羽生雅の雑多話

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奈良寺社遠征 番外編~興福寺の阿修羅と蔵王堂の龍真咲

 本日は台風一過の快晴で、久々に晴れて暑くなりましたが、一日中家に籠っていました。――というのも、金曜から奈良に行っていて、台風のため予定を切り上げて、昨日の3時過ぎに帰ってきたので。

 
 7月にANAJALから8月末で有効期限が切れるマイレージやeポイントがあるという連絡メールがきたので、どこへ行こうかと悩んでいたのですが、ギリシャ行きでバタバタしていてリサーチするヒマがなく、帰ってきてからでも間に合うので後で決めればいいと思い、手配がギリギリになったら、選択肢がなくなったので、結局阿修羅を見に行くことにしました。
 
 もともと11月頃に行こうと思っていたのですが、特典航空券は2か月先までしか申し込めず、10月の3連休は仕事が入っているので、それなら二泊三日で行けるのは9月の3連休しかないではないかと思い、熊本城の城主になったことだし、阿蘇神社にも行きたいので熊本か、鹿児島に飛んで、まだ見ぬ鹿児島神宮霧島神宮を巡るか、御鎮座1700年の熊野那智大社に行くか、やはり行ったことのない宮島に行くかと、いろいろ考えたのですが、熊本も鹿児島も宮崎も広島も南紀白浜ももはや空席がなく、取れた帰りの便がANA関空発だったので、行きの便はJALで大阪行きを探したら、土曜はすべてアウト。金曜午後しか空いていなかったので、強引に仕事を片付けて、3時半発の伊丹行きに乗りました。台風だったので、結果的には九州や和歌山ではなくラッキーだったのですが。
 
 この時間のフライトだと空港からバスに乗って奈良に着くのは6時過ぎなので、金曜は移動だけで何もできませんが、いい機会なので、宿泊は奈良ホテルにしました。朝早くから行動するときは滞在時間が短いのでもったいないし、駅から遠くて観光の拠点には向いていないので、今まで泊まる機会がなかったのですが。今回は急きょ決まった奈良行きで、阿修羅を見ることぐらいしかミッションがなかったので、メインダイニングでディナーコースを食べてシャンパーニュを飲み、翌朝はのんびり起きてチェックアウトすればいいということで選びました。
 
 クラシックホテルは好きで、旅程に余裕があって滞在時間が取れ、そんなに高くない値段で取れるときは、けっこう好んで選びます。箱根の富士屋ホテルと系列の箱根ホテル、日光の金谷ホテルと系列の中禅寺湖ホテル等々――やはり落ち着くので。宿泊施設としての利便性は落ちるかもしれませんが、伝統的な建物や部屋、庭や周囲の風景など、目に入ってくるものが心地よくて、長居したくなる雰囲気なんですよね。非日常の休暇はこうでなくてはという環境を提供してくれますから。
 
 7時前にチェックインして、7時半からメインダイニングに予約を入れてもらい、窓際のテーブルでルイナールを食前酒にもらってから、宿泊者限定のコースをいただきました。庭にはお稲荷さんのお社があって、コース用のセッティングがされたテーブル越しの窓の外に見える真っ赤な鳥居がシュールな光景でした。

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奈良ホテルメインダイニングルーム「三笠」の窓際テーブルから見えるお稲荷さん

 翌朝は、8時半の開店と同時にラウンジに行って、まだ他にお客がいない静かな店内で、猿沢池を見ながら、まずは銘柄不明のシャンパーニュを味わい、続いてキューカンバーやホワイトアスパラの野菜サンド、デザート、コーヒーをいただきました。デザートに選んだ古代米のムースというのが何とも美味でした。
 
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ラウンジ入口のバー。誰もいません、スタッフ以外。

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ラウンジ奥のティールーム。誰もいません、スタッフすら。

 部屋の入口に入っていた新聞を読んだりしながら、1時間ほどダラダラと朝食を食べると、10時にチェックアウトし、興福寺へと向かいました。奈良ホテルは裏から行けば興福寺までは歩いたほうが近い距離で、しかもホテルに戻ってくる予定はないので、雨の中荷物を持って歩くことに。
 
 五重塔を目印にして興福寺に到着すると、仮講堂で開催されている「阿修羅 天平乾漆群像展」へ。台風の影響で本降りの雨でしたが、けっこう人がいました。阿修羅の人気が偲ばれます。
 
 前にも書きましたが、何年か前に東博で大規模な阿修羅展が開催されたあと、興福寺において、お堂で見る阿修羅展というのがあって、私は両方を見たのですが、興福寺の展示が素晴らしく、その時の感動が忘れられなかったので、今回も足を運びました。
 
 雨といえども3連休の初日なので、それなりの人出で、前回より混んでいたので落ち着いては見られませんでしたが、やはりよかったです。行った甲斐がありました。国宝館のガラス越しではなく、そして阿修羅が主役ではなく、八部衆の一人として、あくまで阿弥陀如来の眷属として如来の脇にいるのはしっくりきて、如来様がいるから、他の八部衆がいるから、彼はまっすぐな若者でいいのだと――この集団の中にいてこそ、阿修羅の少年顔は生きてくるのだと思いました。
 
 仮講堂を見たあとは、80年ぶりに東金堂に還座した銅造仏頭にお参り。この仏頭は1937年に東金堂で見つかった丈六の薬師如来像の頭部で、破損仏であるにもかかわらず国宝の指定を受けているという、奈良白鳳時代を代表する仏像です。国宝なので、阿修羅と同じく国宝館に安置されていましたが、国宝館が耐震工事で休館中のため、今年いっぱい古巣にお帰りになっているのです。
 
 続いて西国三十三所9番札所の南円堂にお参りし、草創1300年記念の御朱印をいただきました。観音様のご開帳は来月17日とのことで、お姿は見られませんでしたが。
 
 興福寺での用が済むと、雨なので歩きまわって観光する気にもなれなかったので、近鉄奈良駅に行って吉野へ向かいました。というのも、行き先が奈良になって、何か見るべきものがないかと調べたら、ちょうど私が奈良にいる日に蔵王堂で前宝塚月組トップスター、まさおこと龍真咲さんが奉納コンサートをやることがわかったので。
 
 古都奈良にはお寺が腐るほどありますが、その中でも屈指の名刹で、興福寺と同じく今や世界遺産となり、国内外から多くの人々が訪れる金峯山寺蔵王堂――吉野を、いや奈良を代表する、修験道の開祖・役小角ゆかりの古刹が舞台です。しかも出演者はまさお。元宝塚トップスターは数多くいて、退団後も歌を聴きたいと思えるのはかなめ(涼風真世さん)とみっちゃん(北翔海莉さん)とまさおぐらいですが、そのうちの一人がこの栄えある舞台でコンサートをやるのです。まだチケットが残っていたら行くしかないでしょ、ということで、慌ててチケットを手配。取れたので、久しぶりに吉野に行くのならその日の宿は竹林院にしようと思い、検索をしたら空き部屋があったので、すぐに予約。開演が6時なので、吉野山中に泊まらないと面倒だし、竹林院は昔ロケの立ち合いの仕事で訪れたことがあるのですが、その時は日帰りだったため、実際にお邪魔して歴史のある素晴らしい宿であることはわかっているのに一度も泊ったことがなかったので、吉野に泊まる必然性があるこの機にぜひ泊まりたいと思いました。

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竹林院群芳園の玄関脇待合室

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豊臣秀吉が吉野で花見をしたときに使われたという茶弁当が飾られています。金の瓢箪をかたどった徳利が、いかにも秀吉。

 雨で到底歩く気がしなかったので、吉野駅からはタクシーに乗り、宿に着いたのが1時半ぐらいで、まだチェックインできなかったので、荷物だけ預かってもらい、千利休が作庭したと伝わる庭園を見たあと、吉野水分神社へ行きました。雨の中、徒歩で坂道を奥千本へと向かい、30分ほどで到着。
 
 この神社を訪れるのは3回目になります。何度行っても変わりばえはしませんが、縄文・弥生時代史研究においてきわめて意味のある重要な神社で、なおかつ厳かな佇まいで雰囲気のある本殿なので、蔵王堂同様、吉野に来たときには寄ることにしています。仕事の時は日帰りで時間がなかったので行けませんでしたが。

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豊臣秀頼創建の本殿。子守宮と呼ばれる当社に秀吉がお参りしたら、秀頼を授かったそうなので、その縁で建てたのだと思います。
 
 吉野山は山といえども、このあたりはまだ人家があり、生活道路が通っていて舗装されているので、登り坂ですが、雨でも問題なく歩けます――気力さえあれば。この日は水分神社までの往復で二人しか会わなかったので(3連休の初日だというのに……)、行ったことのない場所だったら、くじけていたと思います。山には霧が深く立ち込めていましたし。
 
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山を覆う桜があるのですが、こんな状態でした。
 
 水分神社から下りてきて、まだチェックイン開始の3時まで時間があったので、何年も前の桜の季節に一度泊まったことがある桜本坊を拝観。昔訪れたときにはなかった立派な拝観通路が整えられていました。泊まったときには上千本の桜が窓から見られる宿坊だから選び、来てみれば実は天武天皇ゆかりの古刹だったので驚いたほどでしたが、今は大々的にアピールされていました。
 
 3時になったので竹林院に戻ってチェックインし、部屋で備え付けのお茶を飲みながらお菓子をいただいて一服したあと、蔵王堂へ。

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蔵王堂の堂内は撮影禁止です。
 
 拝観は通常4時半までで受付終了は4時なのですが、この日はコンサートの準備で、3時で受付終了だったとのこと。せっかく来たうえに、開演まで時間もあったので、4時から始まるという夕座勤行に参加することにしました。待っているあいだに御朱印をいただき、以前来たときには見かけなかった「くまぶしくん」を購入。4時になると御本尊前に座り、事前にコンサートがあるため読経も省略されるという説明を受けたあと勤行が始まりました。法螺貝や太鼓などが鳴らされる賑やかな中で唱えられるお経を懸命に聞き取りながら借りた経本を目で追っていたら、たしかにところどころすっ飛ばされていき、さらに願い事を読み上げるところでは龍真咲コンサート成功の祈願文も聞こえてきました。般若心経はともかく、聞きなれない蔵王大権現の真言とか神変大菩薩役小角)の真言とかもあって、なんか今まで参加した勤行とはかなり趣が違う、こう言うのも何ですが、一風変わったおもしろい勤行でした。
 
 読経が終わると、御本尊裏の一体一体の仏様にお参りして終了。ひとまず境内を出て、蔵王堂前の大正時代創業の老舗「柿の葉寿司やっこ」に入り、早めの夕食を摂ることに。夏場限定のメニューだという柿の葉寿司と葛そうめんと葛餅のセットを食べました。夏どころか、10月ぐらいの気温でしたが。
 
 雨は一向に止まず、しかし続々と人は集まってくるので、雨天決行・荒天中止となっていましたが、雨天ということで開催するのだろうと思い、食後にコーヒーを頼んで飲みながら開場を待ち、5時半の開場時間を過ぎたので、持参したカッパを着て、再び蔵王堂へ。
 
 ほぼ時間どおりの6時5分頃から始まりましたが、味の素スタジアムで行われたラルクの20周年ライブ以来の大雨の屋外コンサートとなりました。カッパなしでは見られませんから、屋根有りのまさおはステージ衣装でしたが、屋根無しの我々観客はみんなねずみ男蔵王堂の前に設営された特設ステージで行われたのですが、ステージライトに照らされて降りしきる雨はバッチリ見えるし、ステージの後ろには東大寺大仏殿に次ぐ木造建築と言われる巨大な蔵王堂が浮かび上がっているし、なんとも不思議な光景でした。10月中旬並みの気温で雨ざらしの手は凍えて、しかも濡れているので、たたくと水が跳ねるから拍手もロクにできず。みなさん頑張ってその分声を出していましたが。
 
 まさおも手足の出た、いかにも寒そうな衣装で頑張ってくれましたが、1時間半ほどで終了。最後は風も出てきて、カッパの帽子を手で押さえなければならないほどだったので限界でした。座っていると水がたまるので、前身ごろの合わせの部分から水が入ってきて、結局ビショビショに。まさおの「終わります」(だったかな)の声とともに席を立って早足で宿に帰り、カッパをフロントに預けて乾かしてもらい、すぐに大浴場へと向かいました。夜の上に大雨なので何も見えませんでしたが、露天風呂に浸かって生き返りました。
 
 で、感想ですが、私はまさおの男役の歌が好きだったので、今回のセットリストの中心となったファーストアルバムは聴いていないのですが、改めて彼女の声域の広さと歌い方のバリエーションの豊富さを実感できるコンサートでした。アルバムも聴いてみようかなという気になりました。ということで、あの悪条件で声もかすれず音も外さず歌っていたまさおはさすがでしたが、それ以上に感心したのが音でした。割れていないし、ハウリングもありませんでした……嵐の蔵王堂なのに(笑)。ともあれ、まさおの「リベンジ」、期待しています。個人的には、ミュージカルナンバーで、まさおの本領が発揮された「僕こそミュージック」と「コパカバーナ」がよかったです。後者はバリー・マニロウ好きだからですが。
 
 明けて翌日、夜のあいだは暴風雨ぎみの天気でしたが、朝の吉野山はうっすらと陽が差していました。「なんだかなぁ……」と思いましたが、移動日に大荒れではないのはラッキーと思い、ただし雲の厚さと流れの速さは天気が崩れることを示していたので、特典航空券で手配した関空発夜9時のフライトはキャンセルし、自腹を切って、さっさと新幹線で帰ることにしました。今回は交通費がほとんどかからないから宿代を奮発したのですが……(涙)。それでも欠航になり足止めを喰らって延泊とか空港泊とかになるよりはマシなので、仕方がありません。
 
 朝食後、吉野駅まで宿の車で送ってもらい、近鉄特急で京都に出て、いつものようにタカラ缶チューハイ551蓬莱の豚まんとシュウマイを買って、12時過ぎののぞみに乗車。吉野からずっと関西・東海地方は時折陽が差したりパラパラ小雨が降ったりするような天気だったのですが、横浜あたりから本降りでした。それでも遅延や運休に遭遇することもなく無事に帰ってこられたので、まあよかったです。今回もいろいろな体験ができましたし。

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蔵王堂で買ってきた「くまぶしくん」と、大きさ比較のくまモンみくじ。「くまぶしくん」は、金峯山寺ホテル日航奈良のコラボで生まれたキャラクターとのこと。「くまぶし」は熊+山伏なので、その名のとおり、鈴懸を着て、頭襟、結袈裟、引敷を身に着けています。格好は山伏ですが、熊だけに、くまモンと足の格好が同じです。