さて、クリムト・ブリッジの上で30分は壁画を堪能したあと、ここで一番好きな絵画作品であるラファエロの「草原の聖母」を観て、12時前になったので、いつも立ち寄る館内のカフェに混んでくる前に行って早めの昼食を摂ることにし、ゼクトとシュニッツェルを注文。食後にコーヒーを飲んで、再び絵画ギャラリーへ行き、ブリューゲル、アルチンボルド、クラナッハを鑑賞しました。それぞれ日本で大規模な展覧会が開かれて盛況でしたが、その目玉として紹介された作品のほとんどがウィーン美術史美術館にあります。
ラファエロ「草原の生母」
クラナッハ「ユディト」。光ってしまいました。残念!
アルチンボルド「夏」
アルチンボルド「冬」
アルチンボルド「火」
アルチンボルド「水」
そしてフェルメール。私の中でフェルメールとクリムトという存在は似ていて、特別好きというわけではないけど、とにかく絵が上手いので、見れば印象が強くて心に残り、忘れられない、無視できない画家という感じです。奇しくも、これから日本でフェルメール展とクリムト展が開催されるので、ウィーンにあるこれらの名作が来るのかも興味深いところです。
フェルメール「絵画芸術」。窓からの光の表現が素晴らしいです。
こちらの女性の表情もいいですね。
今回のウィーン訪問は美術史美術館とベルヴェデーレ宮殿だけが目的だったので、久しぶりに絵画ギャラリー以外も見学してきました。正直なところ、凄すぎて、いささか食傷気味になり、途中で「もうけっこう」という気になります。ヴァチカン美術館もそうでしたが。
古代ギリシャ・ローマコレクション展示室にあったクリムトの「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」
クンストカンマ―・ウィーンの展示室でどうにも気になった熊。ここの美術コレクションには、作品テーマの選び方やデフォルメの仕方などにおいて、他では見たことがない物がたくさんあり、アート表現の自由さと、その表現を実現させた高度な技が堪能できます。オートリ―ヴのシュヴァル・パレスでも感じましたが、人間の表現力に限界などないと思い知らされます。
足の疲れもあって終わりのほうはかなり流し気味になりましたが、ひととおり展示室を見てまわったら4時になろうかという時刻だったので、切り上げて、もう一つの目的地であるベルヴェデーレ宮殿へと向かいました。トラムのブルクリンク駅からD線に乗り、シュロス・ベルヴェデーレ駅で下車。上宮側の門を入って右にあるチケット売り場で、「接吻」が展示されている上宮と特別展「Beyond Klimt」が開催されている下宮の両方を鑑賞できる22ユーロのクリムトチケットを買って、まずは上宮へ。
ベルヴェデーレ宮殿は広いので、最寄り駅がいくつかあるのですが、基本的に上宮から行くことにしています。当然のことながら、上宮のほうが地形的に上にあるので、上宮から下宮に行く場合は下りですが、反対の場合は上りとなり、歩くのがきついので。それと、その日は金曜日で、金曜は夜9時まで開いているという情報を得ていたのですが、行ってみると、下宮は確かに9時まで開いているのですが、上宮は通常と同じく18時までだったので、今回も上宮から下宮の順になりました。
上宮の目玉といえば、言わずと知れた「接吻」ですが、初めて訪れたときには、「なんとこの絵がここにあるとは!」と驚いた絵もありました。
美術ではなく世界史の資料でおなじみのダヴィッド「サン・ベルナール峠を越えるナポレオン」。調べたら、ヴェルサイユ宮殿他、世界に5枚あるそうで……そのうちの一枚。
ちょっとエキゾチックな感じのエリザベート
そして今回、新たに「こんなところにこの絵が……!」と驚かされたのが、カスパル・フリードリヒ。ドレスデンやベルリン、ハンブルクまで作品を観に行っている大好きな画家なのですが、前に来たときには見たおぼえがなく、あると思っていなかったので、ビックリしました。
フリードリヒ「エルベサンドスタイン山の風景」
手前の苔むす岩肌や枯れ木の表現がいかにもフリードリヒ。見た瞬間に「オークの森の僧院」や「リューゲン島の白亜岩」を思い出し、「もしやフリードリヒでは?」と思いました。真ん中の岩山の、シルエットのようでシルエットではない独特の色彩感覚による表現はフリードリヒの特徴だと思います。彼の絵は、現実の風景を写実的に描きながらも、現実よりも上位の次元にある精神世界が見せる心象風景という印象で、神秘性や神々しさが感じられて大好きです。かれこれ10年以上前になりますが、フリードリヒの絵を観にドレスデンを訪れたときに、ついでに「ザクセンのスイス」と呼ばれるエルベ砂岩山地のケーニヒシュタインにも足を延ばしました。そこはまさにこんな感じの奇岩地帯で、したがってこの絵は現実の風景を描いたものだと思うのですが、単に実際の風景をリアルに描いた絵というだけでなく、単なる風景画を越えて、宗教画のような崇高さを感じます。私に衝撃を与え、私をドレスデンまで行かせた彼の一大傑作――「山の上の十字架」に通じる感覚ですね。
クリムトの「接吻」については、前の記事でも書きましたが、もともとそれほど興味がなかったのですが、前回のベルヴェデーレ訪問で実物を観てから評価がガラリと変わりました。金の使い方が実に素晴らしいのです。画集などで見ていると金が金に見えなくて、黄と黒が効いたデザイン的な絵という印象だったのですが、あの絵の要は金の輝きでした。金の輝きによって接吻の瞬間の輝きというか、描かれた女性が味わっている恍惚感、至福感がいっそう強く表現されているように思いました。そして、金という素材の変わらぬ輝きは、二人の変わらぬ愛――すなわち永遠の愛を象徴しているようにも思えました。初めて観たときには、ショックのような感動をおぼえましたね。今まで正当な評価をせず、クリムトさん、申し訳ありませんでしたと思いましたし、印刷物、複製品の限界を感じて、やはり実物を見なければ――と痛感しました。良い作品には力があります。人の創作意欲を掻き立てたり、時には人生を左右するような人を惑わす力など……。けれども、その作品の真の力というものは本物だけが持ち得るものだと思います。なので、世の中で広く良いと讃えられていて、傑作として認識されているものは実物を見るべきだとも思いました。
クリムト「接吻」
「接吻」の金の輝き。正面からだとわかりにくいのですが、斜めから見るとよくわかります。
クリムト「ユディト」
上宮をひととおり観たあと、下宮に行く前にカフェに寄ってひと休み。グリューナー・ヴェルトリーナーがあったので、それを頼みました。オーストリアワインの中で一番好きな品種なので。カフェはミュージアムショップの奥にある扉から行くのですが、有料の宮殿内に入らない庭園散策客も外から利用できるようになっているので、連絡扉から宮殿内に戻るときにはチケットをチェックされます。
上宮のカフェ。右上が宮殿内に続く連絡扉で、左のシャンデリアのほうから外に出られます。
宮殿内に戻り、ミュージアムショップを物色しましたが、めぼしいものがなかったので、何も買わずに下宮へ。
ベルヴェデーレ宮殿の庭園にいるスフィンクス。下に見える赤っぽい屋根が下宮なので、下宮から上宮への移動はけっこうキツいです。
下宮では特別展「Beyond Klimt」と、隣接するオランジェリーで「カンバスに咲く花々」という花をテーマとする展示が行われていました。どちらの展示にもクリムトの作品がありましたが、花の絵は別にどうということない感じで、他の画家の絵のほうが印象に残りました。
下宮の特別展に展示されていたクリムトの「アダムとイブ」
下宮にあったブロンズ像。次の展示室に向かう途中でしたが、足を投げ出した、だらけた姿に足が止まり、釘付けになりました。特別展とはまったく無関係ですが、どうにも見過ごせず、写真をパシャリ。こういう人間の姿をわざわざ選んでブロンズ作品にする感覚も斬新ですが、それを宮殿を彩る装飾品にする感覚もスゴイと思いました。けれども、美術史美術館にもそう思わせる不思議なモノがたくさんありました。
オランジェリーで一番興味を引かれたウサギらしきものの絵。丸みと毛並みが見事です。
ウサギの絵の全体像。THEODOR PETTERの作品。
FRANZ WERNER TAMMの作品。美しい色づかいの花の絵で、オランジェリーという展示空間に一番ふさわしかったと思います。
各展示会場にはエゴン・シーレの作品も何点かあったのですが、私は彼の絵を少しもいいと思わないので、一枚も写真を撮りませんでした。絵の良し悪しなんて所詮好みなので、シーレの作品を好きで良い絵だと言う人がいてもかまわないのですが、個人的には魅力がサッパリわかりません。なので、ウィーンで同時期に活躍した画家だからといって、クリムトと一緒くたにしないでほしいというのが本音です。
下宮は9時まで開いていましたが、すべて見終わったので、6時半過ぎには切り上げ、帰るときは下宮側の門から出て、最寄り駅のレンウェーク駅まで歩きました。この駅はウィーン・ミッテ駅の一つ隣の駅なので、Sバーンで空港駅まで行けます。
空港駅到着後、ホテルに直結している連絡通路には飲み物の自動販売機しかないので、空港に寄り、「SPAR」で夕食&朝食&食料品のお土産を買い込んで、8時前にホテルに帰着。
翌朝は8時にホテルをチェックアウトし、10時5分発の便でパリまで行き、13時35分発の便で成田へ。パリでの乗り換え時間がギリギリで、成田行きの搭乗開始時刻に間に合わず、ゲートに行ったら優先搭乗は終わっていて、一般搭乗の真っ最中でした。パリで買う物はなかったのでよかったですが。
19日朝、成田に到着し、今回の旅も無事に終了しました。帰ってきたときは日本が意外と涼しくて「ラッキー」と思いましたが、残念ながら束の間の涼しさでした。