羽生雅の雑多話

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「努力は報われない」ものだけど~2022北京五輪フィギュアスケート男子シングル感想

 やりましたー、ユーマ&ショーマのダブル表彰台。銀メダルは初出場の若干18歳、鍵山優真選手、銅メダルは2大会連続台乗りの宇野昌磨選手、おめでとう!! 二人ともメダリストにふさわしい演技でした。ショーマのフリーはややミスが目立ちましたが。

 

 そして、ネイサン、4年越しの悲願の金メダル、おめでとう!!

 

 勝負において頂点に立てるのは通常一人で、それゆえ勝利の女神がネイサン・チェン選手にほほえめばユヅこと羽生結弦選手の3連覇は実現しないわけですが、平昌オリンピックのショート17位からの怒涛の追い上げを見せた5位入賞から4年――その間休むことなく走り続けて世界のトップを維持し続けたネイサンの金メダルに文句をつける人は誰もいないでしょう。まだ北京オリンピックの競技は続いていますが、おそらく彼ほど今回のオリンピックの金メダリストの中でも金メダルにふさわしく祝福されるべきアスリートはいないと思います。世界的に注目度が高い競技で、かつ選手寿命が短い競技で、前回オリンピック後の世界選手権、グランプリファイナル、国内選手権すべてにおいて負けなしの連覇、文字どおり4年間ずっと世界王者であり続けました。今回のショートとフリーの演技も別格で、点数も一人異次元でした。演技中盤の4回転ルッツを筆頭にジャンプはもちろん質、安定感ともに抜群で圧巻でしたが、ジャンプ要素が終わってからのステップがダンスナンバーのように軽快で、ネイサン本人も見るからに楽しそうにノリノリで踊っていて、本当に魅力的でした。あの表現力がユーマやショーマにはまだ足りない、これがネイサンとの差だとしみじみ思いました。

 

 この絶対王者ネイサン・チェンを生み出したのは間違いなく羽生結弦です。ユヅがいなければ存在せず、彼の見事な演技も生まれなかったでしょう。奇しくもネイサンが金メダル獲得後のインタビューでユヅについてコメントを求められたときに言っていました――「彼がスケート界にもたらしたものは永遠だ」と。まさにそのとおりで、至言だと思います。羽生結弦がスケート界にもたらしたものが確実に存在し、その功績は永遠に色褪せないものだということです。ネイサンのみならず、ユーマとショーマ、4回転を軸にしたメダリストたちの素晴らしい演技のすべてが生まれなかったでしょう。また、ユヅを目指して努力した選手たちがいたからこそ、ユヅ自身のスケートも進化しました。はっきり言って、1位だった平昌の時よりも、4位に終わった北京の時のほうが格段に上手いです。ショートは4回転サルコウがパンクして点数は伸びませんでしたが、それ以外は一番上手いと思いましたし。2回の転倒があったにもかかわらず、ネイサン、ユーマに次ぐ3位だったフリーの点数からも、ジャンプだけでなく全体的なスケーティングが評価されていることがわかります。ショーマはフリーが5位でしたが、ショートの貯金が生きました。ショートとフリー両方の成績が揃わなければメダルに届かないことは、平昌の時にネイサンが実証しています。ネイサンの優勝を心から祝福していますが、欲を言えば、ユヅが初日のショートで失速したことによりネイサンはだいぶ精神的に楽な状態で二日間滑ることができ、実力を発揮できたと思うので、最後まで一つのミスも許されない緊迫した接戦で手に汗握るような試合が見てみたかったとも思います。接戦でも同じような演技ができたかどうか――は、もはや神のみぞ知るところですが。

 

 前人未到の4回転アクセルに挑戦して、残念ながら今回も成功させられなかったユヅは試合後に言っていました――「報われない努力だったかもしれない」と。努力というものは、どれほど懸命にしようが必ずしも報われるものではないので、それを聞いたときに、「ユヅは今まで報われなかったことがなかったのか?」と思い、それはそれで今日この日まで幸せな競技生活を送れていたということではないかと思いました。正直なところ、ユヅのオリンピック2連覇は運がよかったからだと思っていますし。絶対に報われるわけではない努力が二度も一番理想的な形で報われたのだから、メチャクチャ運がよかったということです。もちろん、そもそも努力をしていなければ、報われることはないので、報われたければ相応の努力をしなければなりません。凄まじい努力をしてきたアスリートたちの中で、今回はネイサンが選ばれて運命の神様がほほえみ、ネイサンの運がよく本来の力を発揮できる場が与えられ、彼の努力が報われることになった――ということです。

 

 一口に「努力が報われる」といっても、「報われた」と思える形はいろいろあり、人によって理想の形は違うのではないかとも思います。メダル獲得という誰の目にも見える形の報われ方は広く価値観を共有できるのでわかりやすいですが、それ以外の報われ方もあると思います。努力は必ずしも報われるものではありませんが、経験で無駄なことは一つもないと思っています。たとえ苦しく嫌な辛い経験でも無駄にはならない、些細なことでも積み重ねた経験は血肉のように自らの力、目に見えぬ財産になっていると幾度も思い知らされてきました。経験が生かされたときに「あの時の努力が報われた」「このためにあのとき努力したのだ」と思えることもあると思います。それがいつになるのか、思えるときが必ず来るのかはわかりませんが。他人から見れば十分に報われているのに、それに気づかず自覚することなく人生を終えることもあるでしょうし。

 

 私自身は、オリンピックを2連覇し引退してもおかしくないユヅが史上初の4回転アクセル成功という目標を掲げることで競技に対するモチベーションを保って現役を続け、そのおかげでさらにスケートを進化させて、ようやく長らく彼に求めていた「頂に辿り着いた者にしか見せられないスケート」を見せてくれるようになったので、平昌五輪後のユヅの努力は十分に意味があったと思っています。また、それによってスケート界全体のレベルも上がり、競技が活性化して魅力が増したのですから、ユヅの努力は本人が今は報われたと思えなくても、スケートに関わる大多数の人間はその価値を認めているものだと思います。なので、4Aが成功してもしなくても、ユヅの挑戦とその挑戦に至るまでの努力の価値は変わらないと思っています。ネイサンが言うように「永遠」に――。とはいえ、記憶やらリスペクトやら人間の心や感情に起因し依存するものは曖昧なので、とりあえず公式戦で初めて認定されてよかったです。努力の結晶――頑張った事実が記録されて、確実に歴史に残りますから。

 

 今まで現役を続けてくれてありがとう、ユヅ。あなたが頑張ってくれたおかげで、あなたと、あなたを目指して切磋琢磨してきた選手たちの素晴らしいパフォーマンスをたくさん見ることができました。長年第一線で酷使してきた足はボロボロのはずなので、これ以上望むのは酷だと思ってはいるのですが、少しでも長く現役フィギュアスケーター羽生結弦のさらなる高みへの挑戦と真剣勝負から生まれる「頂点を極めた者にしか見えない、辿り着けない、頂のその先にあるスケート」が見られるよう、心底願っています

 

※追記

 スノーボード男子ハーフパイプで2大会連続銀メダルの平野歩夢選手がついに金メダル獲得。おめでとう!! 不可解なジャッジに対する怒りと、その理不尽さに屈しない反骨精神、そして自分にしかできない大技を成功させているというプライドがにじみ出た渾身のランに感動してネット上の記事を読み漁っていたら、ソチ五輪フィギュアスケート男子シングル銀メダルのパトリック・チャン氏のインタビュー記事を発見。ちょっと感動したので、コメントを抜粋して載せておきます。

 
ユヅルが平昌で2度目の金メダルを手にするのを目にしたときに、思いがけない感動がわいてきたんです。実を言うとソチオリンピックでは、まだそれほど経験のない新人に負けてしまったという忸怩たる思いをなかなか拭い去ることができなかった。でもユヅルがソチから見せた成長ぶりと、彼の歩んできたオリンピック2連覇への道のりを目にしたとき、この素晴らしい物語の中に自分も参加できたことを誇りに思いました。ソチオリンピックの結果はなるべくしてなったのだ、と自分を納得させることができた。これほどの選手だったのだから、自分が負けたのは仕方のないことだったのだということを、ユヅルが平昌で証明してくれたのです」(『NumberWeb』2/10配信記事より)
 
 当時の絶対王者としてソチオリンピックに挑んだパトリック。私は大ちゃん(髙橋大輔選手)を応援していましたが、金メダルはパトリックが獲るだろう、世界選手権3連覇の偉業を成し遂げ、今回のネイサンと同じく出場選手の中でも過去4年間のあいだ突出した実績を残してきたパトリックに獲らせたいと思っていました。この記事の中で「フリー演技が終わったときは、人生で最大の失望を感じた」とも語っているので、本人はもちろん誰もが考えていなかった想定外の結果は彼の心に大きな爪痕を残し、「なかなか拭い去ることができなかった」ため、ソチでは努力が報われなかったという悲しい思いを長らく引きずることになったのかもしれません。けれども、4年後に同じオリンピックという舞台でユヅを目にして、彼の金メダル獲得に感動し、オリンピック2連覇王者の物語に自分が参加できたことを誇りに思えたパトリックは、過去の結果に納得し、結果とともにそこに至るまでの過程を肯定し受け入れ、現在のスケート界の進化に繋がったのなら自分の努力はけっして無駄ではなかったとようやく認めることができ、ついに「報われた」のではないでしょうか。