羽生雅の雑多話

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祝・五輪2連覇~運を引き寄せ続けた羽生結弦の負けん気と努力

 来ました~。平昌オリンピックフィギュアスケート男子シングル、ワンツーフィニッシュのダブル表彰台。ユヅ、ショーマ、そしてハビエル、おめでとう。

 
 いやぁ、この試合も凄まじかった。300点以上が表彰台のボーダーという、滅茶苦茶ハイレベルな戦いでした。口火を切ったのが、ネイサン・チェン選手の怒涛の4回転6回、210点超えのフリーではないでしょうか。クワドはフリップで手を着いただけで、前半の4回転+2回転、後半の4回転+3回転の2回のコンビネーションを含めて5回成功。しかもループ以外の4種類。8回あるジャンプ要素の得点が全部10点以上って、いったい何なんでしょう。ショート17位ながら、今回4位のボーヤン・ジン選手に抜かれるまでスコアリーダーで、最終結果が12人抜きの5位って、どれだけフリーがすごかったかわかります。
 
 金メダルは羽生結弦選手。五輪2連覇です。おめでとう。うーん、歴史的瞬間を現地で観たかった。こんな機会は人生でもうないと思っていたので、去年から平昌での観戦を画策していたのですが、男子シングルフリーは1月下旬になってもチケットの一般販売がはっきりせず、観られないのは嫌だったので団体戦フリーのチケットを買い、それも結局インフルエンザで行けなかったのですが、今日の試合はなんとしても観に行くべきだったと思いました。
 
 今回のユヅはとにかく強い、強かった。いわゆる普通の、演技にともなう表現から生まれる美しさではなく、王者の風格というか、強さが漂わせる美しさを終始まとっていました。フリーは2回目の4回転トゥループがコンビネーションから単独になってリピートになり、ラストジャンプの3回転ルッツの着氷も乱れましたが、最後まで気迫にあふれて揺るぎませんでした。強いということは美しいことなのだと改めて思いましたね。スノーボードハーフパイプの金メダリスト、ショーン・ホワイト選手の演技を観たときにも思いましたが、圧巻の、他を圧倒する絶対的な強さというものは、なんて人を惹きつけてやまない吸引力のある美しさなのだろうと思いました。2本目のクワドである4回転トゥループなんか本当にもう完璧な姿勢で、降りたあとの後ろ姿にすら美しいと感じましたし。素人目にも、これは満点の出来栄え点でもおかしくないなと思っていたら、やはり+3の加点。一発目のクワドのサルコウとともに満点の評価でした。つまり、多分に主観が入る採点競技ですが、今日の彼のジャンプは万人が美しいと認めるものだったということです。まあ、本音を言えば、選曲からして好きなプログラムではないし、相変わらず体の動きからにじみ出る表現力が乏しくて演技自体に心を動かされるようなスケートではないし、なので大ちゃん(髙橋大輔さん)の銅メダルの時のように何度も観たくなるほど感動したということはないのですが、困難を乗り越えて勝ち切る強さと、そこに透けて見える努力には本当に感動しました。そんなめったに見られないものを見せてくれたことに、とても感謝しています。
 
 右足の怪我という大きなアクシデントに打ち勝って金メダルを手にしたユヅ本人の努力と頑張りは文句なく称賛に値しますが、演技を観ながら、正直なところ、4年のあいだ運にも恵まれたよなぁとも思っていました。幸運の女神がほほえんだというよりは、悪運が強いというか……。
 
 というのも、金メダルを獲れたから言えることではあるのですが、怪我をしたことも含めて、オリンピックに至るまでの過程がよかったのだと思います。周りの言うことを聞かずにプログラムに組み込む4回転の回数を増やし、そのために跳べる種類を増やすことに躍起になっていたユヅを止められるのは、選手生命を脅かすような深刻な怪我だけだったと思うので――。実際に痛みを抱えて跳びたくても跳べない状況に追い込まれて、そんな自分を認めて受け入れて、現状と真摯に向き合い、その状況下で最善を手繰り寄せるために考えに考えて、その結果コーチの助言に逆らってでも固執してきた、最高難度に挑み続けるというアスリートとしてのこだわりを捨てて、最終的に難度を落として正確性と完成度の高さを求める演技を選べたのは、怪我のおかげだと思います。怪我をしていなければ――ただの戦略であれば、ユヅにこの選択はできなかったでしょうから。
 
 そして、とにかく4年間環境に恵まれていました。自分以外の周りの存在に関しては己がどうこうできるものではなく、きわめて運命的なものですから、まさしく運を引き寄せたとしか言いようがありません。ソチで金メダルを獲ったあともモチベーションを保ち、闘い続けるためのライバルに恵まれていたことが、最大の勝因ではないでしょうか。
 
 ソチ五輪のあと、それまで目標としていた大ちゃんは引退しましたが、まだまっちー(町田樹さん)がいて、ライバル心剥き出しで自分にはない演技の質で挑戦してきました。まっちーが引退したあとはジュニアからシニアに上がってきたショーマがものすごい勢いで追い上げてきて肉薄し、一時たりとも安穏としてはいられませんでした。世界の頂点に立つオリンピックチャンピオンとして国内では負けられないという思いが、ユヅに立ち止まることを許さず、彼に前を向かせて、彼を進化させてきたと思います。しかも、日々練習を行う同じチーム内には、今回の銅メダリストで、ここ数年世界チャンピオンの座を争い分け合ってきたハビエル・フェルナンデス選手がいました。練習においても国内大会においても、常に高いレベルで競い合うことができたのです。そういう意味では、類稀な強運の持ち主だと思います。この経験は望んだところで叶えられない、どれほど自分が欲しても己の力だけでは手に入れられない貴重なものですから。数々のライバルも怪我も、五輪連覇を目指す彼に女神が与えた試練だったのかもしれませんが、人一倍の負けず嫌いには通用しませんでした。負けん気の強い羽生結弦はあきらめることをよしとせず、さらに闘志を煽られて、逆境を力に変えて4年間世界のトップに君臨し続けました。今回の勝利は、彼の負けず嫌いと、負けず嫌いから生まれる努力に女神が呆れて、「そこまでやるのなら、勝たせてやる」と、ついに匙を投げた結果のようにも感じられます。
 
 ハビエルは素晴らしい演技でしたが、4回転サルコウが2回転になったのが惜しかったですね。けれども、負けた理由がはっきりしていて、負けはしましたが表彰台には乗れたので、それなりに満足しているのではないでしょうか。ユヅはジャンプが突出していますが、全体的にはハビエルのほうが上だと思います。スケーティングの上手さで彼の上をいっているのはパトリック・チャン選手だけでしょう。エッジさばきというか、着氷していないときも含めて足さばきが実に見事です。ショートも振付の多彩さおよび、それを表情豊かに演じる表現力は群を抜いていました。まるでショーのプログラムを見ているようでしたからね。
 
 宇野昌磨選手は最終滑走で、前の選手までの演技を全部見ていたそうですが、この強心臓が銀メダルを引き寄せたのでしょう。自分のプログラムを完璧にやれば金メダルだとわかっていたけど、今日のコンディションではノーミスが難しいこともわかっていて、案の定一発目のクワドのループで失敗し、早々に金メダルの可能性がなくなったので、笑いながら「このあと頑張らなくちゃ」と思って滑っていたみたいですから。冷静です。でも、その後は粘ってジャンプのランディングも堪えて、クワドの最後、4本目の単独トゥーループをクリーンに降りたときには身震いがしました。後半に入れた5本のジャンプの3本がコンビネーションで、その内訳は4回転2本、トリプルアクセル2本、いずれも10点以上を稼ぎました。今の技術点を維持したままGOEや演技構成点を伸ばしたら北京で金メダルが獲れます――と言いたいところですが、ネイサンがショートとフリーをそろえてきたらわかりません(笑)。
 
 日本の若武者二人の活躍も嬉しかったのですが、今大会では元世界チャンピオンの二人――パトリックが団体戦ではありますが金メダルを、ハビエルが銅メダルを獲ってくれたことも喜ばしいことでした。エヴァン・ライザチェックが持っていてパトリックがオリンピックの金メダルを持っていないとか、デニス・テンが持っていてハビエルがオリンピックのメダルを持っていないなんてどうなの?と個人的には思っていたので(それが魔物が棲むというオリンピックというものだとも思いますが……)。そういう意味でも、長年のモヤモヤ感がスッキリした、よい大会でした(まだ終わっていませんが)。残るアイスダンスと女子シングルの選手も、自分の納得のいく滑りをして笑顔で終わってほしいですね。
 
※2月18日追記
 本日の読売新聞に、ユヅとハビエルのそれぞれに対するコメントが載っていて、私が思っていることをこれ以上ないぐらい的確に表していると思ったので載せておきます。本人たちはやはりわかっていますね。お互いがいたからこそ、ここまで至れたことを――。
 
ハビ
ユヅは全力を傾け、最悪の事態を好転させる強さを持っている。彼は決して諦めない。今を生きる伝説の選手で、学べることがたくさんある
ユヅ
僕も刺激を受け、複数の4回転習得に取り組んだ。彼(ハビエル)がいなければ、何より練習が耐えられなかった
 
 ハビエルは、あきらめずに全力を傾けることで最悪の事態を好転させる――全力が運を引き寄せて事態を好転させ乗り越えていくという羽生結弦の強さの本質を真に理解し、ユヅはユヅで、ハビエル・フェルナンデスが4年間自分のそばにいたことの重要性を心から感じています。
 ハビエルの締めくくりの言葉がまた泣けます。
 
ハビ
これがもう最後になるかも。今日ここで共に表彰台に乗れたことを、誇りに思うよ
 
 贈られたこの言葉に、ユヅは涙したとか。
 
 3歳年上のハビエルと3歳年下のショーマ――練習熱心な実力者で人間性も高い先輩と後輩に恵まれて切磋琢磨でき、最高の結果を出せて、本当にユヅは運がよかったと思います。けれども、単に運がよかったわけではありません。あきらめない心と全力が運を引き寄せたのです。ただ待っているだけでは、運はやってこない、ということでしょう。