羽生雅の雑多話

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熊本寺社遠征&明智光秀紀行8 その2~展覧会「光秀の残映」in島田美術館、立田自然公園(泰勝寺跡)

 最終日の四日目は、9時にホテルをチェックアウトしてキャリーバッグを預かってもらうと、三つの目的の最後の一つである島田美術館へと向かいました。というのも、当初は6月22日までの予定だった展覧会「熊本に明智光秀の血脈あり! 光秀の残映」が、途中コロナ禍で休業を余儀なくされたため、会期延長して12月まで開催されているからです。桜町バスターミナルから10分ほどバスに乗り、慈恵病院前バス停で下車。そこから徒歩3分ほどで到着しました。

 

 島田美術館といえば、自画像をはじめとする宮本武蔵関連の資料を多く所蔵していることで有名ですが、武蔵を熊本に招聘し客分扱いで召し抱えたのが細川家初代熊本藩主の忠利です。その忠利は細川忠興明智玉(細川ガラシャ)の三男なので、玉を含めた細川家関連の資料もかなり所蔵しています。特に今回の展示では、忠興と玉の長男である細川忠隆を祖とする細川内膳家伝来の品々が充実していました。ちなみに、三男の忠利が細川本家の当主となったのは、長男の忠隆が父忠興の不興を買って勘当され廃嫡となり、次男の興秋は叔父興元の養子となっていたからです。

 

 細川内膳家の家紋は細川本家と同じ九曜紋ですが、裏家紋は土岐明智氏の桔梗紋で、実際に二つの家紋が併用されている道具がいくつか見られました。しかもそれらが硯箱や幟旗などという、日常的に使用する物や多くの人が目にする物なので、こういう物の存在を突き付けられると、改めて江戸時代において明智光秀の血筋であることは秘すべきことではなかったのだということがわかります。

 

 そもそも、光秀の重臣だった斎藤利三の娘である福が将軍世子の乳母に採用され、養い子である家光の成人後も大奥で重きをなし、大御所家康はもちろん後水尾天皇にも謁見を許され、春日局として権勢を誇ったという史実、また、常陸から入部して新たに福知山藩を治めることになった朽木種昌が光秀を神として祀ることを許し、御霊神社が建てられたという史実なども併せ考えると、明智光秀は忌避する存在ではなかったように思えます。むしろ我々現代人のほうが学校教育によって植え付けられた意識により、長いあいだ明智光秀に対してマイナスイメージを抱いてきた――いや、抱かされてきたような気がします。最近はそれも少しずつ変わりつつあるように思えますが……。謀反人の像を祀ることを憚ったためといわれる、くろみつ像こと慈眼寺蔵の木像が黒く塗られたのは、おそらく江戸時代より前のことで、光秀の敵だった天下人秀吉を畏れたのだと思います。なので、豊臣家と敵対した徳川家が治める時代には、明智家関係者はそれほど悪い待遇ではなかったのではないでしょうか。敵の敵は友――みたいな感じで。

 

 我々が受けたのは民主主義時代の教育ですが、歴史的に考えれば、江戸時代に主流だった儒教精神や、維新以後戦前まで絶対的だった尊皇精神を経てきた末の民主主義であり、したがって民主主義時代の教育とはいえ、その根底には儒教や尊皇の精神が間違いなく流れています。歴史は分断して考えられるものではないので。何事も過去があって現在があるのですから。儒教の教えや尊皇思想が広く浸透していた国民性の上に根付いた民主主義に基づいて、勝者が作った歴史を学ばされるのが今の義務教育です。とはいえ、教える側に罪はなく、それが悪いと言いたいわけでもありません。世間的にそう決められていて、それしかやりようがないのだから。教える側も教わる側も学校で学ぶのは偏った歴史であり、歴史の一部にすぎないことを認識していればいいのだと思います。

 

 展示を見たあと、本展覧会の図録はなかったので、さんざん悩んだ末に「近世肥後の文武 清正、忠興、ガラシャ、武蔵から松本喜三郎まで」という資料を購入しました。というのも、今回の展示品に、玉に仕えていた侍女が玉の孫である二代藩主光尚の求めに応じて玉の最期について記した「霜女覚書」という史料があり、どうしてもそれについての解説が欲しかったからです。残念ながらあまり詳しいことは書かれていなかったのですが、島田美術館にこういう史料があることを思い出せる資料があれば、内容などはあとからいくらでも調べられます。ネット時代ですから。

 

 11時前に美術館を出ると、次のバスに間に合うかどうかという微妙なタイミングだったので、1本遅らせて、同じ敷地内にある雑貨屋兼カフェ「木のけむり」でコーヒーを飲むことにしました。コーヒーだけのつもりでしたが、メニューを見ると「酒粕マフィン」という気になるものがあったので、そちらも注文。その時はスタッフが一人で切り盛りしていて、他の客もいて、頼んだ品が出てくるのに時間がかかったので、やはりコーヒーだけにしておけばよかったかと後悔しましたが、催促するとすぐに対応してくれました。

 

 コーヒーで流し込むようにマフィンを平らげると、急ぎ城西校北バス停へ。島田美術館の最寄りのバス停は2か所あり、次の桜町バスターミナル方面行きのバスは11時46分発で、こちらからの出発でした。行きのバスとは路線が異なり、桜町バスターミナルでの乗り場も別で、行きはどちらが先に来るのかわからず二つの乗り場を行ったり来たりしていたので、9時10分にはバスターミナルに着いていましたが、結局乗れたのは9時54分発のバスでした。

 

 12時前に桜町バスターミナルに戻ってくると、ランチで前日食べそびれたくまモンカレーを食べるつもりでしたが、マフィンを食べてしまったので、カフェには寄らずに、そのまま乗り場を変更して、次の目的地である立田自然公園に向かうことにしました。島田美術館に行く前にホテルから到着して40分以上もバスターミナルにいる羽目になったのは、美術館の最寄りの二つのバス停に行く路線を迷ったからだけでなく、立田自然公園入口バス停に行く路線の乗り場と時刻を調べたからでもありました。なので、乗り換えはスムースにでき、12時5分発のバスに乗れました。15分ほどで立田自然公園入口バス停に到着し、そこから10分ほど歩くと、立田自然公園に到着。入園料は200円でしたが、バスの一日乗車券の特典で、無料で入れました。

 

 立田自然公園は細川家の菩提寺として建立された泰勝寺の跡で、「四つ御廟」と呼ばれる、細川幽斎とその妻である沼田麝香、二人の息子である忠興とその妻である明智玉の墓があり、その他に十代から十五代藩主の墓や彼らの家族の墓があります。 

f:id:hanyu_ya:20201103205635j:plain立田自然公園についての説明

f:id:hanyu_ya:20201103205729j:plain旧境内地にある十一代藩主斉樹らの墓

f:id:hanyu_ya:20201103205817j:plain四つ御廟についての説明

f:id:hanyu_ya:20201103205940j:plain四つ御廟の入口。正面は細川藤孝の墓。

f:id:hanyu_ya:20201103210217j:plain四つ御廟。向かって右から、藤孝、麝香、忠興、玉(ガラシャ)の霊屋

f:id:hanyu_ya:20201103210345j:plain細川藤孝の墓。戒名は「泰勝院殿前兵部徹宗玄旨幽斎大居士」。ほとんど見えませんが……。

f:id:hanyu_ya:20201103210548j:plain藤孝の五輪塔の裏。刻印は「慶長十五庚戌年八月廿日」……命日です。

f:id:hanyu_ya:20201103210651j:plain沼田麝香の墓。戒名は「光寿院殿華岳宗栄大姉」。

f:id:hanyu_ya:20201103214506j:plain麝香の五輪塔の裏。刻印は「元和四戊午年七月二十七日」。ウィキペディアによると、命日は16日ですが……。

f:id:hanyu_ya:20201103210922j:plain細川忠興の墓。戒名は「松向寺殿前参議三斎宗立大居士」。

f:id:hanyu_ya:20201103211029j:plain忠興の五輪塔の裏。刻印は「延宝四丙辰年九月十五日」。ウィキペディアによると、命日は正保2年(1646)12月2日。延宝4年は西暦1676年なので、何の日付でしょうか。

f:id:hanyu_ya:20201103211225j:plain細川ガラシャの墓。戒名は「秀林院殿華屋宗玉大姉」。キリシタンですが……。

f:id:hanyu_ya:20201103211341j:plainガラシャ五輪塔の裏。刻印は「于時慶長五庚子年七月十七日」……命日です。

f:id:hanyu_ya:20201103211639j:plainガラシャの霊屋の隣に置いてあった愛用の手水鉢

f:id:hanyu_ya:20201103212141j:plain宮本武蔵供養塔

f:id:hanyu_ya:20201103212233j:plain忠興の茶室を復元した「仰松軒」

f:id:hanyu_ya:20201103212331j:plain「仰松軒」についての説明

 

 他に誰もいなかったので、40分ほどゆっくりのんびり見てまわり、13時30分発のバスに間に合うように立田自然公園入口バス停に戻って、桜町バスターミナル方面行きのバスに乗車。これにて予定していた旅程はすべて終了し、あとはバスターミナルに着いたら前日食べ損ねたくまモンカレーを食べてからホテルに戻り、荷物を引き取って、熊本駅から九州新幹線博多駅まで行き、福岡空港から東京に帰る予定でしたが、予約してある新幹線の出発時刻まで、カレーを食べても十分に余る時間があったので、市役所前バス停で降りて、熊本県伝統工芸館へ寄ることに。いわゆる大量生産品ではなく、伝統工芸的な手作り感のあるくまモングッズが欲しかったので、余裕があれば行こうと思っていたのですが、水前寺成趣園で彦一こまを手に入れていたので、最後に行けたら行くという感じにしていました。

 

 県の伝統工芸館なので、熊本市だけでなく県内中から代表的な伝統工芸品が集められていて、くまモンのコマも、島田美術館で買った資料も売っていました。「なんだ、全部ここで買えるのか」と少々悲しくなりましたが、せっかく来たので何か買って帰りたいと思い、熱心にくまモングッズを吟味。すると、スタッフの人に声をかけられ、いろいろと説明してくれましたが、銀座熊本館などで見たことがあるものばかりで、くまモンの花手箱もすでに持っているので、珍しかったのは、くまモンのい草てまりぐらい。肥後てまりは「あんたがたどこさ」の手毬唄でも知られ有名ですが、木綿糸でかがって模様を作る鞠の表面にい草が編み込まれている、い草てまりというのは知らなかったので興味深く、しかも細い木綿糸でくまモンの顔が精緻に、かつ可愛く作られていたので、大いに心惹かれました。見るからに手作りの一点物で、店頭に並んでいた商品も一つとして同じ色合いの物はなかったので、在庫分も全部見せてもらい、一番気に入った物を選んで購入させていただきました。

f:id:hanyu_ya:20201103212614j:plainくまモンのい草てまり。くまモンの左耳の右上に位置する赤と緑と黄色の編み込みが、い草です。鼻を近づけるとい草の香りがします。くまモンの顔は布ではなく、細い木綿糸でかがって表現しています。箱に入っていた説明書に「草木染め 熊本い草てまり」と書かれていたので、木綿糸の色は草木染めで出しているのかもしれません。いずれにしろ根気と腕が必要な匠の技です。くまモンぐらいメジャーなキャラクターになると、こういう素敵な物がいくつも存在するので、ついつい集めたくなります。

 

 物は欲しいと思えば買うし、買うか買うまいか迷ったら買うことにしています。なので、地元発行の資料や神社グッズなどの購入もそうなのですが、旅先では基本的に悩むことなく散財しまくりです。寄付やボランティアという行動は、経済的にも時間的にも体力的にもそこまでの余裕はないので、なかなか難しいのですが、維持管理費がかかる神社や寺院や史跡、復興が大変な被災地にはできるかぎり足を運び、訪れたらケチケチせず贅沢をして、自分も楽しみつつ地域にいくばくかでもお金を落としたいと思っているので、こういう買い物は躊躇しません。だからいまだに物が増える一方なのですが……。

 

 けれども、ここ数年は、自分に買えない物はそれほど欲しいとは思わないというか、物に関しては自分が買える程度の物しか欲しいと思わなくなりました。値段が付いていない物や、付けられない物はまた別ですが……。自分が買えない物は、大抵の場合、イコール使えない、使わない、必要としない物で、分不相応な物や手に余る物は、あるとかえって面倒だということもわかってきたので……もはや無くていいと思っています。

 

 伝統工芸館を出ると、最寄りの県立美術館分館横バス停から14時37分発の「しろめぐりん」に乗車。熊本城周遊バスである「しろめぐりん」に乗ったのは熊本滞在四日目にして初めてでしたが、なんか妙な車内アナウンスで、聞きながら変だと思っていたら、芸人のコロッケがモノマネでしゃべっていました。ずっと違和感を感じつつ不思議なアナウンスだと思っていたので、内容はほとんど耳に入ってきませんでした。

f:id:hanyu_ya:20201103221651j:plain伝統工芸館から見えた熊本城

 

 3時5分前に桜町バスターミナルに着き、くまモンビレッジのカフェでくまモンカレーを食べたあと、ホテルに寄って荷物を引き取り、辛島町駅から市電に乗って熊本駅へ。コロナ禍の影響か、熊本発の羽田行きは便数も少ない上に最終便の時間も早く、四日目がほとんど使えない旅程になるため、帰りは福岡空港からにしました。便数が多く、市街地からのアクセスも楽なので、行きは鹿児島、熊本、佐賀空港を利用しても、帰りは福岡空港から帰ることが多いです。

f:id:hanyu_ya:20201103214614j:plain くまモンビレッジのカフェの様子。入ったときには客が一人もいなかったので、コーヒーブレイク中らしき(カップには何も入っていませんでしたが……)くまモンのテーブルに相席させていただきました。

f:id:hanyu_ya:20201103214708j:plainくまモンカレー。海苔で顔が表現されています。

 

 熊本駅に着くと、e5489で予約した切符を券売機で発券し、16時35分発の新幹線に乗車。17時8分に博多駅に到着し、地下鉄に乗り換えて二つ目の福岡空港駅に着いたのは5時20分頃でした。もともと空港で夕食を摂るつもりで、19時15分発の便を予約していたので、レストランフロアでスパークリングワインが飲めそうな店を探していたら、展望デッキの隣に店があることを発見。前回来たときにはなかったので知らなかったのですが、行ってみると、屋根はありましたが、展望デッキ階に作られたオープンスペースのテラス席で、展望デッキと同じように窓越しではなく飛行機の離発着が眺められるので、ここで食事をすることにしました。閉鎖空間ではないため、換気状況もよさげだったので。まだ日が暮れる前で明るく、酒を飲んだり夕食を摂ったりする客も少なく、店内も空いていましたし。ちなみに、店の名前は「SORAGAMIAIR」と書いて「ソラガ・ミエール」……「エール」のアルファベット表記が「AIR」であるところに、命名者のこだわりを感じます(笑)。

 

 入店し、スタッフに案内された席の脇にキャリーバッグを置くと、フードコート式なので、ドリンクカウンターに行ってレモンサワーを購入し席に戻り、飲みながらフードメニューを検討。くまモンカレーを食べてからまだ2時間半ぐらいしか経っていなかったので、あまり食べる気はなかったのですが、博多といえばこれだろうという、昔屋台に行ったら必ず食べた博多明太だし巻きがあったので、それだけ注文することに。食べ物はドリンクのようにすぐにはできないので、食券を買って渡し、代わりに渡されたブザーで用意できると呼び出されるシステムなのですが、待っているあいだにほとんどレモンサワーを飲み終わってしまい、アルコールなしで明太だし巻きを食べるのもつらいので、2杯目を買いにドリンクカウンターへ。

 

 先に注文している客がいたので後ろに並び、順番を待つあいだに改めてドリンクメニューを見ると、「福岡あまおうハイボール」というものが目に入りました。「ハイボールにしたら、イチゴがあまおうかどうかはわからないよな」と思いつつも気になったので、レモンサワーのお代わりをやめて、そちらを注文。やはり違いはわかりませんでしたが、こんなことでもないとイチゴ味のハイボールなんて頼まないので、これはこれでおもしろい体験でした。

f:id:hanyu_ya:20201103213943j:plain博多明太だし巻きと「福岡あまおうハイボール」。奥は「ソラガ・ミエール」のメニュー。

 

 「福岡あまおうハイボール」を飲み終わると、外もすっかり暗くなり、それにつれて店内も混んできたので、店を出て早めにセキュリティチェックへ。感染対策で、列は間隔をあけて並び、検温などもあるので、いつもより時間がかかるため、ギリギリに行くと慌てる羽目になります。スマホの電池がほとんどなかったので、待合室で充電をしながら安心して写真の整理などをしているうちに搭乗が始まり、ほぼ定刻どおりに出発。9時過ぎに羽田に着いて、これにて熊本遠征終了です

 

※11月4日追記

 本日帰宅したら「復興城主の皆様へ」というハガキが届いていて、熊本城特別公開への無料ご招待でした。またしても……_| ̄|○ 福知山城の時もそうでしたが、ちょっと遅い(笑)。来るかわからないものを待って旅行の計画を立てることはなく、あてにしているわけではないため、こういうものを送ってきてくれるだけでもうれしいのですが。幸い、招待券の有効期限は来年の10月末までで、天守閣内部を公開する来春の第3弾特別公開見学にも使えるようなので、今回行けなかった装飾古墳や阿蘇火口見学、国造神社フィールドワークなどと併せて、熊本再訪を目論みたいと思います。

f:id:hanyu_ya:20201104221518j:plain熊本城特別公開ご招待券を兼ねた復興城主宛てのハガキ