羽生雅の雑多話

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田辺聖子氏の訃報に寄せて

 本日、田辺聖子さんの訃報がニュースで流れました。死去されたのは6日だったとのこと。享年91歳とのことなので、天寿を全うされたのだと思いますが、一時期読みまくり、一番好きな作家として挙げていたこともあったので、亡くなられたのかと感慨深いものがありました。


 私は学生の頃からとにかく平安貴族が好きだったので(今でも好きですが……)、平安時代――特に摂関期が舞台の作品は手当たり次第に読み漁っていましたが、中でも田辺聖子さんは特別な存在でした。彼女ほど柔らかい言い回しで、感情表現豊かに、かつ目に見えるような臨場感あふれた描写で、平安貴族たちを文字で書かれた物語の登場人物として生き生きと動かす作家は他にいなかったので。『舞え舞え蝸牛』『新源氏物語』『むかし・あけぼの』『不機嫌な恋人』……どれもこれも何度も読み返しました。もう十年以上開いていませんが、これらの本はすべて今でも手元に残っています。特に『不機嫌な恋人』は古典文学をベースにしたものではなく、平安貴族の恋人たちが主人公の完全オリジナルの作品なのですが、メチャクチャ好きでしたね。ヒロイン小侍従の涼やかな香が感じられるような、ロマンティックで、かつ奥深い物語でした。

 実は平安時代物しか読んでいないのですが、平安時代物に関するかぎり、登場する人物は平安貴族でありながら、彼らを通して現代人並みの人間性を表現できるストーリーテラーでした。人間がしっかり描かれているから感情移入や共感ができるし、けれども書かれているのは明らかに我々と同時代の人間ではなく、ちゃんと平安貴族らしい思考回路の持ち主だし――という書き分けができていて、それを平仮名を多用した、平易でわかりやすく読みやすい文章で書いてくれる人でした。以前の私は藤原時平の小説を手がけ、いずれ公任や行成についても書きたいと思っていたので、その頃は座右の書というかバイブルのようなものでした。彼女の本から入って、おもしろいことがわかったので、『落窪物語』も『枕草子』も原文で読んだりしましたし。

 ということで、物語を読む上でも書く上でも多大な影響を受けた作家でした。素敵な作品を数多く生み出して残していただき、ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

※6月11日追記
 本日の朝日新聞朝刊の1面に田辺さんの訃報記事が載っていました。その中で「人生の機微をすくい取った恋愛小説」「鋭い人間観察をユーモアでくるんだ多くの作品」と評されていましたが、本当にそのとおりだと思いました。また、天声人語でも取り上げられていて、そこには以下のように書かれていました。

「――古典を次々と現代によみがえらせた。焦点を当てたのはやはり恋や愛の悩みだ。この人の手にかかると、王朝文芸の高貴な男女が、まるで学校や職場の知り合いのように身近に感じられるから不思議である――」

 これも、まさにそのとおりだと思いました。読んだ人の多くがこういった印象を持つ稀有な作家だったのだと思います。