羽生雅の雑多話

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京都寺社遠征 その1~三室戸寺、仁和寺、穴太寺

 今夏は15日からイスタンブール&ウィーンに行く予定でしたが、世界的に感染が止まらない新型コロナウィルスのせいで、とても観光で海外に行けるような状況ではないため、1日から当月予約のキャンセル依頼をホームページで受付しはじめたエクスペディアにエアーの取消を申請し、昨日ようやく先方からの返事がメールで来て、本日直接電話でやりとりをして手続きが完了しました。今年はベートーヴェン生誕250年というアニバーサリーイヤーなので、モーツァルト生誕250年の年だった2006年にウィーンに行ったときから2020年のウィーン再訪は決めていて(モーツァルトよりベートーヴェンのほうが好きなので)、日程がハイシーズンしか組めなかったので、できるかぎり安くと思い、行く気満々で年が明けるとすぐに手配した旅行だっただけに無念です。まあ、ウィーンには何度か行っていて、イスタンブールにも一度行ったことがあるので、今年は縁がなかったと早々にあきらめはつきましたが。コロナは人類に下された天誅のようなものだと思っていますし。悪あがきしたとところで、収束しないかぎりどうにもならないし、どうにもできません。帰国してニ週間も休めないし。――ということで、残念ながら年中行事である8月の海外旅行はなくなりましたが、7月の4連休は予定どおり京都に行ってきました。

 

 前にも書きましたが、基本的に家にいることが好きで、ダラダラすることも含めて、家ではやりたいことがたくさんあるので、食料の問題がなければ、10日ぐらい平気で引きこもっていられるし、それで生活が成り立つのなら引きこもっていたいタイプです。なので、買い物とか散歩ぐらいの用件でわざわざ外出することはほとんどありませんが、裏を返せば、三つ以上の用件があれば出かけることに躊躇はしません。7月は22日から26日に公開という展示が京都市福知山市であり、かつ宝塚大劇場での花組公演のチケットが手に入ったので遠征してきました。日付が限られている三つの目的があるからには、コロナ禍の最中であろうが、経済活動との両立を政府が認めて推奨し、行き先の施設が開いている以上、体調不良でもないかぎり、予定していた旅行をやめるということはありません。Go To トラベルキャンペーンがあろうがなかろうが。当初は二泊三日の予定だったのですが、タカラヅカのチケットが手配できたのが4連休最後の26日だったので、四泊五日という、近年なかった規模の国内旅行になりました。もう1日休みをとって四泊六日あれば、国内より海外に行く人間なので。

 

 で、4連休ですが、休前日の22日に仕事を終えたあと品川駅へ行き、駅弁の「貝づくし」とタカラ缶チューハイを買って、18時1分発の新幹線に乗車。エクスプレス予約のグリーンポイントがたまっていたので、グリーン車指定席を取りました。20時9分に京都駅に着いて、ホテルにチェックイン後、駅構内の店がまだ開いていたので、この前来たときに目を付けていたオリジナル風呂敷付きの「あじわいぷっちょ しば漬味」を買いに出て、その日は終了。

f:id:hanyu_ya:20200806225750j:plainオリジナル風呂敷に包まれた「あじわいぷっちょ しば漬味」3袋セット。京都に来たときには3袋ぐらいは買って帰るお気に入りの商品で、前回はすでに購入したあとに風呂敷付きを発見したので、次に来たときは風呂敷付きを買おうと決めていました。風呂敷はおまけではないため、その分値段は高いのですが。

 

 翌朝は7時40分過ぎにホテルをチェックアウトし、不要な荷物をホテルのロッカーに預けたあと、53分発の近鉄線に乗車。丹波橋駅京阪電車に乗り換え、さらに中書島駅で京阪宇治線に乗り換えて三室戸駅まで行き、駅から歩いて15分ほどのところにある西国三十三所第10番の札所、三室戸寺へと向かいました。

 

 摂関時代史スキーであり、かつ『源氏物語』スキーなので、宇治十帖の舞台であり、藤原頼通建立の平等院がある宇治はひととおり巡っているので、もちろん浮舟の古蹟である三室戸寺にも行ったことはあるのですが、ずいぶん昔のことで、まだ御朱印集めもしていなかったので、1300年の特別印がいただけるうちに再訪しようと思っていました。今回は御開帳期間ではないため御本尊の千手観音にまみえることはできないのですが、三室戸寺は紫陽花と蓮が有名で、ちょうど蓮が見頃ではないかと思ったので、訪れることにしました。で、蓮を見るなら午前中がいいだろうと思い、朝イチで行けるように前夜に京都入りした次第です。

f:id:hanyu_ya:20200806230622j:plain三室戸寺山門

f:id:hanyu_ya:20200806230216j:plain本堂前の蓮その1

f:id:hanyu_ya:20200806230717j:plain本堂前の蓮その2

f:id:hanyu_ya:20200806230810j:plain本堂と蓮。境内にも周辺ロケーションにも現代的な物がない古刹ならではの風景です。

f:id:hanyu_ya:20200806230854j:plain本堂と白い蓮

f:id:hanyu_ya:20200806230958j:plain鐘楼と蓮

f:id:hanyu_ya:20200807015241j:plain三重塔と蓮。蓮の美しさは蓮園などでも変わらないかもしれませんが、遠景だと如実に差が出ます。蓮園ではここまで美しくない余計な物を排除できないので。

 

 三室戸寺が浮舟の古蹟であることは知っていましたが、名所旧跡ならば絶対に訪れているだろうと、ふとある人の存在を思い出し、以前来たときには気にもしていなかったので確認しませんでしたが、きっと例の物もあるのではないかと思い、改めて境内を探したら、やはりありました! さすが芭蕉翁です。

f:id:hanyu_ya:20200806231448j:plain松尾芭蕉の句碑

f:id:hanyu_ya:20200806231637j:plain句は「山吹や 宇治の 焙爐の匂ふとき」とのこと。

f:id:hanyu_ya:20200806231926j:plain浮舟の古蹟の石碑

f:id:hanyu_ya:20200806232129j:plain浮舟の古蹟についての解説板

 

 雨が降りはじめて、蓮を撮影するのも困難になってきたので、列に並んで御朱印をいただくと寺を後にし、三室戸駅に戻って10時前の京阪電車に乗車。中書島駅で本線に乗り換えて三条駅まで行き、三条京阪前バス停から市バスに乗り、御室仁和寺バス停で降りて、仁和寺へと向かいました。

f:id:hanyu_ya:20200806232623j:plain観音様の御朱印と一緒にいただいた、数量限定の浮舟の特別御朱印

 

 仁和寺は昨年観音堂の特別公開があったので、ちょうど一年ほど前に訪れていましたが、開基宇多天皇の父親である光孝天皇崩御1133年を記念して7月22日から8月30日まで開催される霊宝館の夏季特別展で、私の大好きな国宝薬師如来坐像が初公開され、しかもそちらに限っては21日から26日までの期間限定公開だというので、躊躇なく行くことにしました。この貴重な機会をコロナのせいで逃すということはありえません。これも前に書きましたが、仁和寺薬師如来坐像は、神護寺薬師如来立像と同じぐらい好きな仏像で、その他、醍醐寺不動明王坐像、泉涌寺楊貴妃観音像、高野山霊宝館深沙大将立像、興福寺の阿修羅像は、何度でも観たい仏像なので、見る機会があれば迷わず、極力万難を排して見に行きます。国宝薬師如来坐像仁和寺の秋季特別展でも期間限定で公開される予定ですが、コロナ禍の状況が悪化して、休業閉館などの可能性もありえるので、確実に開いているときに行っておくべきだと判断しました。

 

 仁和寺に到着すると11時半ぐらいだったので、霊宝館のチケットと薬師如来の限定御朱印を購入すると、混む前に思い、宿坊の御室会館にある和食処「梵」へ行き、昼食を摂ることにしました。感染対策のせいもあり、空いている店内でゆば丼を食べてから霊宝館へ行くと、館内の人数を限定するため入場制限があり、しばし外で待たされることに。

f:id:hanyu_ya:20200806232903j:plain名宝展の期間中のみ授与される特別御朱印観音堂の特別公開の時にも5枚購入したのでキリがないと思いましたが、お気に入りの仏像の御影入りなので買わずにはいられませんでした。ただし、今回も7種類ほどあったのですが、買ったのはこの1枚だけです。「寛平法皇」の御朱印は後ろ髪を引かれましたが、神でも仏でもない宇多天皇御朱印は、いただいてもただの拝観記念にしかならない気がしたので、思いとどまりました。

f:id:hanyu_ya:20200806233022j:plain和食処「梵」のゆば丼。一番人気らしいです。

 

 5分ほど並んで順番となり、手指の消毒後、検温機の前に立ち、機械音声で「平熱です」と言われてから入館を許可されると、他の展示品にはあまり興味がなかったので、さっそくガラスケースの中に鎮座する小さなお薬師様と御対面。図録などの写真ではわかりませんでしたが、実物は褐色の白檀に加飾された截金がきれいに残っていて、その繊細さに驚きました。

 

 昔、仕事でかかわっていた中国の仏師に薬師如来の木彫像を依頼することがあったのですが、その時に見本となる仏像を求めて、国宝や重文の薬師如来像の写真をとにかく見漁ったことがありました。数ある中から仁和寺のこの像をモデルに決めて、立体作品なので前面だけがわかっても彫れないので、側面や背面、細部についてもわかるようにいくつもの写真資料を探してイメージを伝え、その結果たくさんの写真を見ることになりましたが、やはり実物は違い、思っていた以上に素晴らしい作品でした。百聞は一見に如かずではありませんが、まさにそんな気分。もともと台座下から光背上までの高さが24センチという小像で、方形台座の四方に3人ずつ十二神将の彫刻が施されているという、限られたスペースに細かい彫刻がこれでもかと施された緻密な木彫像なのですが、加飾の緻密さも際立っていました。截金が浮き彫りの十二神将の部分だけでなく、背景にも壁紙の模様のように施されているのですから。平安時代の仏像でこれほど精緻な像は他に記憶がありません。

 

 拝観はもちろんマスク着用が必須だったのですが、もともと仏像と接するときには、吐く息がかからないように普段からマスクのようなものを身につけるらしく、その時に使用する和紙製のマスクが霊宝館の入口とガラスケースの前に置かれていて、一人一枚持ち帰ることができたので、頂戴してきました。薬師如来梵字朱印が押されていて、御利益がありそうだったので。疫病退散は疫神とされる午頭天王と同一化されているソサノヲに祈念しますが、病気平癒は薬師如来の領分です。コロナに感染しても重症化しないように祈念してきました。

f:id:hanyu_ya:20200806233814j:plain和紙製マスク

f:id:hanyu_ya:20200806233707j:plain内側に薬師如来梵字であるベイの御朱印仁和寺の寺印が押されています。

 

 薬師如来坐像を堪能したあと、定印を結ぶ現存最古の阿弥陀像といわれる仁和寺の御本尊を拝んで霊宝館を出ると、御殿は一年前に見たときと基本的に同じ内容なので今回はパスし、仁和寺を後にして御室仁和寺駅へと向かいました。次の目的地は亀岡の穴太寺だったので、嵐電北野線で撮影所前駅まで行き、太秦駅まで歩いて、そこからJRの嵯峨野線亀岡駅に行こうと思っていたのですが、まだ1時前で、亀岡には3時半に着けば穴太寺行きの最終バスに間に合うので、電車に乗っているあいだに周辺情報をスマホで調べると、福田美術館で伊藤若冲の展覧会をやっていて、昨年新発見されて話題となった「蕪に双鶏図」が初公開されていることがわかったので、急きょ行き先を嵐山に変更しました。

 

 この旅行で一番密を感じた嵐山駅前界隈を脇目もふらずに足早に通り抜けて、1時過ぎに福田美術館に到着すると、チケット売り場で、まずは検温&連絡先の記入。問題がなければ当日券が買えるというシステムでしたが、けっこう混んでいました。展示作品は、なんといっても若冲の「蕪に双鶏図」が圧巻でしたが、私の好きな白隠禅師の「楊柳観音図」も見られたので、今回も大満足。福田美術館を訪れたのはたまたまでしたが、なんて運が良いのかと嬉しく思いました。寄り道の時間ができたのも、スマホ検索で福田美術館がヒットしたのも本当に偶然だったので。しかも企画展は本来6月21日までだったのですが、会期中にコロナ禍による休業があったため、7月26日まで延期され、それゆえに見ることが叶いました。そんなことはどんなに望んでも自力ではどうにもできないことなので、これぞ神仏の加護だと思いました。別に御加護が目的で寺社巡りをしているわけではありませんが、数が数なので、いずれの神か仏かが、ねぎらいの意味で幸運をもたらしてくれたのでしょう。福田美術館は撮影可の太っ腹な美術館なので、展示作品については別記事でアップします。

 

 展示ギャラリーは二部屋なので、二巡して40分ほどで福田美術館を出ると、JRの最寄り駅である嵯峨嵐山駅まで歩いて、嵯峨野線で亀岡へ。14時10分に亀岡駅に到着し、ホームページでは感染拡大防止のため21日から再び見学中止となっている亀山城址について、念のため駅構内の観光案内所で確認しましたが、やはり情報どおりなので、今回も亀山城はあきらめて、当初の予定どおり特別拝観が行われている穴太寺へ行くことにしました。穴太寺前バス停行きは1時間に1本でしたが、乗るつもりだった最終バスの1本前に乗ることができ、予定より1時間早い3時前に到着。

 

 西国三十三所の第21番札所である穴太寺は、天台宗の寺院で、慶雲2年(705)に文武天皇の勅願により創建。御本尊は薬師如来ですが、平安時代に地元の郡司によって聖観音菩薩が迎えられ、「身代わり観音」として信仰されています。何故「身代わり観音」かというと、いただいたリーフレットに書かれていた『穴太寺観音縁起』によれば、郡司の宇治宮成は貪欲で、信心の篤い妻の勧めで聖観音像の造立を仏師に依頼したのですが、その仏師に礼として与えた愛馬が惜しくなり、それを取り返すため仏師を射殺して家に帰ると、自分が放った矢が刺さった状態で血を流している観世音菩薩が迎えたという逸話があるそうで、仏師の身代わりになり、なおかつ同時に宮成が罪人となることも防いだという慈悲深い観音ということで信仰を集めたようです。そして、この観音様が弓矢の傷が痛むので、穴太寺薬師如来に癒してもらいたいと願ったため、当寺にお堂を建てて穴太観音として奉安された――とのことです。

 

 その他、穴太寺には昔話の『安寿と厨子王』で知られる厨子王丸の肌守という貴重な仏像もあります。姉の安寿が弟の厨子王丸を山椒大夫のもとから都へ逃がしたときに道中匿った寺の一つが穴太寺だったため、のちに奉納されたという言い伝えがあるそうです。普段は非公開ですが、西国三十三所草創1300年記念の特別拝観で7月1日から31日まで本堂と庭園が公開されていたので、そちらも見ることができました。御本尊である薬師如来は過去に御開帳の記録がないという秘仏中の秘仏であるため見られませんでしたが、その厨子の前に安置されていました。しかし、肌に身につける肌守という性質上、たいへん小さな仏像なので、よくわからなかったというのが正直な感想。単眼鏡を持ってくるべきだったと思いました。

f:id:hanyu_ya:20200806234313j:plain穴太寺山門

f:id:hanyu_ya:20200806234405j:plain穴太寺についての説明板

f:id:hanyu_ya:20200806234558j:plain延宝5年(1677)建立の円応院(本坊)の玄関にある衝立。あちこちに桔梗が美しく活けられていました。

f:id:hanyu_ya:20200806234640j:plain円応院玄関奥の座敷

f:id:hanyu_ya:20200807131216j:plain座敷と玄関を仕切る襖。襖絵は穴太寺の境内図です。見学の都合上、襖は開いていたのですが、こだわって写真を撮っていたら、玄関に設けられた特別拝観受付のスタッフが来て、襖を閉めて全容を見せてくれました。

f:id:hanyu_ya:20200806234835j:plain座敷棚の隣の襖絵

f:id:hanyu_ya:20200806234939j:plain座敷棚に飾られていた一輪挿しの桔梗

f:id:hanyu_ya:20200806235213j:plain庭園に面した主座敷

f:id:hanyu_ya:20200806235408j:plain付書院から見る庭園

f:id:hanyu_ya:20200807022138j:plain付書院に飾られていた一輪挿しの桔梗

 

 お参り後に御朱印をいただき、円応院と本堂の特別拝観を終えると、3時40分過ぎだったので、最後に境内でも美しく咲いていた桔梗の写真を撮って、52分発のバスに乗るためにバス停へと向かいました。これを逃すと次は1時間後の最終バスで、近くに時間をつぶせるような店もないので、エラいことになります。

f:id:hanyu_ya:20200806235851j:plain境内に咲いていた桔梗

 

 4時過ぎに亀岡駅に戻ってくると、予定より1時間ほど早くこの日の旅程を終えて時間に余裕があったので、サンガスタジアムのフードコートに行って、前回買った「もり」の漬物セットを購入。ついでに大河ドラマ館の下にある物産館にも寄り、丹波黒豆の甘納豆や丹波栗のジャムなどを買い込みました。四泊五日の今回はスキーの時に使うキャリーケースで来ていたので。

 

 買い物後、亀岡駅に戻って4時半過ぎの電車で京都駅に戻り、ホテルでキャリーケースを引き取って、宿泊者サービスのコーヒーを飲みながら荷物整理をして買い込んだ土産をしまうと、再び嵯峨野線のホームへ。途中の売店で駅弁とタカラ缶チューハイを調達し、17時28分発の特急きのさきに乗って、福知山へと向かいました。この特急は日中に行った嵯峨嵐山駅亀岡駅にも停まるのですが、キャリーケースを持って寺から寺へ移動するのは億劫でとてもできなかったので、嵯峨野線で亀岡に行き、嵯峨野線で京都に戻り、また嵯峨野線で亀岡を通るという、行ったり来たりになりました。まあ仕方がありません。18時52分に福知山駅に到着し、駅近くのホテルにチェックインして、この日は終了です。