羽生雅の雑多話

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パリ・オペラ座の★、マチアス・エイマン再び~世界バレエフェスティバル

 本日は台風です。この記事を書いているあいだに土砂災害警戒&避難準備の連絡が来ました。いつもの台風と同じ雨脚なのですが、西日本豪雨のこともあり、警報を早めに出しているのだと思います。とはいえ、昨今は気象が気象なので、書くのを中断し、詳しい情報を調べたら、幸い対象地域には入っておらず、念のため自治体の土砂災害ハザードマップも確認したら大丈夫そうだったので、続きを書いております。ニ、三日前からようやく涼しくなった(と言っても30度ですが)と思ったら、これとは……本当にぼんやりしていられません。

 
 連日の猛暑も落ち着いて、夜に多少雨がぱらつきましたが、台風の影響もまだなかった昨日は、上野の東京文化会館にバレエを観に行ってきました。発売と同時にあっという間によい席は埋まっていったので、チケットは早々に取っていて、もともとこの日の観賞を予定していたのですが、過ごしやすい日でよかったです。

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 演目は「ドン・キホーテ」。年初にパリに行ったときオペラ・バスティーユで観たパリ・オペラ座バレエ団の★(エトワール)、マチアス・エイマンのパフォーマンスがあまりに衝撃的で、いいとこどりのガラではなく全幕を日本で観る機会があったら必ず観に行こうと思い、調べていたら、5月に「リーズの結婚」と7月に「ドン・キホーテ」があったので、悩みましたが、ドンキにしました。両方観られればいいのですが、バレエのチケットは高いので、そうホイホイは行けません。ほぼ毎月のように宝塚を観ていることですし。
 
 で、どちらに行くか吟味したところ、5月はバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の日本公演で、パートナーが日本人プリンシパルの平田桃子、7月は世界バレエフェスティバルの特別プログラムで、パートナーは同じパリ・オペラ座エトワールのミリアム・ウルド=ブラームとのことで、世界バレエフェスティバルが三年に一度ということもあり、7月にしました。英国のロイヤル・バレエ団のプリンシパルに失礼ではあるのですが、本音を言うと、日本人ダンサーではマチアスと格差がありすぎるような、マチアスの能力が最大限に発揮されないのでは――と思ったのです。その点ミリアムはパリの公演でもパートナーだったので、安心感がありました。それに、正月に観たのはルドルフ・ヌレエフが振り付けたヌレエフ版で、今回の公演はウラジミール・ワシリーエフが振り付けたワシリーエフ版だったので、同じ演目でもまた違う印象だろうと思ったので。マチアスの違う演目も観たかったのですが。
 
 案の定、同じ演目でもまったく違いました。今回の公演にも同行してもらったN氏も「学芸会チック」と言っていました。確かにそのとおりで、しいてよく言えば、ヌレエフ版よりわかりやすく大衆向きで、バレエの入門編としてはいいような気がしました。ワシリーエフ版はキトリとバジルの主役ペアの振付もヌレエフ版に比べると難度の高いものではなく、それほど突出した扱いではないので、出演者全員のための演出という感じがしました。それだけに、東京バレエ団団員のコール・ド・バレエ(群舞)の完成度の低さが気にはなりましたが。
 
 男性ではバジル役に次いで目立つエスパーダ役も、懸命に踊っている感があふれすぎていて、見るからに自然体ではなく虚勢を張っているような感じで、難しい足技も日常的な仕草のように苦もなくこなす(そう見える)マチアスに比べると、無理をしているようで、観ているほうが苦しくなりました。その上、確か美青年の花形闘牛士という役どころだったと思いますが、体形のバランスが悪く、手足の長さのわりに太腿が太すぎて、顔ではない全体的な見た目が美しくないので、美青年に見えませんでした。それ以上に、サラっと踊っていないのが見苦しく、悪い意味で他とは違う踊りだったので、かえって目立っていて印象的ではありましたが、また観たいとは思いません。パリオペの二人以外では、キューピッド役のダンサーがよかったですね。
 
 ということで、マチアスはすべてにおいて格が違い、相変わらず素晴らしかったのですが、ヌレエフ版に比べると物足りなく、「これだけ?」という感じで、持てる力の三分の一も出していないように思いました。ただ、登場するときのジュデ一つとっても他と違い過ぎて、同じ振りでも真に上手い一流ダンサーの動きや体の見え方はこういうものだということを、他との比較で見せつけてくれました。そういう意味では、マチアスの陰で前回印象が薄かったミリアムも他より段違いに上手くて、やはりパリ・オペラ座のエトワールだなと思いました。繊細な印象なのに抜群の安定感があるのは、どこか森下洋子に近いような気もします。ワシリーエフ版はバジルよりもキトリのほうが目立つ感じで、それもヌレエフ版よりミリアムのよさが伝わってきた理由だと思います。マチアスのバジルが完全に主役キトリの相手役でしたから(笑)。
 
 公演後、ヌレエフ版とワシリーエフ版について調べていたら、日本舞台芸術振興会のNBSニュース349号に、今回私が感じた、言いたかったことが的確にまとめられていたので、以下それを引用させていただきます。

「世紀の大スター、ルドルフ・ヌレエフが手がけたこの作品は、ダンサーにとって、もっとも踊りたい作品であり、同時にもっとも踊りたくない作品のひとつかもしれない。というのも、まず、振付の難易度がかなり高いのだ。「ドン・キホーテ」は元々、ダイナミックな跳躍、スピード感あふれる回転など、高度なテクニックが満載。ヌレエフの振付ではさらに、音符のひとつも見逃さないかのような細やかなステップが続く。並みのダンサーでは振付をこなすのが精いっぱいで、演技など二の次。普通のヴァージョンにはない、ジプシーの野営でのキトリとバジルのロマンティックなパ・ド・ドゥなど、演じがいのある場面もあるのだが、その分、上演時間も長くなるので、ダンサーには底知れぬ体力も要求される。加えて、ヌレエフの濃厚な振付に負けない個性、振付を超えて舞台上で輝く華やかさがなければ作品の持つ強さの影に埋もれてしまう。ダンサーにとって実に過酷な舞台なのだ。その一方で、これらすべてを満たしてくれるダンサーが現れたら、観客たちの興奮、高揚感は一気に高まる。となれば、踊るダンサー自身の満足度、充実感もさぞかし…‥と思うのである。」
 
 確かに……ワシリーエフ版は流れもよかったので、さっさと終わったような感じがしました。ヌレエフ版は三幕ありましたから。単純に上演時間も短かったのでしょう。
 
 同じ日本舞台芸術振興会(NBSホームページにはワシリーエフ版についてのコメントもあったので、こちらも引用しておきます。
 
「街の喧騒の中で踊られる陽気なセギディーリャに甘美なマドリガル、颯爽とした闘牛士と踊り子のダンス。場面が変わるとエネルギッシュなジプシーダンスや妖精たちの優美なクラシック・ダンス、そして情熱的なスパニッシュをはさんで主役ペアの華麗なグラン・パ・ド・ドゥでフィナーレを迎えるまで息つく暇なく多彩なダンスが繰り広げられ、古典バレエの中でも随一のゴキゲンな楽しさです。ボリショイ・バレエ伝統と現代的な感覚が絶妙に融合され、エネルギッシュで豊かな芝居心に溢れているのが特徴。」
 
 ということで、ヌレエフ版、ワシリーエフ版それぞれの特徴がよく言い表されています。好き嫌いは好みだと思いますが、私は断然ヌレエフ版派でした。エンターテインメントとして楽しめるのはワシリーエフ版かもしれませんが、感動するのはヌレエフ版です。肉体表現の限界への挑戦を見るようで……。でも、これも同じ演目の二つの公演を見比べたから発見できたことなので、実におもしろいと思い、満足して帰ってきました。バレエは奥が深いです。
 
 そして改めて、長年見たかったシャンティイ城のラファエロの余韻も吹き飛ぶほど強烈な、終わったあと「凄かった」と「いいものを観た」としか言えなかったオペラ・バスティーユでのマチアスのパフォーマンスは、本当に凄いものだったのだと思いました。最初に観たのがあの公演でなければ、これほど興味を持ち、彼のバレエをまた観たいとは思わなかったでしょう。彼の凄さが体感できる演目と振付は何なのか……少しバレエのことを勉強して、再びあの感動を味わいたいと思います。
 
※追記
 「ドン・キホーテ」「ヌレエフ版」「マチアス・エイマン」で検索してネット記事を読み漁っていたら、こんな感想がありました。以下、そのまま引用させていただきます。
 
「ヌレエフ自身が躍るパートを増やしたかったんだろーなー」
「ヌレエフ自身のテクニックを見せつける振付にしたかったんだろーなー」
 
 ヌレエフ版の特徴は、裏を返せば、まさに「そのとウり!」(by榎木津)と思いました。ワシリーエフ版との違いは「あのヌレエフが振り付けたから」としか言いようがないものだったし。だから超絶技巧だし、キトリよりバジルが目立っている(笑)。