羽生雅の雑多話

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宝塚メモ~久しぶりに目が離せなかった「エリザベート」by月組

 日曜は日比谷で宝塚月組公演を観てきました。演目は「エリザベート」――私が一番好きな、特別なミュージカルです。もう本当に大好きで、最初に観てから20年以上経つ上に、その間いろいろな舞台を観ましたが、自分の中でいまだこれに勝る作品はありません。

 
 私の初エリザは、宝塚で2回目の公演となる、マリコ麻路さきさん)主演の星組公演でした。日本初演となった雪組公演は、いっちゃん(一路真輝さん)のサヨナラ公演で、東京公演の前売りチケットが取れず、なおかつその頃はなーちゃん(大浦みずきさん)の退団で宝塚熱が低かったときで、当日券に並んでまで観るような情熱はなかったので。ということで、雪組は観そびれて星組から観たわけですが、初めて観たときの衝撃と言ったら、凄まじいのひと言でした。
 
 もともと私は、歴史上の人物としてエリザベートとフランツ・ヨーゼフ夫妻が好きで、関連本などを読み漁っていました。いまやミュージカルですっかりおなじみになりましたが、エリザベートの、19世紀当時の王家の娘としては特異な自我のあり方と生き方、そんな稀有な女性に対するフランツ・ヨーゼフの大いなる愛(まさしく「グランデ・アモーレ」)、そして彼の苦しみに満ちた長い皇帝としての人生等々……何やら家茂&和宮夫妻に通じるものを感じて、たいへん興味深かったので。時代に翻弄されつつも自分らしさを失うまいとする妻と、そんな妻に翻弄されながらも愛してやまない夫というのでしょうか……。で、エリザベート没後100年にはウィーンやミュンヘンに行ったり、ブダペスト、バート・イシュルなどの旧ハプスブルク家領内はもちろんのこと、エリザベートの足跡を追っかけてギリシャのコルフ島やポルトガルマデイラ島まで行ってきました。
 
 そんな筋金入りのシシィ&フランツファンなので、最初はウィーン発のエリザベートのミュージカルと聞いて、本場ブロードウェイやロンドンのミュージカル作家ではないドイツ人のクンツェがどんなふうに描くのかと、半分楽しみであり、また半分は、エンターテインメント性に重きを置いた上っ面な話ではないかと心配な気分で観たのですが、ほぼ史実どおりで、まずそのことに驚き、続いて、セリフがなく、全篇歌で物語が綴られることに驚き、しかも、物語を綴るリーヴァイの曲がすべて耳に残る素晴らしい音楽であることに驚き……終演後はまさに水に打たれたような感じというか、ショックで放心状態でした。その後、いっちゃん主演の東宝版が始まり、山口祐一郎さんの歌を聴いてからは、どっぷりとのめり込んで、再演のたびに山祐トートの公演ばかりリピートしました。
 
 さらに、好きが高じてウィーン版再演時にはウィーンにも観に行ったので、宝塚版、東宝版、その他合わせて20回以上は観ていて(今回一緒に観た友人は舞台オタクで、ドイツ、韓国公演にも行っているので、もっと観ていますが……)、宝塚版で観なかったのは一路トートと春野トート、東宝版は前回の公演ぐらいでしょうか。前回は井上トート&花總シシィのチケットが取れなかったので観ませんでした。内野聖陽さん、武田真治さんのトートを観たときに思ったのですが、私のベストトートは山祐さんなので、石丸幹二さん、井上芳雄さんぐらいの歌ウマでないと違和感ばかり感じるので、観たい組み合わせが取れない場合は行かないほうがいいのではないかと思ったので……。シシィについても、宝塚で観た花ちゃん(花總まりさん)はよかったけど(女王役を演じさせたら右に出る者はいない人なので)、蘭乃はなさんは力量的に「エリザベート」のシシィ役を演じられるような娘役ではなく、花組公演の出来を見ても、みりお(明日海りおさん)にトートをやらせたいがために消去法でキャスティングされた感が否めなかったので、何故再び東宝でキャスティングされて、よりによって女王・花總まりダブルキャストにするのかさっぱりわかりませんでしたから――集客が偏るのは見えていたので。まあ、喉を酷使するハードな役なので、きっと花ちゃん一人では長丁場が大変だからだろうとは思いましたが。
 
 で、今回の月組ですが、あんなに真面目に観た「エリザベート」は久しぶりでした。筋はもちろん、大方の演出パターンも知っていて、もはや意外性はなく、歌も全部好きで歌えるので、最近の東宝版や、まぁくん(朝夏まなとさん)トートの宙組あたりは目をつぶって歌を聴いたり一緒に歌ったりで、まともに観ていませんでした。特にトートに関しては自分の中に山祐さんというベストがあるため、どうしても比べてしまうので。
 
 宝塚版は、まだそれぞれのトップスターにそれぞれの良さがあるのでフラットに観られるのですが、とはいえエリザベート役を男役が演じたときは、やはり違和感がありましたね。あさこ(瀬奈じゅんさん)とかカチャ(凪七瑠海さん)とか。みりおん(実咲凛音さん)は娘役トップだけに違和感はなく歌も上手かったのですが、歌が上手いせいで、言ってしまえば、ただそれだけのエリザベートという感じでした。歌が歌えればできるエリザベートで、みりおんならではの個性といったものが感じられず、印象が薄かったので、「モンテ・クリスト伯」の時のメルセデス役のほうがまだよかったと思いました。前回の宙組を今回の月組のように熱心に観られなかったのは、そのせいだと思います。
 
 それらのシシィに比べると、ちゃぴはさすがでした。いっちゃんや花ちゃんのエリザベートと同様に、個性というものが感じられて、他に真似できない、ちゃぴのエリザベートでした。いっちゃんも花ちゃんもすごい歌が上手いわけではないのですが、彼女たちはちゃんとエリザベートの歌を歌います。歌手としての歌ではなく、エリザベート役を演じているミュージカル俳優としての歌を――。彼女たちが役作りをして、その上で作り上げた自分だけのエリザベートの歌を。なので、歌だけで言えば、私はかなめ(涼風真世さん)シシィが一番好きなのですが、いっちゃんシシィや花ちゃんシシィも見ごたえがあるという意味で好きです。ちゃぴシシィはこの二人に近い印象でした。オーバーラップするところはまったくないのですが。いや、より説得力のあるシシィでした。若い時と若くない時では演技だけでなく声や歌い方も変えますが、それがより明確でしたし。それはフランツ役のみやるり(美弥るりかさん)にも言えることですが――。二人だけでなく、全体的に細かい芝居が至る所でされていて、まさに「芝居の月組」のエリザベートでした。変えたくても変えようがない鉄板の演目なのに今の月組らしさが随所に出ていて、このオリジナリティはすごいと思いました。
 
 ということで、ちゃぴは文句なしに素晴らしかったのですが、一番印象に残ったのは、なんといってもみやるりですね。私は男役ファンなので、シシィとフランツがいる場面では、どうしても娘役のちゃぴより美貌の男役であるみやるりを見てしまいましたので。今回も大いに魅せてくれました。いずれの場面でも隙がなく、繊細で行き届いた芝居に、内心唸っておりました。バート・イシュルでの見合いの前のマックス公爵との狩りでのやりとりとか、プロポーズ後のエリザベートとの銀橋でのやりとりとか、「扉を開けておくれ」と訴える場面とか、亡霊になったあと黄泉の帝王トートに抗いつつも引き寄せられてしまう動きとか、ルドルフの棺桶にすがっているときの慟哭していることがわかる身の震えとか、もう本当に驚くほど細かくて、一場面たりとも見逃すまいとガン見していました。
 
 皇太后ゾフィー役のすーちゃん(憧花ゆりのさん)も見事でした。女王気質が感じられる彼女特有の個性的な歌声もあの役には合っていたし、漂う貫禄はもちろん、人払いをするときの手の使い方一つとっても、これぞ陰の女帝という芝居でした。
 
 マックス公爵もよかったですね。なんか珍しく存在感のあるエリザ父だなと思ったら、まゆぽん(輝月ゆうまさん)でした。さすがです。
 
 ルキーニ役のレイコは言うことありません。問題ないだろうと思っていましたが、全然問題ありませんでした。しいて言えば、やたらきれいでカッコよすぎる暗殺者でした。チンピラ役をやっていてもプリンス的な上品さがにじみ出てしまうのが課題といえば課題でしょうか。
 
 ルドルフ役は風間柚乃さんだったのですが、改めて華があるジェンヌさんだと思いました。声もよく出ていましたし。芸大在学中に東宝版でいきなりこの役に抜擢され、今の活躍に繋がる好演を見せてくれた井上芳雄さんを思い出しました。
 
 ということで、今までにない斬新な感じではありましたが、これもアリだと思える出来栄えで、久しぶりに違った意味で楽しめたので満足はしているのですが、正直に言えば、気になるところも多々ありました。
 
 まず筆頭は、たまきち(珠城りょうさん)トート……まったく黄泉の帝王に見えませんでした。健康的でさわやかで、全然妖しくない。歌声も素直で伸びやかだし。あらかじめわかってはいましたが、フィナーレでみやるりが歌った「愛と死のロンド」のほうが、私のイメージにあるトートの歌でした。途中から、黄泉の帝王ではなく、黄泉の帝王の弟か息子――黄泉のプリンスだと思って観ていました。そう思えば、わりとすんなり受け入れられ、自分の欲望に忠実だから一途であり、人間と違って矛盾した感情がないからグチャグチャしたところがない――そんなストレートで素直な性格の黄泉のプリンスというのは、たまきちの持ち味に合っていて、ハマっているようにも思えました。私の友人は、トートが黄泉の帝王ではない時点で「エリザベート」としてはダメとか、トートが主役でなくなっている時点で宝塚としてはダメみたいなことを言っていましたが……まあ、そういう辛口意見もわからなくはないくらい微妙ではありました。
 
 そして、同じぐらい気になったのが、略された名曲の数々。私が一番好きな「私が踊る時」もその次に好きな「魂の自由」も「夜のボート」も短い! 気持ちよく一緒に歌っていたら(むろん声には出さずに)終わってしまったり、サビの部分がなかったりしたので、たびたび「えっ?」とか「は?」とかいう感じになりました。
 
 「エリザベート」は歌の難易度が高いので、歌を歌いこなすのに必死になってしまい、演技がおざなりになることがままあります。山祐さんなんて、歌っているときはほとんど棒立ちでしたから……(それでもこの歌ならいいと思えるのが山祐さんの凄さですが)。なので、歌の負担を軽くして、その分芝居に注力できるようにしたのは、宝塚としては悪くない判断だったと思います。苦しくなる前に歌が終わるので、最初から最後まで比較的問題なく歌えて、歌詞も聞き取りやすく、そのため内容も理解しやすく、作品全体がわかりやすくなっていましたから。「エリザベート」は、基本的にセリフが全部歌で、内容は政治や外交が絡む歴史物なので、歌詞が聞き取れないと時代背景やら何やらが解らず、理解できませんから。けれども、やはり全篇きっちりと歌った上で、芝居もしてほしかったのが本音です。完成度を求めるのならば、今回の選択になるのも仕方がないと頭では納得しているのですが……フィギュアや体操でも、あえて技の難易度を下げて完成度を高めることで出来栄え点を稼ぐ選択をするのは、よくあることですし。――とここまで書いて思ったのですが、もしかしたら宝塚版はずっと省略形だったのかもしれません。真面目に観ていなかった私が今まで気づかなかっただけで。
 
 それと、歌い手に合わせてキーが変わるのも、同じ歌の中で高音部のキーが下がるのも気になりました。下手な歌にならないようにする苦肉の策なのだろうとは思いますが……。そのせいもあるのか、ちゃぴシシィ&たまきちトートのデュエットはイマイチでした。それぞれはそれなりに歌えているのですが、何分相性が悪く、曲が美しいだけに残念さがハンパなかったです。ちゃぴシシィ&みやるりフランツはよかったのですが。
 
 しかしながら、上記の点を差し引いても、見甲斐のあるよい公演でした。今の月組は本当に組力が高いと思います。
 
 最後に――
 
 ちゃぴ、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう。まさお(龍真咲さん)のお披露目のロミジュリからはじまって、ずっと期待を裏切らない素晴らしいパフォーマンスを見せてくれ、娘役の地位を高めて、月組ができる――いや、宝塚でできる作品の幅を広げてくれ、そのために我々ファンはいい作品、質の高い作品を観ることができました。「1789」「All For One」「BADDY」etc……。退団後は間違いなく引っ張りだこになると思いますが、頑張ってほしいですね。ちゃぴシシィ&井上トート、観たいです! 東宝さん。チケット、凄まじい激戦になるとは思いますが。