根本中堂に参拝。比叡山延暦寺の本堂にあたる根本中堂は現在「平成の大改修」中で味気ない素屋根に覆われていますが、お参りはでき、かろうじて不滅の法灯も見ることができます。それだけでなく、今ならではの仮設のステージが作られていて、工事途中の屋根などが見られ、アプリをダウンロードして所々にある立て看板のARマーカーを読み込むと、その場所の工事後がスマホで見られるというようなこともやっていました。アンドロイド観音を見た高山寺や御歌頭作の墨絵を見た本能寺でも思ったことですが、メジャーで由緒もあるお寺ほど文化の最先端を行っています。歴史的に見ても寺とは元来そういう場所なので、まあ当然といえば当然のような気もしますが。天台宗の総本山である延暦寺も例外ではなく、つくづく「攻めているなぁ」と思いました。海外からの観光客も多く、元々広く教えを知らしめることが前提にあるため、世界を基準としたグローバルな視野で活動を考えているからかもしれません。

f:id:hanyu_ya:20211106234534j:plain根本中堂の石碑と遠忌の立札

f:id:hanyu_ya:20211106234611j:plain萬拝堂の隣の無料休憩所にいた伊達政宗サン。比叡山が『戦国BASARA』とコラボしてスタンプラリーをやっていました。本当に攻めています。

f:id:hanyu_ya:20211106234651j:plain根本中堂の素屋根内の様子。壁画絵師、木村英輝さん画のタペストリーが掛かっていました。モチーフは、不滅の法灯に導かれて躍動する生物だそうです。

f:id:hanyu_ya:20211106234727j:plain撮影許可エリアのステージから見た根本中堂の屋根

 

 根本中堂のあとは、星峰稲荷、文殊楼、大黒堂と巡り、鐘楼で鐘を撞いて大講堂へ。大講堂から出てくると、次を見に行く余裕はなかったので、バス停へと向かいました。バス停には出発時刻の20分前には着きましたが、すでにバス待ちの列ができていたので、バス停前の売店胡麻豆腐を買ったら列に並び、14時11分発のバスに乗車。行きは自分の他ひと組の乗客だけでしたが、帰りはほとんどの座席が埋まっていました。

 

 バスを待っているあいだに降ったり止んだりしていた雨が本格的に降り出し、乗車中は傘なしでは歩けない本降りとなったので、引き上げてよかったと思いつつ、エクスプレス予約で新幹線の予約を1時間ほど早めて4時台にすると、京都駅は終点で1時間半ぐらいかかり寝過ごす恐れがなかったため、安心してウトウト。気が付けば三条京阪の手前で、外を見ると雨も上がって晴れていたので、このまま帰るのは惜しくなり、慌てて降車ボタンを押し、下車。東西線に乗って蹴上駅で降り、かねてから行きたかった、明智門のある金地院へと向かいました。

 

 駅から徒歩5、6分ほどで到着し、山門を入ってすぐの受付に特別拝観の案内があり、当日でも申し込み可能とのことだったので、特別拝観券を購入。特別拝観エリアはガイドツアーによる見学で、次の開始時刻は10分後の15時30分から。拝観時間は5時までで、受付は4時半までなので、時間的にその日の最後のツアーと思われ、なんてラッキーなんだと思いました。事前予約客が少なければ当日申し込みで拝観できることはネットの情報で知っていましたが、時間が決まっているガイドツアーとはつゆ知らず。10分の待ち時間で最終ツアーに参加できたのだから幸運です。

f:id:hanyu_ya:20211106234833j:plain金地院の山門

 

 受付でいただいた栞によると、金地院は臨済宗南禅寺派の寺院で、応永年間(1394~1428)に大業和尚が4代室町将軍足利義持の帰依を得て京都北山に開創し、慶長年間の初めに崇伝和尚が移転して南禅寺塔頭となり今に至るそうです。それゆえ崇伝和尚は「“金地院”崇伝」と呼ばれ、徳川家康に近侍し、比叡山南光坊に住していた天海と共に参謀として活躍したので「黒衣の宰相」とも呼ばれました。金地院にある明智門は、天正10年(1582)に明智光秀が母の菩提を弔うため黄金千枚を寄進して大徳寺に建立したもので、明治元年(1868)に金地院に移されたとのこと。それより前には伏見城から移築された唐門があり、現在重要文化財に指定されている金地院の方丈も慶長16年(1611)に崇伝が徳川家光から賜った伏見城の殿舎を移建したものだそうなので、南禅寺塔頭としての金地院は伏見城の遺構を再利用して建立された寺院なのでしょう。

 

 唐門の玉突き移築については大徳寺の遠征記でも少し触れましたが、改めて説明すると、豊臣秀吉を祭神とする豊国神社は、豊臣家を滅ぼした徳川家康によって廃絶となり江戸期には廃れていましたが、維新で家康が開府した徳川幕府が瓦解すると明治天皇の意向で再建されることになり、その際に金地院に移建されていた伏見城の唐門が移築されました。そのため金地院は代わりの唐門を大徳寺から購入、それが明智門です。そして大徳寺明智門があった場所に三門(山門)西側にあった門を方丈前に移建。これが現在方丈前にある国宝の唐門で、秀吉の聚楽第の遺構とのことです。伏見城の築城主は秀吉なので、その唐門の移転先が秀吉を祀る豊国神社であるのは理に適っていてよくわかりますが、その後釜が大徳寺明智門であるのは何故なのか……、家康の参謀だった崇伝の金地院の唐門に、同じく家康の参謀だった天海と同一人物説がある明智光秀建立の唐門が選ばれたのは単なる偶然なのか……実に意味深です。

f:id:hanyu_ya:20211106234925j:plain明智門と方丈

f:id:hanyu_ya:20211106235008j:plain正面から明智

f:id:hanyu_ya:20211106235040j:plain明智門についての説明板

 

 念願の明智門を見て、ガイドツアーの集合場所である方丈へ行くと、まずは金地院に寄ったため乗れなくなった4時過ぎの新幹線をエクスプレス予約で6時台に変更。そして不思議な形の石がある目の前の庭園を興味深く見ていたら、10分なんてあっという間に経過して、建物の中からガイドさんが登場。方丈には二組の先客がいましたが、特別拝観はしないようで、ガイドツアーの参加者は私一人だけでした。特別拝観エリアに入る前に庭園についての説明を受けたのですが、小堀遠州の作で、鶴と亀に見立てた庭石があるので「鶴亀の庭」といい、国の特別名勝とのこと。名勝ではなく特別名勝は全国に36しかなく、近年行った所だと日本三景天橋立とか、日本三名園兼六園とか、世界遺産の二条城や醍醐寺とか、特別史跡でもある一乗谷などが挙げられますが、南禅寺塔頭である金地院にそれらに比肩する名庭園があるなんて知らずに来たので驚きでした。

f:id:hanyu_ya:20211106235117j:plain鶴亀の庭。向かって右に、無数の松葉を羽毛に見立てた松の木で折りたたんだ羽を、細長い石で嘴を表した鶴がいて、左には、赤茶けた大きな石と黒みがかった小さな石で甲羅と手足が表現された亀がいます。いったい小堀遠州って何者なのでしょうかね? 茶人かと思っていましたが、夢窓疎石なみの庭づくりのプロです。二人とも正真正銘のマルチタレントですね。

f:id:hanyu_ya:20211106235218j:plain方丈から見る鶴亀の庭

 

 特別拝観エリアに入ると、すぐ右手に鍵付きのロッカーがあり、手荷物をすべて預けてから案内がスタート。明智門が目的だったので金地院の文化財については詳しく把握しておらず、特別拝観も京都三名席の一つである遠州設計の茶室「八窓席」が見られるというので参加したのですが、予期せず大好きな等伯の猿に遭遇し、ビックリ仰天。重要文化財に指定されている長谷川等伯猿猴捉月図と老松図が描かれた襖があり、「いやぁ~、この猿、ここにおったんかい」と思わず声に出したくなるほど驚いて、しばらく襖の前でウロウロし、右から左からまじまじと見てしまいました。隔てるガラスやアクリル板、竹の結界などもなく、そのうえ襖として本来の形で見られたので感無量。国宝や重要文化財となっている襖絵は、保存のために実物は外されて宝物館などの別所に保管、あるいは展示され、それらがあった部屋には複製や別物が置かれていることが多いので。襖を襖として見ることができると、絵師が狙った効果を実際に確認することができます。等伯の猿も、座って見るときと立ったときでは猿と視線の合い方が明らかに変わったので感動しました。等伯の他、狩野探幽、尚信らが描いた襖も今なおちゃんと襖として機能していて、しかも残っている状態もよいので、部屋という空間で求められた襖絵の役割のようなものを当時とほぼ同じ感覚で確かめることができ、本当に嬉しくてゾクゾクし、何故今までこんな文化財の宝庫に来る機会がなかったのかと思いました。金地院のことを単に南禅寺の数ある塔頭の一つとしか思っていなかったからなのですが……。遅ればせながら貴重な文化財に触れることができ、当院を訪れるきっかけとなってくれた明智光秀に心から感謝しました。

 

 金地院には東照宮もあるのですが、栞によると、崇伝は家康の遺髪と念持仏を賜ったそうなので、それらを御神体として東照神君徳川家康)を祀っているのかもしれません。本殿とともに重要文化財に指定されている拝殿の三十六歌仙絵額は土佐光起によるもので、よく見えませんでしたが天井の鳴龍は探幽の作だそうです。探幽は幕府御用絵師で、光起は宮中御用絵師、いずれも時代を代表する一流の絵師です。妙心寺の「雲龍図」や二条城の「松に鷹図」を描いた探幽も好きですが、私は平安貴族スキー、源氏物語スキーなので、光起の源氏絵が大好きで、学生の頃から複製色紙などを買っていました。神社の拝殿に三十六歌仙絵が掲げられていることはよくありますが、大和絵の大家である光起筆の歌仙絵などという貴重な物は初代江戸将軍徳川家康墓所である日光東照宮にしか存在しないと思っていたので、またまたビックリ。日光東照宮や上野の寛永寺を創建した天海のほうが有名かもしれませんが、天海に劣らぬ崇伝の政治力――探幽、光起、遠州など天下に轟く一流どころに仕事をさせることのできる権勢の凄さを改めて思い知らされました。

f:id:hanyu_ya:20211106235318j:plain東照宮に向かう途中にある苔庭の飛び石

f:id:hanyu_ya:20211106235358j:plain東照宮に続く参道

f:id:hanyu_ya:20211106235449j:plain金地院東照宮

f:id:hanyu_ya:20211106235524j:plain東照公遺訓。久しぶりに見ました。「不自由を常と思へば不足なし」……実に奥が深いです。これほど令和を生きる現代人に刺さる言葉もないように思えます。

f:id:hanyu_ya:20211106235552j:plain金地院東照宮についての説明板

 

 崇伝を祀る開山堂をまわって境内を一周すると時刻は4時半前、あと数分で受付も閉まる頃合いで、見渡せば他に拝観している人も見あたらず、自分がいなくなれば門も閉められるのだろうと思い、一巡したのに境内をフラフラしているのは申し訳ない気がしたので、急いで金地院を出ました。

f:id:hanyu_ya:20211106235637j:plain金地院の山門にあった特別拝観についての案内。等伯の猿と光起の三十六歌仙絵を見たことで、昔見た悲田院にあった光起作の猿を思い出し、また見たくなりました。

 

 蹴上駅から地下鉄に乗り、烏丸御池経由で京都駅に戻ると、まずは券売機で新幹線の特急券を発券。その後、荷物を引き取りにホテルへ行き、少々時間があったので、ホテルのラウンジで宿泊客専用サービスの無料コーヒーを飲みつつ荷物整理をしてから、改札口へ。そして、いつものタカラ缶チューハイ近江牛弁当を改札内売店で調達すると、18時13分ののぞみに乗車。これにて遠征終了です。天海や崇伝のことはまったく意識していなかったので、本当に偶然なのですが、家康のブレーンだった二人の「黒衣の宰相」それぞれにゆかりの深い寺を同日に訪ねることと相成りました。光秀サンが結ぶ縁は奇縁としか言いようがありません。

 

 以下余談ですが、私はビクトリノックスのスイスアーミーナイフ――いわゆる十徳ナイフを長年愛用していて、ハサミが便利なので小型の物は毎日持ち歩き、ワインオープナーが付いている普通サイズは旅行に持っていくことにしています。過去ホテルや旅館で何度も借りた経験があるので。小型の物があれば用が足りる日帰り旅行と、荷物を預けない飛行機を使った旅行は取り上げられてしまうので持っていきませんが……一度アメリカの入国審査で引っかかり、プレゼントでもらったお気に入りを没収された悲しい経験もありますし。ということで、もちろん最近の遠征にも欠かさず持っていったのですが、そのビクトリノックスの十徳ナイフで、なんと墨絵師の御歌頭さんが書き下ろした明智光秀の絵をあしらったデザインがあると知ったので、どうしても欲しくなり、先週末銀座に出たついでに買ってきました。明智光秀+御歌頭の墨絵+ビクトリノックスですよ。こんな組み合わせ、いったい誰が考えたのか、スイス人ではないですよね? ビクトリノックス・ジャパンの社員? 信長はわかるけど何故光秀?……いろいろと疑問は尽きませんが、自分にとってスルーできない代物であることは確かなので、店で実物を見せてもらい、即決で購入。個人的には間違いなく頻繁に使うものですし。

f:id:hanyu_ya:20211107024537j:plainビクトリノックス戦国墨絵コレクションの十徳ナイフ、明智光秀バージョン。織田信長バージョンもあります。

f:id:hanyu_ya:20211107024604j:plain桔梗紋があしらわれた裏面。商品に付いていた栞には「明智桔梗の家紋は現代人である我々が見ても非常に美しいデザインである。己の心にまっすぐな方に贈る明智仕様」と書かれていましたが……「我々」っていったい誰? ちなみに隣の迷彩柄は、アメリカで取り上げられたあと買い直して、今まで愛用してきた物です。こちらより光秀バージョンはやや薄いと思ったら、写っているノコギリが付いていませんでした。ほとんど使わないツールなので、なくても不便はありませんが。

やはり只者ではないネイサン・チェン~フィギュアGPシリーズ第2戦スケートカナダ感想

 金曜は仕事で三重と京都に行き、京都の業者さんと夕飯を食べたので京都に泊り、翌土曜に帰ってきたのですが、ついでに両親の家に寄ってきました。年末年始には顔を出しているのですが、再びコロナウィルスの感染が広まり第6波が到来して昨年のように緊急事態宣言が発出されれば行けなくなるので。親に会うのは昨年の正月以来で、大学在学中に当時川越にあった実家を出ましたが、その後出身地である静岡県に戻った親元に盆暮れ正月には顔を出していたので、1年以上会わずにいたのは人生で初めて。ありがたいことに二人とも元気でしたが、想像以上に老け込んでいた外見に、確実に過ぎた1年10か月という時の流れを感じました。

 

 自宅だからか両親はマスクをしていませんでしたが、私はマスク無しでの会話は怖いので、飲食のとき以外は着用。そんな状態で泊まるのは気をつかい、面倒くさくて嫌だったので、昼食を御馳走になったあと3時間ほどの滞在で6時過ぎには帰宅し、「ブラタモリ」に続いて、スケートカナダのショートをテレビ観戦。北京オリンピック出場が有力視されている日本選手――羽生結弦選手、宇野昌磨選手、鍵山優真選手、紀平梨花選手などは出ていませんでしたが、世界王者のネイサン・チェン選手と私の大好きなジェイソン・ブラウン選手、リーザことエリザベータ・トゥクタミシェワ選手、アリョーナ・コストルナヤ選手が揃い踏みだったので、十分に見ごたえがありました。

 

 ネイサン、ジェイソン、リーザは自分のスケートが確立していて、その自分のスケートを突きつめたパフォーマンスは、洗練されているというか研ぎ澄まされていて、本当に素晴らしいです。はっきり言って格が違います。ネイサンのキレと柔軟性、ジェイソンの表現力と独創性、リーザのインパクトと力強さと色気――現在彼らに匹敵する存在感のあるスケートが可能な日本のスケーターはユヅだけですね。

 

 それにしても圧巻でしたね~、本日のネイサンのフリー。彼の不敗神話に終止符が打たれたというニュースで、フィギュアスケートのグランプリシリーズが開幕したことを知ったのですが、前回のアメリカ大会はまさかの3位。しかし一週間で立て直し、今回300点超えで優勝、あっさりとファイナル進出を決めました。先週地元で平昌オリンピック以来の敗北を喫し、今週は必ずや全力で勝ちに来るだろうと思ったので、ユヅとの直接対決の時と同じぐらいいい演技を見せてくれるはずと期待していましたが、その期待を裏切らない出来栄えでした。「ネイサン、オリンピック大丈夫か?」の声を封じ込める圧倒的な、やはり世界王者というか格が違うパフォーマンスでしたね。ジェイソンのフリーはショートに比べると出来がイマイチでしたが、この人の演技はジャンプを失敗しても見ることができてよかったと思える、他の誰も真似できない演技なので、見られるだけで満足。

 

 そしてリーザのフリー……言うことありません。女子シングルで優勝したのはフリーで4回転3本を成功させた新星ワリエワ選手でしたが、リーザの演技を見に来た、リーザがベストだと思った観客はたくさんいたと思います。強弱のメリハリがあり、演技の中で静と動が絶え間なく明確に入れ替わるリーザの演技。すべてのジャンプを跳び終わってラストに向かうときに、さらにスピードを上げて複雑なステップを踏んで盛り上げていく構成は驚きでした。腕や手の動きの美しさが秀逸で、5本の指を一番美しく見せられるスケーターではないでしょうか。手だけがよく動いて美しいとなるとそれはそれで違和感がありますが、脚の動き、腰の動き、体全体が魅せるように動いて、スケート靴を履いてダンスを踊っていると思うのはリーザだけですね。

 

 ワリエワ選手は素晴らしかったのですが、跳ぶ4回転がすべてタノジャンプだったのでデジャヴ感があり、手を挙げればいいというものではないと思った、ザギトワ選手が出てくる前のメドベージェワ選手を思い出しました。けれども、ジャンプが突出しているトゥルソワ選手よりは全体的にバランスが取れているような気がします。同じように4回転を跳ぶ技術と表現力を併せ持つ世界女王シェルバコワ選手との直接対決を見てみたいと思いました。

 

 今大会に出場した日本選手は、女子は奮闘していましたが、男子は残念な感じでした。ただし女子に関しては、宮原知子選手にやや強さが加わったのが三原舞衣選手で、三原選手にさらなる力強さが加わったのが紀平梨花選手という印象を抱きました。彼女たちとは魅力が異なる樋口新葉選手や坂本花織選手などパワフル系は、そのタイプの究極の進化形がリーザだと思うので、リーザの域に達しないと今期の国際大会の表彰台は難しいと思いました。リーザですら2位にはなれても1位は難しいのですから。最強ロシア勢の一角を崩せるのは、もはや日本女子では紀平選手ぐらいでしょうか。もっとも、紀平選手もメダル争いをするためには、万全の状態であることが絶対条件ですが。グランプリファイナル出場は逃しても、全日本で結果を出して、文句なしに北京オリンピックの代表に選ばれるように、今は耐えて治療に専念し、最後に悔いの残らないオリンピックシーズンにしてほしいですね。

参戦! 30thラニバ~ラルク・アン・シエル30周年記念ライブ in愛知スカイエキスポ&幕張メッセ

 本日のBGMはラルク・アン・シエルのアルバム――「ray 15th Anniverary Expanded Edition」です。「ark」と「ray」が2枚同時に発売された1999年当時は今より金銭的に余裕がなかったので(今も余裕があるわけではないですが……)、「ark」1枚だけを買いましたが、15年後に記念エディションが出たので「ray」も購入。今では総合的に「ray」のほうが好きですね。「いばらの涙」「花葬」「Sell my Soul」「snow drop」はどれも名曲で、「trick」や「浸食」「死の灰」「the silver shining」もいい。つまり「HONEY」以外全部がいいという素晴らしいアルバムです。ネット情報などあまりなかった昔は、アルバム曲については買って聴いてみなければわからなかったので、収録されているシングル曲がアルバム購入の決め手でした。たとえアルバム曲が期待外れであっても、後悔が少なくてすむので。なので、22年前も「HONEY」が好きではなかったから、2枚に収録されているシングル曲で一番好きな「Pieces」が入っていた「ark」のほうを選びましたが、L'Arc~en~Cielというバンドはシングル曲よりアルバム曲に名曲が多く、そういった意味では、「ray」は実にラルクらしいアルバムの一枚といえます。

 

 さて、昨日の幕張、先週の常滑と、2週連続でL'Arc~en~Ciel30th L'Anniversary LIVEに参戦してきました。25thラニバ以来のラルクライブです。ここ数年のラルクライブは転売対策でLiveQRアプリを介した電子チケットのみ、しかも顔画像データの登録が必要で、当日は入場時に運転免許証やマイナンバーカードなどの写真入り身分証明書との照合があり、加えて今回はコロナ感染対策で、指定の健康管理アプリをダウンロードしてライブと連携させ、ライブ前三日間の健康状態を登録しなければならないという面倒くささで、チケット申し込み時にそれらに同意しなければならず、そもそも当たるかもわからないのに、そんな説明ややりとりをするのが億劫だったので、いつも一緒に行っていたラル友にも声をかけず、一人で申し込みました。関東圏が当たらなければ、名古屋、大阪ぐらいまでは出向くつもりでしたし。

 

 案の定外れましたが、数日後に愛知4公演のリセール抽選の案内メールが届いたので、土曜なら行けるかと思い、愛知スカイエキスポ(愛知県国際展示場)の二日目の公演に申し込みました。すると、その数日後、愛知の結果が出る前に、幕張公演の追加抽選の案内メールも届き、毎度毎度ラルクの結成周年記念アニバーサリーライブ(通称ラニバ)はチケット確保に苦労しているので、とにかくどっちでも行ければいいと思って幕張も申し込んだら、両方当選……。最近のラニバはセットリストが物足りないので、1回観られれば十分だったのですが、キャンセルはできなかったので、2回参戦することにしました。全部外れて1回も行けないよりはマシです。次の35周年はラルクも私も世の中もどうなっているかわかりませんし……。実際のところ常滑で聴いた「花葬」などのhydeの高音はかなりキビしい感じでしたし、今や何が起こるかわからず、コロナのような予想外のことが起きたとしても何ら不思議ではありませんから。

 

 今回のツアーは大阪を皮切りに、福岡、名古屋、常滑、幕張、大宮、横浜、代々木で開催されますが、三日間の大阪と四日間の代々木以外は二日間公演になります。一日目と二日目のセットリストは多少違いますが、福岡公演の一日目と名古屋公演の一日目と常滑公演の一日目、福岡二日目と名古屋二日目は同じだったので、常滑の二日目も同じ二日目のパターンで、ラストナンバーは「あなた」だろうと思い、一曲前の「GOOD LUCK MY WAY」の途中で席を立ちました。どちらもCDですっ飛ばす曲の上、翌日は比叡山に行くため京都泊まりにしていたので。ここ数年のtetsu曲はどの曲を聴いても同じに聞こえ、アルバム「AWAKE」収録の「Link」の頃はまだよかったのですが、「KISS」収録の「MY HEART DRAWS A DREAM」を経て、「BUTTERFLY」収録の「Bye Bye」「GOOD LUCK MY WAY」「SHINE」「NEXUS 4」の4連発に至っては食傷気味で、勘弁してほしいというか、残念で悲しくなりました。「CHASE」「wild flower」「DRINK IT DOWN」という名曲があって救われていますが……。「Pieces」とか「死の灰」とか「瞳の住人」とかが書ける、kenとはまた違ったテイストのいいソングライターなのですが……ネタ切れというか、引出しがなくなったというか、枯渇してしまったのでしょうか。セットリストは「GOOD LUCK MY WAY」や「あなた」以外も、「HONEY」「NEO UNIVERSE」「STAY AWAY」「Driver's High」など、いつにも増して個人的にはどうでもいい曲のオンパレードでしたが、インディーズ時代の名曲「Dune」と、yukihiro曲で一番好きな「DRINK IT DOWN」が聴けたので、まあよしとしています。比叡山に行く用も果たせましたし、初めてセントレア中部国際空港)に行く機会も得ましたから。

 

 幕張公演は一日目だったので、ラストナンバーは一番好きな「虹」。泣いていませんが、心では泣いていました、感動で。この一曲を聴くために常滑と幕張に参戦したのだと納得し、報われた思いでした。幕張のほうは二日連続公演の一日目だったからか、hydeの声の調子も常滑の時よりよく、「花葬」の高音も気になるほどひどくはなかったので、大満足でした。10指に入るお気に入り曲「metropolis」や「CHASE」「As if in a dream」も聴けたので、結果的には2回行けてよかったです。それにしても、「DRINK IT DOWN」と「CHASE」を一日目と二日目に分けるところがニクイですねー。「XXX」は両日やるのに。だったら、「BUTTERFLY」収録のもう一つの名曲、「wild flower」が聴きたかったです。

 

 ステージは真ん中で360度全方向から見えるように設置され、回転するようになっていました。それを取り囲むようにパイプ椅子が置かれた客席は一つ飛ばして座るようになっていて、感染対策がきちんとされているかをチェックしているような、場違いなスーツ姿のスタッフがライブ中も会場を巡回していました。水分補給以外はマスク着用、声出しは不可で、許されるのはハミングのみ。そのため、鳴り物公式応援グッズとして光るマラカスが販売されていました。一人参加だったからなのか、両公演とも隣や前の席は一人客のようでしたが(同行者がいる場合の申し込みシステムも面倒なので、単に席が分かれているだけかもしれませんが……)、みんなちゃんとそのマラカスを持っていて、「気合いが入っているなぁ、本当にラルクが好きなんだなぁ」と思い、嬉しくなりました。幕張の隣と前は男性の一人客でしたし。私は当たったのがメモリアルグッズ付きのS席だったので、今回は何のグッズも買わなかったのですが。過去に買ったTシャツやらマフラータオルやらが有効活用されずに、ほとんどタンスの肥やしになっていますし。

 

 最後になりますが、遅ればせながら、祝福を。

 

 結成30年おめでとう、L'Arc~en~Ciel!!!

 

 いろいろ書き連ねましたが、好きな曲が多すぎて、もっとライブで聴きたい曲がありすぎて、「また「HONEY」「NEO UNIVERSE」か。もうこのへんはどうでもいい~」となってしまうというのが実情です。それでも、30年という長きにわたり質の高いバンドであり続けてくれて、今もライブで演奏を聞かせてくれて、本当に感謝しています。私が演奏曲を全部知っていて歌えるライブなんてやってくれるのは、もはやラルクさんだけですから。また演奏を聴ける日を楽しみにしています。もう一度「White Feathers」が聴きたい~、「All Dead」「ガラス玉」が聴きたい~。でも無理そうだから、せめて「Lies and Truth」「fate」「いばらの涙」「Pieces」「LOVE FLIES」「叙情詩」「星空」あたり、次は是非是非お願いします!

f:id:hanyu_ya:20211025010702j:plain常滑公演の記念チケット画像

f:id:hanyu_ya:20211031182655j:plain幕張公演の記念チケット画像

f:id:hanyu_ya:20211024140518j:plainS席チケットに付いていたメモリアルグッズ。帆布バッグの中にバッグステージパスっぽいものと風呂敷のようなものが入っていました。風呂敷は同じでしたが、バッグとパスの色が常滑と幕張で違うところにラルクさんの気遣いを感じました。

f:id:hanyu_ya:20211024140441j:plain風呂敷は広げるとこんな感じ。ツイルスカーフっぽいですが、裏が無地でスカーフとしては使いにくいので、風呂敷だと思います。

 

 
2021.10.16 セットリスト
 
1. get out from the shell/2. Caress of Venus/3. the Fourth Avenue Cafe/4. winter fall/5. flower/6. X X X/7. DAYBREAK'S BELL/8. STAY AWAY/9. NEO UNIVERSE/10. DRINL IT DOWN/11. 花葬/12. EVERLASTING/13. MY HEART DRAWS A DREAM/14. Driver's High/15. HONEY/16. READY STEADY GO

アンコール
1. ミライ/2. FOREVER/3. Dune/4. GOOD LUCK MY WAY/5. あなた
 
2021.10.22 セットリスト
 
1. get out from the shell/2. Caress of Venus/3. X X X4. winter fall/5. flower/6. metropolis/7. DAYBREAK'S BELL/8. REVELATIONSTAY AWAY/9. NEO UNIVERSE/10. CHASE/11. 花葬/12. EVERLASTING/13. MY HEART DRAWS A DREAM/14. Driver's High/15. HONEY/16. READY STEADY GO

アンコール
1. ミライ/2. FOREVER/3. As if in a dream/4.  Link/5.

恐竜科学博~ララミディア大陸の恐竜物語inパシフィコ横浜

 コロナの勢いが止まりませんねぇ~。長引くコロナ禍を乗り越えて日本人選手が東京オリンピックで頑張り、金メダル獲得が日本史上最多となっていますが、その活躍ぶりをあざ笑うかのように、ウィルスが国中で猛威をふるい、感染者の数も多くの県で最多を更新しています。

 

 4月の緊急事態宣言以降、一時期まん延防止等重点措置に変わっても、それ以上感染状況が改善しないため、平日は生活を維持するために止むなく仕事に行っていますが、休日は5月の10連休も7月の4連休もどこにも行かず。それ以外の土日も、月に1回宝塚を観に行くぐらいで、あとはステイホームに撤し、かれこれ3か月が経ちます。家でやることは山ほどあるし、ここ最近はオリンピアンたちが連日素晴らしいパフォーマンスを見せてくれているので、籠っていても全然苦ではありませんが。それに、いま外出するのは、感染のおそれ、マスク着用、猛暑という三重苦に耐えなければならず、そこまでして出かけたいところもないというか、そんな中で無理に出かけても自分が今までしてきた経験以上のものは得られない――とも思うので、特に我慢を強いられているというようなストレスもなく、おとなしくしている毎日です。

 

 ……ではあるのですが、10日ほど前にようやくワクチン接種の予約が8月後半の日程で取れたので、東京都の緊急事態宣言、神奈川県のまん延防止等重点措置が解除されたら、現在デスティネーションキャンペーンをしている東北にでも行こうと思っていました。しかし解除されるどころか神奈川県にも緊急事態宣言が出されることになり、そのうえ東京都の期間も延長されて8月末までに……。9月になれば事態がよくなると思える明るい材料もなく、下手をすればさらに状況は悪化して、休業休館が増えるなど、より活動が制限される可能性も無きにしも非ずといった現状なので、宣言が出る前に――と思い、昨日急きょパシフィコ横浜に来ているトリケラトプスに会いに行ってきました。定期的に日常とは異なる世界に触れてインプットやリフレッシュをしないと脳や精神が刺激されず動きが停滞し、感覚も鈍くなるので。

 

 埴輪や土偶、遺跡などもそうですが、恐竜も一気に遠い過去――非現実世界に精神を連れて行ってくれる貴重な存在です。なので、昔は機会があれば見るようにし、恐竜とアポロが見たくてワシントンまで行ったりもしました――ニューヨークには行ったことがないのですが。スミソニアン博物館群の自然史博物館と航空宇宙博物館は世界随一の規模で、ブロードウェイミュージカルを観るより多大な刺激を与えてくれると思ったので。その後、トレドにあると思っていたエル・グレコの「トレド風景」がトレドに行っても見られず、メトロポリタン美術館にあると知ってからはニューヨークにも行きたいと思っているのですが、それしか目的がないので重い腰が上がらず、いまだに実現できていません。

 

 閑話休題。夏休み企画で毎年のように日本で恐竜展が開催されるようになると、恐竜化石を見ることが大して稀少な体験ではなくなり、受ける刺激や感じる非日常性も薄れたので、わざわざ見に行くことはなくなりました。しかしながら、今回は現存するトリケラトプスの化石の中で最も完全で最良の保存状態の実物全身骨格が日本で初公開されるというので、久しぶりに足を運ぶことにしました。ちなみに、この化石はアメリカのワイオミング州で産出されたもので、白亜紀後期の北アメリカ大陸は東西が海で隔てられていたと考えられていて、東側がアパラチア大陸、西側がララミディア大陸と呼ばれています。

f:id:hanyu_ya:20210731121624j:plainトリケラトプスの「レイン」

f:id:hanyu_ya:20210731122027j:plain妖しくライティングされた「レイン」

f:id:hanyu_ya:20210731122106j:plain「レイン」についての説明

f:id:hanyu_ya:20210731122146j:plain「レイン」の皮膚化石。当然のことながら皮膚は骨よりも柔らかいので、ここまできれいに残っているのは稀少。私も皮膚化石の現物を見るのは初めてでした。

f:id:hanyu_ya:20210731122312j:plain皮膚化石についての説明

f:id:hanyu_ya:20210731122427j:plainティラノサウルスの「スタン」

f:id:hanyu_ya:20210731122512j:plain「スタン」についての説明

f:id:hanyu_ya:20210731122546j:plain「スタン」と「レイン」

f:id:hanyu_ya:20210731122623j:plainトリケラトプスの幼体その1

f:id:hanyu_ya:20210731122657j:plainトリケラトプスの幼体その2

f:id:hanyu_ya:20210731122730j:plainトリケラトプスの幼体その3。後ろにいるのはデンヴァーサウルス。子供の時のトリケラトプスはこんなに小さいのです。

f:id:hanyu_ya:20210731122924j:plain横から見たデンヴァーサウルス。さすが鎧竜、見事な骨です。

f:id:hanyu_ya:20210731123040j:plainトリケラトプスの成体と幼体の差はこんな感じみたいです。

f:id:hanyu_ya:20210731123209j:plain世界で初めて脳腫瘍が発見されたゴルゴサウルスの「ルース」

f:id:hanyu_ya:20210731123345j:plainハンパない大きさの大型翼竜ケツァルコアトルス。この大きさで空を飛べるのが不思議です。どんな翼なのか……。

 

 

 金曜は21時まで開場しているので4時半まで仕事をしてから横浜に向かい、会場内に「美食恐竜のキッチン」というフードコーナーがあることは事前に調べて知っていたので、そこで夕飯を食べようと思っていたのですが、最寄りのみなとみらい駅からパシフィコ横浜に行く途中に横浜ベイホテル東急があり、神奈川県の緊急事態宣言は週明けからなので、今ならまだ7時までにオーダーすればアルコールが飲めるのではないかと思い立ってホテル内にある「カフェトスカ」に寄ったのですが、残念ながらノンアルコールのみでした。仕方なくブレンドコーヒーを頼み、せっかくなのでケーキも注文するとコーヒーがお代わりできたので、クラブサンドを追加して食べることに。そのため食べ過ぎて恐竜コラボフードは食べられなかったのですが、せめて何か買って帰ろうと思い、グッズ売り場を覗いたら、「翼竜の玉子」というお菓子を発見。「もしやこれは……」とピンときてパッケージの裏側を見ると、思ったとおり、さいとう製菓の商品だったので、迷わず購入しました。「萩の月」と「かもめの玉子」は、出合ったら必ず買う、大好物の東北銘菓なので。

f:id:hanyu_ya:20210731123457j:plain横浜ベイホテル東急「カフェトスカ」のクラブサンド

f:id:hanyu_ya:20210731123534j:plain翼竜の玉子」。外側はココア味のカステラ生地で、中身はチョコ味。「かもめの玉子」とは別物で、チョコあんの人形焼に近かったです。

京都寺社遠征~大覚寺、仁和寺、北野天満宮

 群馬で花見をした翌々週は、富山、金沢で仕事をしたあと特急サンダーバードで京都に出て、翌日に大覚寺仁和寺北野天満宮に行ってきました。大覚寺北野天満宮では3月25日から5月31日まで「両社寺の歴史と兄弟刀」という特別展を同時開催していて、仁和寺では3月20日から5月9日まで春季名宝展を開催していたからです。

f:id:hanyu_ya:20210717194951j:plain両特別展のリーフレット

 

 前夜遅くにチェックインした京都駅構内のホテルをチェックアウトすると、まずは市バスで大覚寺へ。前回訪れたときは、藤原公任が「滝の音は~」の歌に詠んだ名古曽の滝跡があることに浮かれてすっかり失念し、明智門と明智陣屋を見るのを忘れたので、今回はそちらを見てから特別展を見学。兄弟刀とは、大覚寺所蔵の薄緑(膝丸)と北野天満宮所蔵の鬼切丸(髭切)のことで、どちらも清和源氏が代々受け継いだことから兄弟刀――ということらしいです。ともに国の重要文化財の指定を受けている名刀ですが、「刀剣乱舞」の影響で、昨今より注目を集めているようです。

f:id:hanyu_ya:20210717195207j:plain亀山城から移築したと伝わる明智門。外観のみ見ることができ、残念ながら中には入れません。なので、門の奥にある明智陣屋は見られませんでした。

f:id:hanyu_ya:20210717195322j:plain明智門と枝ぶりのよい松

f:id:hanyu_ya:20210717195414j:plain大覚寺宸殿より右近の橘と勅使門

f:id:hanyu_ya:20210717195517j:plain今回五大堂でいただいた特別公開限定記念御朱印

f:id:hanyu_ya:20210717195608j:plain大覚寺バス停前にある大覚寺唯一の塔頭寺院で別格本山の覚勝院。明智光秀が周山に建立したと伝わり、今は慈眼寺に祀られている「くろみつ大雄尊」こと明智光秀坐像が作られたと思われる密厳寺の御本尊は現在こちらに遷されているそうなので、お参りをしてきました。仏像や堂内を見ることはできませんでしたが。

 

 大覚寺の次は、市バスで嵐山に出て、嵐電仁和寺へ。3月中旬に金堂と五重塔の特別公開を見に訪れ、しかも春季名宝展は毎年あるのですが、今回はリーフレットにあるように「菅原道真大宰権帥任命1120年記念」と銘打っていたので、またまた足を運びました。親王の名誉職であるため現地に赴任しない太宰帥に代わって太宰府を仕切る事実上のトップである権帥は高位高官ではありますが、道真の場合、その任命は右大臣から失脚させられた結果なので、記念というのはどうかとも思いましたが……それゆえにかえって展示内容が気になりました。仁和寺が所蔵する江戸時代に描かれた『北野天神縁起絵巻』などが展示されていましたが、私の好きな藤原時平は見つけられず。残念ながら彼に関する情報は得られなかったので、霊宝館を出ると仁和寺を後にして二王門前の「佐近」に行き、またもやフランソワ・モンタンのハーフボトルを飲みながら、3月に来たときとは違うランチコースを食べました。

 

 食事後、再び北野線に乗って北野白梅町駅まで行き、市バスに乗り換えて北野天満宮へ。特別展を見学し、もはや見慣れた感もある鬼切丸を見てから、本殿にお参り。それから、仁和寺と一緒に発行しているリーフレットがあるという情報を事前に得ていたので、御守り授与所に寄り、どこにあるのか訊くと、こちらに用意があると言うので、1部もらって引き上げました。

f:id:hanyu_ya:20210717200959j:plain北野天満宮仁和寺が発行しているリーフレット

f:id:hanyu_ya:20210717200852j:plainリーフレットの中ページ

 

 今回の京都行きは、特別展の同時開催やリーフレットの共同作成など、神社と寺が宗教の垣根を越えて協力し合う活動が興味深く、実際にどんなことをどんなふうにやっているのか気になったので、3月に2回も京都遠征をしているにもかかわらず決行しました。清和源氏の先祖である嵯峨天皇ゆかりの大覚寺嵯峨天皇の孫である光孝天皇とその息子である宇多天皇ゆかりの仁和寺宇多天皇の寛平の治を支えた菅原道真を祭神として祀る北野天満宮――由緒を考えれば宗派の違う寺よりも関係は深いので、手を携え合って然るべき、という気もします。しかしながら、いずれも古都京都でも比較的参拝客が多いと思われる大寺古刹古社で、それらが率先してこのような企画を実行していることを、たいそうおもしろく感じました。今後もこういったイベントが増えることを期待します。兄弟刀展はすでに第2弾が、7月10日から「京の夏の旅」の一環で始まっているようですが。

f:id:hanyu_ya:20210717200207j:plain膝丸と鬼切丸の限定御朱印と専用台紙。御朱印はそれぞれで授与、台紙は両方で販売していて、私は先に訪れた大覚寺で買いました。台紙だけで確か1,000円でしたが、ユニークな企画に敬意を表して購入。

f:id:hanyu_ya:20210717200248j:plain専用台紙の表面。ただいま開催中の兄弟刀展第2弾、これから開催される第3弾でも違うデザインのものが発売され、3枚の台紙を繋げると、膝丸と鬼切丸が完成するみたいです。

上州桜巡り~発知の彼岸桜、下馬の枝垂れ桜、謙信の逆さ桜

 関東も梅雨が明けたみたいですね。いよいよ夏本番で、かなり季節外れではありますが、3か月前の4月の花見の記事をアップします。

 

 今年の春の句会は、埼玉県人メンバーが車を出してくれたので、群馬に行ってきました。車の場合、日帰りだとドライバーがアルコールを飲めないため、金土の一泊二日の日程で伊香保温泉に泊まることにしました。今年は開花が早かったので渋川市街地の桜は終わっているところが多かったのですが、榛名山の中腹にある水沢観音周辺は染井吉野が満開でした。

f:id:hanyu_ya:20210717135737j:plain伊香保温泉近くにある水澤観音の桜。名物のうどんを食べたついでに寄りました。この寺の存在は知らなかったのですが、推古天皇持統天皇の勅願による開基とのこと。古刹です。

f:id:hanyu_ya:20210717135830j:plain水澤観音六角堂。3回まわすと願いが叶うそうです。

f:id:hanyu_ya:20210717135918j:plainここにもいました、鬼大師。

 

 温泉ホテルにチェックイン後、近くに伊香保神社があったのでお参りしたのですが、社務所が閉まっていて御朱印がいただけなかったので、翌朝チェックアウト後にもメンバーに付き合ってもらって参拝。二日酔いで参道の階段の昇り降りに苦しんでいたので、気の毒なことをしてしまいました。

 

 伊香保神社は上野三宮で、祭神は大己貴命少彦名命式内社であり、しかも名神大社という古社ですが、祭神がオホナムチとスクナヒコナということは、温泉の神を祀っているわけで、神代の宮跡や葬地である可能性は低いので、今まであえて訪れませんでした。ただし、伊香保神社の里宮とされ、彦火火出見命豊玉姫命、少彦名の三柱を祭神とする三宮神社は、何やら怪しい感じがします。単に温泉地に温泉の神を祀っただけの神社が名神大社になることはないと思うので。

f:id:hanyu_ya:20210717140332j:plain伊香保神社鳥居

f:id:hanyu_ya:20210717140407j:plain伊香保神社略記

f:id:hanyu_ya:20210717140444j:plain伊香保神社の拝殿と本殿

f:id:hanyu_ya:20210717141957j:plainここにもありました。芭蕉翁こと俳聖松尾芭蕉の句碑

 

 渋川からさらに北――沼田から猿ヶ京あたりまで足を延ばせば、彼岸桜や枝垂れ桜も満開でした。

f:id:hanyu_ya:20210717140630j:plain発知の彼岸桜その1。エドヒガンです。

f:id:hanyu_ya:20210717142047j:plain発知の彼岸桜その2。枝ぶりがカッコよすぎます。

f:id:hanyu_ya:20210717142136j:plain発知の彼岸桜その3。その2の反対側から。

f:id:hanyu_ya:20210717142227j:plain発知の彼岸桜その4。周辺の様子はこんな感じで、まさしく孤高の一本桜。おそらく田植え時期を知らせる桜だろうと案内してくれたメンバーが言っていました。苗代桜とも呼ばれているみたいです。

f:id:hanyu_ya:20210717142420j:plain天照寺の枝垂れ桜と武尊山(多分)その1。雪山は谷川岳ではないかと話していたのですが、帰って調べたら位置的に武尊山のような気がしました。

f:id:hanyu_ya:20210717142527j:plain天照寺の枝垂れ桜と武尊山(多分)その2

f:id:hanyu_ya:20210717142624j:plain天照寺の枝垂れ桜と武尊山(多分)その3

f:id:hanyu_ya:20210717142735j:plain猿ヶ京の下馬の枝垂れ桜その1。下のほうは見苦しかったのでカット。

f:id:hanyu_ya:20210717142944j:plain猿ヶ京の下馬の枝垂れ桜その2

f:id:hanyu_ya:20210717143031j:plain猿ヶ京の下馬の枝垂れ桜その3。紅桜です。

f:id:hanyu_ya:20210717143141j:plain謙信の逆さ桜その1。上杉謙信三国峠を越えて初めて関東に兵を出したとき、桜の杖を逆さにして出陣の吉凶を占うと、根付いて芽吹いたという伝説がある桜です。メンバーいわく、前に来たときははもっと大きかったとのこと。

f:id:hanyu_ya:20210717143309j:plain謙信の逆さ桜その2

f:id:hanyu_ya:20210717143422j:plain謙信の逆さ桜その3

f:id:hanyu_ya:20210717143506j:plain謙信の逆さ桜についての説明板

f:id:hanyu_ya:20210717143549j:plain逆さ桜の近くにある赤谷湖と桜

 

 ということで、コロナ禍中ではありますが、今年は昨年とは打って変わって京都と群馬で存分に桜を堪能しました。もう2年も世界で幅を利かせているコロナウィルスですが、こんな感じで適当に対応し、上手く付き合っていけばいいのだと思います。以下、句会に提出した三首です。

 

  人の世は春や昔の春ならず

    されど桜の色は変はらず

  

  上州路 白き山並み名を問ふと

    いらへはいつも谷川の峰

 

  観音の加護を思へし 失せしもの

    見つかる縁と人々の縁

 

 ちなみに三首目は、水澤観音で落としたスマホが見つかった感謝の思いを詠んだ歌です。水澤観音から金蔵寺へまわり、その後次の目的地に車で向かっているときに、車中でスマホがないことに気づき、金蔵寺の枝垂れ桜はすでに散っていて写真を撮らなかったので、最後の撮影地である水澤観音まで戻ってもらいました。まずは焼きまんじゅうを買った売店で落とし物がなかったか訊き、ないと言うので、境内の落とし物はどこに届くか訊いたところ、御守り授与所だと教えてくれたので、社務所が閉まる時間も近かったので急いで行って訊ねると届けられていて、破損など問題もなく無事に手元に戻ってきました。車を引き返して一緒に探してくれたメンバー、自分たちのことを憶えていて快く対応してくれた売店の店員サン、本堂の前で拾って授与所に届けてくれた見ず知らずの人、保管して持ち主だと認めてすぐに手渡してくれた授与所のスタッフ、すべての人に感謝感謝です。幾人もの人々の善意に恵まれたラッキーは、お参りした観音様の御加護のように思えました。うどんを食べにきたついでに寄ったので、お参りしかせず、御守り授与所は覗かなかったのですが、引き取ったときに御礼に何か買いたいと思い、物色したら、なんとコレクションをしている覗き瓢箪があったので、迷わず購入。これも観音様のお導きかと思いました。人の縁に限らず、世の中は誠に異なものです