羽生雅の雑多話

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サモス島&クシャダス旅行記 その5~世界遺産 古代都市ピタゴリオ

 翌日は一人行動なので、わりとのんびり起きて朝食を食べたあと、9時半のバスでピタゴリオの町へと出かけました。

 

 ピタゴリオは古代都市国家サモスの都で、町自体が世界遺産に認定されています。海洋貿易の要所として栄え、ギリシャ最大級のヘラ神殿やエフパリノスのトンネルに見られるような高い文明を誇り、現在の町の名前となったピタゴラスの他、「古代のコペルニクス」と呼ばれるアリスタルコスを輩出した町でもあります。アリスタルコスは天文学者で、紀元前280年頃に彼が太陽中心説を唱えてから16世紀にコペルニクスが地動説を唱えるまでの1800年のあいだ、人類の知識はアリスタルコスの水準に達することができなかったという偉人。21世紀の現代においても学校で学ぶ三平方の定理を発見したピタゴラスもそうですが、普遍の真理というものは昔も今も、そして未来永劫不変であり、よってこれらの真理の存在を最初に明らかにした人たちは、いつの時代にあっても人類に影響を及ぼし、我々の生活に関わってくるので、知らずにいることはできないし(忘れることはあっても)、私自身は無視することができないと思っています。

 

 『ホツマツタヱ』や記紀などの日本神話やギリシャ神話など、創作物語だといわれているものを歴史として解き明かそうとしている私は、過去の遺物や遺物を大事にしているという事実、そして大事にしている人々を通して、歴史を勉強する中で知った人物たちが、単に紙に書かれているだけの存在ではなく、実際に生きていた人物として感じられることが楽しくて嬉しくて、いま残されている文字の、その裏に隠されている真実に辿り着こうとしている自分の研究の励みになります。だから遺跡巡りが好きなのでしょう。神社巡りと同じです。どちらも貴重な歴史の証人なので。

 ピタゴリオのタウンホールにある世界遺産のマーク

 

 バスを降りると、バス停から程近いピタゴリオ考古学博物館へと向かいました。サモス島に私より1日早く来て、1日半早く島を出たI氏には、行動を共にするあいだは、公共の交通機関ではアクセスが悪く行きにくいところを優先することにし、この博物館に行く余裕はないだろうということで、行きたければ合流前に行ってもらうように言っておいたので、サモス入りした16日に行ったとのことでした。古代遺跡の横に建てられた博物館で、ピタゴリオ周辺で発掘された出土品が展示され、隣の遺跡も博物館の一部として公開され、博物館の中から外に出て見学できるようになっています。

博物館の一部として公開されている古代遺跡

遺跡内の床にあるモザイク

エフェソスのアルテミス像を思い出させる胸像。こちらはアルテミスではなく、デメテルの像ということになっていたので、エフェソスのアルテミス像も元々はギリシャデメテルのような豊穣の女神の姿を表したものなのだと思います。ギリシャの神がイオニアに取り入れられたときに、豊穣の女神の名が何故デメテルではなくアルテミスにすり替わったのかはわかりませんが。すり替わったのではなく、意図的にすり替えられたのか……。

ピタゴリオ考古学博物館の展示品で一番インパクトの強かったトラヤヌス

トラヤヌス帝の顔のアップ。いわゆるドヤ顔だと思います。

 

 サモス島の各町への発着点となるバス停がアフロディーテ神殿の遺跡(廃墟)の前にあるように、ピタゴリオの市街地には歩いていると不意に現れるような放置された遺跡がいくつもあるのですが、街中の遺跡に関しては大きな町ではないので所要時間がある程度読めるので後に回し、まずはどれくらい時間がかかるかわからない郊外の遺跡から訪ねるにしました。

 

 バス通りをサモス空港方面に歩いていくと、左手に遺跡があり、地図には「ROMAN BATH」と書かれているので、ローマ時代の浴場跡と思われます。さらに歩くと、右側の山に古代都市ピタゴリオの町の境だった市壁が見えはじめて、麓にはアルテミスの聖域や原始キリスト教徒の墓場などが現れます。褪せた緑色が点在する茶色い山に濃い緑の糸杉が不自然に現れるため、よくわかります。

ローマ時代の浴場の遺跡

市壁の看板。まだ実物は遠いです。

ほぼ垂直の角度から見る市壁

もう少し先まで歩いたところから振り返る市壁

アルテミスの聖域の看板。糸杉で囲まれたところが聖域なのだと思います。

原始キリスト教徒の墓地の看板

墓地にはやはり糸杉――ということは、アルテミスの聖域も墓地なのだと思います。

看板がなくても、糸杉のあるところに行けば、たいてい墓があります。

 

 車道から右に入ったところに、山へ向かう人一人がなんとか通れるような獣道があったので、行けるところまで行ってみようと思い、道なりに歩いていると、だんだん山を登りはじめて、どうやら市壁まで行けるような感じだったので進んでみることにしました。人っ子一人通らない場所だったので、「ここで何かあっても誰も気づかず遭難だな」と思いつつ、キツくなったら無理せずいつでも引き返すことを意識して20分ぐらい歩くと、思ったとおり市壁の前に出ました。崩れて礎石ぐらいしか残っていないため簡単に超えられる石の壁を超えて古代都市ピタゴリオの市外に出ると、登りだった獣道が横に続いていて、歩いていけば来た道を戻らずとも街に出られそうだったので、前進することに。次第にオリーブ畑や人家が見えてきて、車も通れる私道に合流したので、左に曲がって道を下ると、バス通りに出て、サモス空港の滑走路の近くにある池の前でした。

市壁から外に出たあとに見た山の様子

 

 位置としては空港と町のあいだなので、イレオンや空港から来るピタゴリオ行きのバスが来たらバスに乗るつもりでしたが、来なかったので歩いて町まで戻ることに。公共駐車場まで戻ってきたときには、かなり疲れていて、すぐにでもカフェに入って休みたい気分でしたが、暑さもハンパなく、どうせ店に入って休むのなら、最初に食べたピスタチオジェラードが食べたかったので我慢し、アフロディーテの聖跡の前にあるバス停の、バス通りを挟んで向かい側の商店群の裏に古代アゴラの遺跡があるので、そちらに寄ってから、メイン通りを海に向かって下り、海辺に近いジェラード屋で休憩をしました。

商店街の裏にある古代アゴ

 

 その後、街中にある2か所の廃墟を見て、これでほぼほぼ遺跡関係は網羅したので、直角三角形のピタゴラス像の近くにある建物「アートスペースピタゴリオン」でやっている期間限定のエキシビションでも見てみようかと思い行ったのですが、1時からシェスタで閉館。だいたい2時から閉まるのですが、こちらは店ではないせいか閉まるのが早く、再開するのも遅くて、再オープンは7時とのことでした。

埠頭のようなところにあるピタゴリオ像の前から見るピタゴリオの町

 

 仕方がないので、まだ行っていないマリーナにでも行って食事をしようと歩きはじめたのですが、途中で挫折して引き返し、メイン通りからそう遠くない海辺のレストランに入りました。泊まっているナフティロスホテルはマリーナから上に登った高台にあるので、マリーナからならばバスの時間を気にせず歩いて帰ればいいと思ったのですが、ピタゴリオの町外れにあるパラダイスビーチを越えると店も何もなく、とてもマリーナまで徒歩15分の距離を歩けそうになかったので。

マリーナに行く途中、ピタゴリオの町外れにあるパラダイスビーチ

 

 サモスワインとシーフードパスタを頼み、一人なので全部食べ切れずに食事を終えると、少し消化したかったので、メタモルフォシ教会とロゴテティス要塞に寄ってからホテルに戻ることにしました。

メタモルフォシ教会の隣にある古代遺跡

 

 メイン通りに戻ってきて、I氏が残していったフレッシュオレンジジュースはすでに飲みきっていたので、新たに1リットル入りを買い、16時25分発のバスに乗車。ホテルに戻り、この日は終了です。

 

 明くる日は帰国日で、朝8時55分発のオリンピック航空便でアテネに向かうので、少々早いような気がしましたが、何があるかわからないので6時半にタクシーを頼み、サモス空港へ。レセプションが開くのが8時からだったので、前夜に宿泊税などを支払ってチェックアウトを済ませ、タクシーの手配もしてもらいました。ちなみに、ホテルから空港までは17€。サモスのタクシーはメーターがないのですが、I氏がサモス島に来たときに乗ったタクシードライバーから聞いた話によると、タクシーの元締めみたいなものがあって、タクシーパーキングは決められていて、好き勝手なところに停めて客待ちができない上に、配車なども厳重に管理されているので、ぼったくりのような悪いことはできないとのこと。流しなどもなく、客を乗せた帰りぐらいしか空車は走っていないため、道でタクシーを捕まえることは難しく、ギリシャ語ができない観光客にはハードルが高いと思われます。その話を聞いていたので、我々はあえてチャレンジはしませんでしたが。

 

 空港に着くと、まだチェックインカウンターは開いていませんでしたが、人はそれなりにいたので、カウンターの近くにいれば並びはじめてもすぐに対応できるだろうと思い、カウンターが見えるベンチに座って、無料Wi-Fiが繋がるので、スマホをいじりながら待っていました。多くの人はサモスから直行便が出ているプラハ行きの乗客で、30分ほどしてカウンターが開きましたが、アテネ行きはほとんどいなかったので、すぐにチェックイン終了。ただし、ゲートは四つだけで、国内線も国際線もなく、セキュリティチェックなどは一緒なので、プラハ行きの人たちがチェックインを終えて混んでくる前にと思い、さっさとセキュリティを通って、ゲート前へと向かいました。

 

 免税店で土産用のチョコレートを買ったあと、小腹が空いたので、チョコレートと一緒に買ったヌガーを食べていたら搭乗開始。今度は定刻通りに出発し、10時前にはアテネに到着しました。次のフライトは13時10分発のミュンヘン行きルフトハンザ航空便で、3時間20分のトランジットだったので、フードコートで遅い朝食を食べたあと、行きに目を付けていたギリシャ限定販売のスウォッチを買ったり、靴屋でいくつか試着させてもらっレザーサンダルを買ったりしました。時計はスイス製、靴はイタリア製でどちらもギリシャ製ではありませんが、4回も来ているとギリシャ製の欲しい物はたいてい買ってしまっているので。アテナ像とかオリーブの俎板とか毛皮のコートとか。

 

 そんなことをしていると、ぼちぼち搭乗開始時刻なのでゲートに向かったのですが、今度はこちらがディレイ。ミュンヘンでのトランジットが2時間しかなかったので、「おいおい」と思いましたが、ルフトハンザ便同士の乗り換えなのでなんとかなるだろうと思い直し、待合室でネットをしながら待つことに。結局30分遅れで搭乗が始まり、ミュンヘン空港は広いので移動が大変なのですが、1時間半あれば乗り換え自体は間に合うはずなので、ひと安心。とはいえ、食事や買い物などをする余裕はまったくないため、サンダルなどはなかば衝動買いでしたが、買っておいてよかったと思いました。

 

 ミュンヘン発の羽田行きは、準備が整ったからか、16時40分の定刻より何分か早く出発。野村萬斎主演の映画「七つの会議」を見てミールサービスが終わったら眠り、到着4時間ぐらい前に目が覚めたので、「スター誕生」を飛ばし飛ばし見て、バーブラが「Evergreen」を歌う場面を何度かリピート。私の一番好きなタカラジェンヌである、なーちゃんこと大浦みずきさんのサヨナラ公演のショー「ジャンクション24」で、当時宝塚随一の歌姫だったしいちゃんこと峰丘奈知さんが歌ったのを聴いて以来大好きな曲なので。そのあとハリー・ポッターシリーズのスピンオフ作品である「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」があったので見はじめたのですが、今回も最後まで見ることができず。クリーデンス少年が街で暴れているところでランディングとなり、11時過ぎに羽田空港に到着。これにて今夏の旅も終了です。