基本的に観たいものは観るようにはしているのですが、もう少し観る機会を増やしたいと思いつつ、なかなか観られていないのが、バレエとオペラ、そして歌舞伎です。歌舞伎は、歌舞伎座で最後に観たのが、建て替え前のさよなら公演で、これは坂東玉三郎さんと市川海老蔵さんが泉鏡花の「天守物語」をやるので、「絶対に観なけりゃアカン。悔いが残る」と思って観に行きました。鏡花や上田秋成の世界は大好きなので……。そのあとは、一昨年に市川猿之助さんのスーパー歌舞伎「ワンピース」を観たぐらいでしょうか。どちらも行った甲斐のある満足度の高い作品でしたが。
で、昨日は代々木体育館で市川染五郎さん演出の歌舞伎×アイスショー「氷艶2017~破沙羅」を観てきました。いやぁ、おもしろかったです。極上のエンターテインメントでした。「染五郎さん、こんな楽しいことを企画して見せてくれてありがとう」という感じです。正直いって、「よくやるよ」とも思いましたが。ただし、私はフィギュアスケートも歌舞伎も好きなので楽しかったのですが、歌舞伎に興味がないフィギュアスケートファンはどうでしょうね。純粋な歌舞伎ファンにいたっては「???」という感じではないでしょうか。
ストーリーはオリジナルでしたが、いたって単純で、歌舞伎なので勧善懲悪の物語。地上を治めるために高天原から下ってきた瓊瓊杵尊に岩長姫と木花開耶姫の姉妹が嫁ぎますが、尊は開耶姫だけを妻にしたので、岩長姫が二人を恨んで異世界――歌舞伎の世界から悪役たちを呼び出して復讐し、二人を岩に変えて、悪役の首魁である仁木弾正と共に、尊たちに代わってこの世を手に入れようとします。その岩長姫と仁木弾正を倒すために、同じく歌舞伎の世界からヒーローである源義経が呼び出されて、悪を倒すという話です。仁木弾正の他、石川五右衛門、酒呑童子、地獄太夫など歌舞伎の悪役たちのオンパレードで、特設リンクの三方に見得を切りまくり、宙乗り、立廻り、毛振りなど詰め込みまくって、ザ・歌舞伎というような大サービスぶりでした。おそらく圧倒的にフィギュアスケートファンが多いので、歌舞伎としてはやや素人向けっぽかったのですが、仁木弾正役の染五郎さんと岩長姫役の市川笑也さんが、このショーをちゃんと歌舞伎にしていました。二人ともスケート靴を履いて滑って演じていて、そのプロフェッショナルぶりには感服しました。特に笑也さんは一番重そうな衣装なのに、よく滑るなと思っていたら、学生時代にアイスホッケーをやっていたそうで……。「ワンピース」にもニコ・ロビン役で出ていましたし、現代歌舞伎では引っ張りだこの人気女形です。染五郎さんは、海老蔵さんと並ぶ歌舞伎界の貴公子ですし。
ヒーローの源九郎義経は、大ちゃんこと髙橋大輔さん。笑っちゃうくらいカッコいい役でした。スケートしながらの立廻りも見事で、宝塚雪組のトップスターであるチギ(早霧せいなさん)が演じた「るろうに剣心」の主人公――緋村剣心の立ち回りを見たときにも、これはチギ以外にできないと思いましたが、今回も大ちゃん以外にはできないという、見せ方を心得た美しいアクションでした。斬りつけたあとに相手を振り返るとき、シングルジャンプするか?という感じです。しかも鎧を簡略化したみたいな武者姿の衣装で。また、仁木弾正のもとに乗り込むため、出雲の阿国に扮して、宴に紛れ込んで舞う場面があるのですが、その舞がキレキレで、時折見得も切り、見ごたえ十分の魅せる踊りで、ダンス留学の成果が表れているなと思いました。
瓊瓊杵尊役の織田信成さんは、さすがに殿だけあって、高貴な感じが出ていました。膝の使い方を含め、柔らかいスケーティングがキャラクターに合っていましたし。その妻である木花開耶姫役の浅田舞さんは、アッコちゃんに比べるとスケーティングが弱いので、大ちゃん&アッコちゃんペアほど滑りの美しさはありませんでしたが、大柄で舞台映えするので、姉を差し置いて選ばれた魅力的な女性という感じは出ていて、殿との相性はよかったように思います。何より、女形の笑也さん演じる強面の岩長姫と対で出てくれば、「そりゃあ、開耶姫のほうを選ぶでしょ」と思えましたから。
瓊瓊杵尊を高天原から迎え、義経を歌舞伎の世界から呼び出す猿田彦役は、中村亀鶴さん。その妻である天鈿女命役が、村上佳菜子さん。しーちゃんやアッコちゃんに比べると、滑りで雰囲気を出すのはまだまだですが、踊るのが好きな彼女にぴったりの役でした。久しぶりに楽しく滑っているのを見たような気がします。
しーちゃんこと荒川静香さんは、この物語を紡ぎ出した女神の役。エンヤなどのプログラムでも神々しさが感じられる彼女の美しいスケーティングは、ひとり次元が違うところにいる超越的な存在という役に、これまたピッタリでした。
役付きのスケーターたちは適材適所で、いずれも現役時代は世界レベルで活躍した人たち(浅田舞さん以外は)。日本にもこれだけの優秀なスケーターがいて、こんなショーができる時代になったかと、素直に感心しました。下手なスケーターでは歌舞伎とのコラボレーションは成り立ちません。ただ上手に滑るだけでなく、その演目が持つ歌舞伎の世界観を、歌舞伎の登場人物としての役を表現できなければ、作品が台無しになるのですから。氷上の舞台に立ち、観客の視線を集める役者が一人でも台無しにすれば、そこまで氷上で展開される世界に引き込まれていた観客はそこで物語から離れてしまいます。よって、主人公だけがそのレベルに達しているというだけでは、到底このような作品はできませんから。伊藤みどりさんのアルベール五輪銀メダルから四半世紀――ここまでの底上げをやり遂げた日本のフィギュアスケート界に喝采を送りたいと思います。
以下、長くなりますが、今回のパンフレットにあった大ちゃんの言葉が印象的だったので、引用しておきます。
「今、フィギュアスケートという競技がかつてない注目を集めています。しかし、たくさんの選手を知っていただける機会が増える一方で、それでもスケーターのセカンドキャリアは決して簡単なものではないという現実があります。現役選手でいられる時間は長くないですし、プロスケーターとして第一線で活躍できる期間も限られています。しかし、「氷艶」のように、物語を見せるというショー形式や、画期的な演出という助けがあることで、スケーターたちの可能性は大きく広がります。つまり、ジャンプやスケートそのものではなく、「演じる」という新たな表現を獲得することで、スケーターたちはこれまでとは異なるキャリアを歩むことができるのではないか、という可能性です。ジャンプなどのパフォーマンスがたとえ最高のものから衰えたとしても、表現力は経験によって進化していくものです。(中略)そうした新たなスケーターのキャリアをどう作っていくかは僕たちの世代の使命でもあると感じています。」
「これまで、ジャンプやスピンなど決められた要素で競い合い、進化し続ける技を披露する場でもある「競技」としてのスケートに対し、プロスケーターにしかできないことは何であるべきなのか、それを僕自身もずっと考えてきました。プロに求められるのは、完成されたエンターテインメントとしての「魅せる」部分とされており、プロが、現役選手たちのあの熱い闘いに勝てる部分はそこしかない、とわかっているものの、やはりプロスケーターしかない魅力とは何か、僕自身がまだ模索しているというのが本音でした。しかし今回、(中略)一つの確信を得ました。それは、プロだからこそたっぷりとかけられる準備時間、プロだからこそ得られる素晴らしい演出。そしてプロにしか挑戦できないハイレベルでの新しい「技」の取得――今回でいえば所作や舞踊といった部分――の贅沢さです。これは、プロのアイスショーにだけ許された特権ですし、キャストの皆が死に物狂いでこの新しい「技」を取得し、それを最高の演出とともに披露することのすごみが、競技スケートとはまた別のスリリングさを持ったエンターテインメントになるのではないかと感じました。言い換えれば「プロだからこそできる何かを見せられるか」を試されているような気がします。そして、試されているのであれば、必ず成し遂げてみせたいと思います。」
by髙橋大輔(公演パンフレットより抜粋)
う~ん、熱い。
「プロに求められるのは、完成されたエンターテインメントとしての「魅せる」部分とされており、プロが、現役選手たちのあの熱い闘いに勝てる部分はそこしかない」
わけで、でも
「ジャンプなどのパフォーマンスがたとえ最高のものから衰えたとしても、表現力は経験によって進化していくもの」
なので、
「プロだからこそできる何かを見せられるか」
を
「試されているのであれば、必ず成し遂げてみせたい」
という、プロスケーター髙橋大輔のスケートに対する想いと、真摯に向き合う姿勢が伝わってくる、まさに体当たりの公演でした。この先、どんな「進化」を見せてくれるのか楽しみです。