羽生雅の雑多話

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ドデカニソス諸島旅行記 その4~コス島、ロードス島

 明くる火曜日はロードス島に戻る移動日だったので、月曜のうちに切符を手配するため旅行会社のオフィスに行ったのですが、乗るつもりだった高速船が満席で取れず、予定より2時間早い12時半出発の船に乗ることに。この船も残り4席とか言っていたので、バカンスシーズンのドデカニソス諸島は相当混んでいることがわかります。日本ではマイナーな観光地ですが。
 
 しかも、前日に見学するつもりで行ったけれど休みで入れなかったところが多かったので、この日は早めに活動を開始する必要があり、のんびりと寝てもいられず、朝食が始まる5分前にはレストランへ。まだ掃除をしているスタッフに「7時からよ」とか言われましたが、「わかっている」と答えつつも引き返すことはせず、我々同様、焦って早くからやって来ている宿泊客が他にもいたので、彼らと共にテーブルに陣取り、スタッフに無言のプレッシャーをかけました。
 
 とはいえ効果なく、時間どおりに始まったビュフェ形式の朝食をいつもよりスピードアップして食べると、さっさと歯を磨いて、8時から開いているはずの考古学博物館へ行きました。アスクレピオンなどの遺跡の出土品は現場にはなく、こちらに収蔵展示されているからです。
 
 コス島の考古学博物館の見どころは、古代劇場で発掘されたヒポクラテス像や西遺跡で発掘されたディオニソス像と『地球の歩き方』には書かれていたのですが、個人的にはヘルメス像がよかったです。自分が好きな神だからだと思いますが。ヘルメスもアポロンと同じくオリンポス12神の一人で、ゼウスの子であり、したがってアポロンとは腹違いの兄弟になります。現代では商業の神として信仰され、フランス語読みで「エルメス」であることはよく知られるところです。

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アスクレピオスのモザイク画とヘルメス像(いずれも中央)
 
 余談ですが、ギリシャ神話スキーな私がお気に入りの神は、アテナ、アポロン、ヘルメスの三人になります。アテナの賢さとそれゆえのプライドの高さとそれゆえの残酷さ、アポロンの完璧に近いはずのイケメンなのに振られまくっている報われなさ、ヘルメスの自己防衛本能から来る如才のなさや小賢しさといった、人間以上の個性がおもしろくて、昔彼らの話を書いてみたいと思い、いろいろ調べたことがありました。知恵の女神であるがゆえに馬鹿になれないアテナの苦悩とか、非の打ちどころがないといわれるのに何がまずくて振られるのかわからなくて、ついには美少年に走って癒しを求めるアポロンの心境とか、伝令の神としてみんなにいい顔をしなければならず、その裏で泥棒の神というブラックな一面も持つヘルメスの屈折とかとか……。「イリアス」などギリシャ神話を読めば読むほど妄想は膨らみましたが、関連人物の逸話を歴史的事実であると想定して辻褄が合うように時系列で並べて年表を作っている時点で手に負えなくなり挫折しました。

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最初のギリシャ旅行の時に、アテネ考古学博物館近くのアートショップで買ったアテナ像。右手には勝利の女神ニケ、左手にはメデューサの楯を持ち、頭に兜をかぶった典型的な姿で、凛々しいことこの上ないです。年経てだいぶ変色してきていますが……。林檎は後付けで、何かのケーキに付いていたものを、パリスの林檎に見立てて持たせています。私ならアフロディーテではなく、あなたに捧げるという意味を込めて。周りにいるのは、ババリアライオン、グランドキャニオンラバ、レイクルイーズトナカイ等々――まるで眷属のようです。隣のミニ団扇は中学の修学旅行で京都に行ったときに買ってきたもので、壁掛けタイプで場所を取らないので、コレクション棚の片隅でウン十年残ってきました。シブトイ。
 
 博物館には、ヘルメス像と一緒に「ヘルメスのローカル神話」と題したパネルが展示されていて、これはひょっとして、コス島における郷土の言い伝えみたいなもので、現地に来ないとわからない類いの、一般に流布されているものとは違う異説というか、もう一つの神話なのではないか?と思い、ギリシャ神話スキーとしては大いに気になったのですが、私の英語力ではさらっと読めず理解に時間がかかるので、日本に帰ってからヒマな時にゆっくり読むことにして、写真だけ撮ってきました。もしこれが知らない逸話なら儲けもので、これぞ現地訪問の収穫です。

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右下の女性、誰だかわかりませんが、気になります。

 次に、前日閉まっていた古代アグラと西遺跡にリベンジ。古代アグラはイマイチでしたが、西遺跡は保存状態がよく、床のモザイク画や石畳の馬車道、太さの違う水道管などが残っていて感激でした。復元された神殿の柱は地震のせいでバタバタと倒れていましたが。

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西遺跡に残るモザイク画

 続いて訪れたローマ人の家は、ただの遺跡ではなく、残っている遺跡を生かして、その上に建物が再現され、資料館として開館されていました。再現工程のパネルが展示されていて、職人たちが頑張ったことはわかりましたが、できた建物は、明らかに資金不足と感じられる、粗雑な建物。壁の色を遺跡の石の色に合わせることすらしていないので、ちょっと悲しくなりました。
 
 出航時間が早まったので時間的にもギリギリ、しかも暑いなか博物館や遺跡を歩きまわって足も限界だったので、ロードス島で騎士団長の宮殿は見るのだからと己を納得させ、コス島の騎士団の城は断念し、ホテルに帰って船の時間までしばし休むことにしました。ホテルの1階にあるスーパーに寄ってロードス島産のスパークリングワインを買い、冷房の効いたリビングのソファでひと息入れて、ようやく生き返りました。
 
 ということで、土産物屋を見る余裕もなく何も買っていなかったので、最後にもう一度スーパーに行ってコス島産のワインやらハチミツやらを買い込み、そうこうするうちに時間になったので、チェックアウトをして港へ行き、やはり30分ぐらい遅れて入港してきた「ドデカニソス・プライド」に乗船。席は空いているのですが、近寄るとほとんど荷物が置かれていて、デッキに出ている人が確保している感じでした。なんとか空席を見つけて座ることができましたが、次のシミ島から乗船してきた人は、船内で立っている人もいるような状態。満席とはいえ、席は乗客分あるはずなので、不思議に思って見回すと、通路側ではない奥の席は空いているところもあるのですが、手前に太った人が座っているので入れず、わざわざ巨体を動かしてもらうのも忍びないということで、あきらめて立っているようでした。この狭い席によく体を嵌めたなという感じで座っていましたから。ヨーロッパにはマツコ・デラックスみたいな体形の人がゴロゴロいるので。

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コスタウンの港より、騎士団の城。

 3時半過ぎにロードス島に戻ってきて、またあの部屋だったらどうしようと友人と話しながら、再びエフドキアホテルにチェックイン。そうしたら、ホテルで一番いい部屋だという最上階の一室に通されました。やはり連泊は待遇がよくなると実感。この部屋からだけ屋上に出られるという建物の構造だったので、眺めのいいバルコニーも我々二人で独占です。そこからは東側の港も、西側の騎士団長の宮殿もスレイマン・モスクも城壁も一望できる素晴らしい環境でした。

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オトメなダブルベッドです。反対側にもう一つセバスチャンベッドがあって、ツインルームということになっていました。

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屋上バルコニーから東側。港に大型クルーズ船が停泊しています。

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屋上バルコニーから西側。騎士団長の宮殿やスレイマン・モスクが見えました。

 「いやあ、よかったよかった。一時はどうなるかと思ったけど」と言いながら少し休んで、予定より早めにロードス島に戻ってきたので、スミス山のアクロポリスへ行くことに。
 
 城壁に沿って街を一周する、観光地によくある乗り降り自由のバスに乗って、アクロポリスで下車。残念ながら、現在アポロン神殿は足場が組まれていて、せっかくの景観が台無しでした。もちろんそんな情報は、我々の古いガイドブックには載っていませんでしたが。

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スミス山にあるアポロン神殿。残念なことに、見苦しい足場付きでした。
 
 続いて、神殿を下ったところにある古代劇場と古代スタジアムを見たあと、『地球の歩き方』にアクロポリス資料館なるものがあると書かれていたので見に行こうとし、さんざん周辺を歩きまわったのですが、結局発見できず。地元の人に訊いてもわからなくて、「ギリシャ人の家」ならこの先にあるというので、しばらく歩いたのですが、こちらも残念ながら発見できず。スミス山をかなり下ってきて、下車したバス停からもだいぶ離れてしまい、戻るのは体力的にもキツかったので、バスルートに出て、最寄りのバス停で拾えばいいということにして、さらにスミス山を下ることにしました。

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アクロポリスの古代スタジアム跡

 しかし行けどもバス停が見つからず、途中から二人とも無言で歩いていたら、分かれ道で旧市街の表示が現れ、その先に城壁が見えたので、この道を行けばもう旧市街ならこのまま歩いていくかということになり、徒歩で旧市街まで戻りました。

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アクロポリスからロードスタウンに向かう途中で見える新市街

 さすがに疲れたので、城壁近くの屋台で生絞りのオレンジジュースを買って一気飲みし、城門をくぐったら、見覚えのある街並みで、なんとソクラテス通りでした。ということで、ホテルが近かったので、いったん戻り、部屋で少し休憩してから、エーゲ航空の機内誌に載っていたソクラテス通りにあるシーフード専門店へ。

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アクロポリスから下りてきて旧市街の入口の一つであるアンボイス門をくぐると、すぐ左手に騎士団長の宮殿があります。石造りの街は夕映え時がとてもきれいです。
 
 1953年創業の「Alexis」というお店で、氷棚に並ぶ鮮魚を選んで、調理法を指定して料理してもらう方法でした。一番大きな魚は1キロ以上あるシーバスで、80ユーロとのこと。ギリシャにしては高いと思いましたが、スタッフのおにーサン一番のお薦めで、これほど大きな魚をまるごと一尾食べられる機会もそうないので、多少高くても満足するものを食べてコスショックから立ち直る必要があった我々は、それを選択。
 
 捌いて調理するのに時間がかかるので、例によってカラマリを前菜で頼んだのですが、チーズが詰められたスタッフドカラマリで、付け合わせはイカ墨のパスタ。前日とは打って変わって美味なイカ料理で、「今日は納得のいく美味しいものにありつけてよかった」と頷き合いました。ワインはグリークワインだけど、ロードス島や他のドデカニソス諸島の物ではなく、ペロポンネソス半島の物だということ。地物であることより、美味しく飲めることが重要なのは前日の経験で身に沁みていましたので、わざわざペロポンネソス半島産の物を選んで使っているということで頼んだら、期待どおり前日より格段に美味しかったです。
 
 そうこうして食事を楽しんでいたら、巨大なシーバスのグリルが運ばれてきて、とてもワインが足りないので、ピッコロサイズをもう1本追加。友人はグルメなのにアルコールが飲めないので、いつも私一人で飲んでいます。以前シャトー巡りをしたボルドーで、この友人が食前酒を飲んで急性アルコール中毒で倒れてしまい、それが私の帰国日前日で、翌朝ホテルに置いて日本に帰ってきたことがあるので、それ以降はすすめません。でも、せっかくなので、私が頼んだワインをグラスに1センチぐらい注いで、その土地土地のワインを味わってもらい、水で中和しつつ、ゆっくり2時間かけて飲み干すようにしてもらっています。
 
 シーバスは巨大で量が多かったので、あっさりとグリルでお願いし、素材の味を生かしてレモンを絞ってかけるだけだったので、付け合わせの温野菜で味付けして食べました。ホクホクの白身と適度な焼き加減のジューシーなトマトやズッキーニが相まって、シンプルだけど、その分素材が悪いとダメな、ごまかしがきかない味で、なんとも美味。またもや「今日はよかったよかった」を連発しながら、上機嫌でホテルに帰りました。
 
 ということで、この日の日程終了です。