羽生雅の雑多話

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パリオリンピック柔道 テレビ観戦記~「疑惑の判定」も含めて審判に見られた法則=接戦における格上の優位性

 ただいま熱戦が繰り広げられているパリオリンピック。ヨーロッパ開催で時差がきついため夜中のライブ中継が多いのでテレビ観戦も寝不足でしんどいのですが、日本人選手が活躍してくれてメダル争いが連日見られるので楽しんでいます。リアルタイムで決勝をテレビ観戦したスケートボードのストリートでは、男女で日本人選手が金メダルを獲得。とりわけ、男子のディフェンディングチャンピオン、堀米雄斗選手の大逆転2連覇にはしびれました。

 

 柔道女子48㎏級で金メダルを獲った角田夏実選手も見事で、巴投げから腕ひしぎ十字固めの必殺技は、派手さはありませんが、もはや芸術の域、職人芸だと思います。今大会も含めて昨今判定勝負が多くモヤモヤする「JUDO」の試合ですが、ひたすら得意技で勝負し勝利をもぎ取る角田選手の戦いぶりは実にスカッとするものでした。

 

 JUDOは今や国際的な競技であり、開催国フランスでも大人気ですが、豪快な背負い投げなどがめっきり減って、見ていてすっきりしない競技になってしまいました。身一つで極められるので世界中の選手が力を付けてきて、実力が拮抗しているせいもあると思いますが。パリオリンピックでも技ありの認定や指導の累積による反則負けなど審判の判定で決まる勝負が多く、疑惑の判定とされる微妙な判定も多数生じています。

 

 判定で勝敗が決まる試合をいくつか見ていて思ったのですが、両者が決定力に欠け審判の判断が勝負の行方を左右する展開になると、より高い実績を持つ選手のほうが有利な判定をされることが圧倒的に多いような気がしました。おそらく、どちらが勝っても負けてもおかしくない紙一重の場合、半分意図的に実績がある選手を勝たせる判断をしているのではないでしょうか。

 

 基本的に、選手と個人的に関係のない観衆は王者びいき、強者びいきなのだと思います。どこまで勝ちつづけるのか見てみたい、前人未到の記録を見せてほしい、つまり強い人に勝ってほしい、そもそも知らない選手より知っている選手を応援したくなるのは人間の自然な心理だと思います。よって王者が苦戦して格下と拮抗し審判の判断が必要な試合展開になると、観衆を敵に回したくない審判は王者に有利な判定をしてしまうのだと思います、たぶん無意識のうちに。無意識だと思いますが、中には意識的にそうしている審判もいるかもしれません。何故なら、微妙な判定の場合、負けるのが王者よりもチャレンジャーのほうが、クレームになっても傷が浅くて済むからです。連覇や二冠がかかっているような試合で「疑惑の判定」をすれば何を言われてどうなるのかわかりません。身の危険につながることもありえます。無法地帯である現代のSNSのありようを思えば、審判も人間なのでビビって当然ですし、そんな緊張感のある精神状態で立ち合う上に、一流選手としての経験も浅ければ、おのずと判断の精度は落ちるので、必然的に誤審みたいな判定が多くなるわけで……でも今の世の中ではそれも仕方がないような気もします。だから格下のチャレンジャーが王者や世界ランクトップと戦う時は、誰が見ても文句のつけようがない完璧な勝利を収める必要があります。審判に指導をもらった時点で、判定勝負にもつれこんだ時点で、勝機はないのだと思います。以下、そう思うに至ったパリ五輪での試合です。

 

女子48㎏級決勝

角田夏実(初出場、世界ランク4位、2021-23世界選手権3連覇)

   優勢勝ち 

バブドルジ(モンゴル、世界ランク2位、2024世界選手権王者)

 角田選手の決勝の相手は自分より上位の世界ランク2位で今年の世界選手権王者のバブードルジ選手でしたが、代名詞である巴投げの技ありで優勝。ほぼ同格なので、技によるポイントがなく、判定勝負となっていたら負けていたかもしれません。

 

★女子48㎏級準決勝

角田夏実(初出場、世界ランク4位、2021-23世界選手権3連覇)

   反則勝ち 

バブルファト(スウェーデン、2024世界選手権3位)

 角田選手の準決勝は反則勝ちでしたが、相手に与えられた三つ目の指導は対戦相手のバブルファト選手が激しく抗議するほど微妙な判定。バブルファト選手は今年の世界選手権銅メダリストですが世界ランクは29位。一方の角田選手は世界ランク4位で2021-23世界選手権3連覇なので、バブルファト選手より格上。王者びいきが働いた試合だったような気がします。

 

★男子60㎏級準々決勝

永山竜樹(初出場、世界ランク6位)

   一本負け 

ガルリゴス(スペイン、世界ランク5位、2023世界選手権王者)

 今大会の柔道競技において最大の「疑惑の判定」である永山選手が敗れた試合ですが、永山選手は世界ランク6位で世界選手権は2019年の銅メダルが最高、かたや相手のガルリゴス選手は世界ランク5位で2023世界選手権王者という格上なので、王者びいきが働いたかと思います。

 

★女子52㎏級2回戦

阿部詩(世界ランク9位、前五輪王者、2023世界選手権王者)

   一本負け 

ケルディヨロワ(ウズベキスタン、世界ランク1位、2023世界選手権2位)

 阿部選手は前五輪王者であり昨年の世界選手権王者、敗戦時に「うたコール」が響いたぐらい人気が高かったので、判定で勝敗が決する拮抗した試合なら王者びいきが働いて勝てたと思いますが、谷落としによる一本負けなので、疑惑が生じる余地もない完敗。

 

★男子81㎏級決勝

永瀬貴規(世界ランク8位、前五輪王者)

   一本勝ち

グリガラシビリ(ジョージア、世界ランク2位、2022-24世界選手権3連覇)

 永瀬選手は前五輪王者ですが世界ランクは8位、一方相手のグリガラシビリ選手は2022-24世界選手権3連覇で世界ランク2位、ほぼ同格なので判定で勝敗が決する拮抗した試合ならわかりませんでしたが、谷落としによる一本勝ちを決めて文句なしの勝利。

 

★女子63㎏級決勝

出口クリスタ(カナダ、世界ランク1位、2023世界選手権王者)

   反則勝ち

許美美(韓国、世界ランク3位、2024世界選手権王者)

 許選手は今年の世界選手権王者で世界ランク3位でしたが、相手の出口選手は昨年の世界選手権王者で世界ランク1位。王者びいきが働いてもおかしくない条件が揃っているので、勝つためには一本勝ちか一本に匹敵する誰もが認める技ありを取る必要がありました。

 

★男子90㎏級決勝

尾三四郎(初出場、世界ランク3位、2023世界選手権3位)

   合わせ技一本負け

べカウリ(ジョージア、世界ランク1位、前五輪王者、2023世界選手権2位)

 村尾選手は世界ランク3位でオリンピック初出場、一方相手のベカウリ選手は世界ランク1位で前五輪王者、つまり格上で、ということは、王者びいきが発生する条件が揃っているので、判定で勝敗が決する拮抗した試合では勝てません。事実、試合を決める技ありと思われた内股がありましたが、認められず敗れました。

 

 以上改めて振り返ってみると、審判の判定は実績がある選手のほうが有利であることがかなり顕著なので、誤審ではなく、こういうルールの競技のような気もしました。自分の判断で番狂わせを引き起こして非難されたくないという思いが働くからかもしれません。でもそれは仕方がありません。審判も人間なので。SNSのせいで現代の誹謗中傷は凄まじいですし

 

 であるならば、これからJUDOでオリンピックのメダルを獲りたければ、オリンピックの実戦の前までに接戦の際に王者びいきをしてもらえる実績を作ることが大事になってくるかもしれません。実力が抜きん出ていて一本勝ちによる圧勝が見込めるのならそんな必要はありませんが、判定で決まるような接戦を制して勝ち上がっていかなければならないのなら、オリンピックが始まる前から試合は始まっていて、実績というポイントを積み上げていかなければなりません。実績がなかったり相手より低いと、本番の畳に上がるときにはすでにハンデを背負っていることになります。過去数年の実績がこれほど重要になってくるのは、毎年開催されない4年に1度のオリンピックだからこそかもしれません。

 

 判定で勝負が決まる競技と同様に、採点競技も審判に左右されます。スケボーの堀米選手の最終トリックは圧巻でしたが、ディフェンディングチャンピオンだから出た点数のようにも思えました。その時点で1位と2位の選手はまだ最終トリックを残していたので、ラスト1本でトップに躍り出た堀米選手がそのまま勝っても、暫定1位2位の選手がラスト1本で堀米選手を逆転しても、いわゆる「メークドラマ(by長嶋茂雄)」。選手と無関係な観衆はどちらの結果でも満足したと思うので、堀米選手の最高得点は、審判が批判されることなく、かつ盛り上がりが求められるXゲームの競技らしい劇的な名勝負として試合を終えることができる最上の選択だったと思います。審判の思惑がどうであれ、メダルに届かず終わるかもしれないあの追い込まれた状況下でも最後まであきらめず、最高の結果を出した堀米選手の戦いぶりは誠に天晴れで胸アツ、広く讃えられてしかるべきものでしたが。

 

 余談ですが、先月新たなクワッチがうちにやって来ました。2010バンクーバーオリンピックのマスコットです。大ちゃんこと髙橋大輔さんが、フィギュアスケート日本男子史上初の五輪メダルが決まるかというときに抱きしめていて、その姿をテレビで見て「なんじゃ、あの茶色い可愛いモフモフは!」と一目惚れ。今もいくつか家にいますが、パリオリンピックのマスコットを調べたついでにオリンピックグッズを検索していたら、今まで見たことがないクワッチを発見したので、即購入しました。

バンクーバーがあるカナダではなくイギリスから送られてきたクワッチ

 

 公式オリンピックショップのヘリテージコレクションのアイテムで、「ヘリテージ」、つまりオリンピックの遺産として新たに作られたグッズです。なので、うちにいるバンクーバー五輪当時のクワッチとはかなり違うデザインですが、これはこれで可愛いです。キャラクターとしての完成度が高いからでしょう。すべてのオリンピックマスコットのヘリテージコレクションが販売されているわけではないので、クワッチとその相棒であるミーガは格別に人気が高かったのだと思います。他には1988ソウル五輪のホドリ、1992バルセロナ五輪のコビーのぬいぐるみがありました。

もはやアートの領域~一夜限りの来日公演 ビリー・ジョエルin東京ドーム感想

 2024年初めての記事になります。相変わらず寺社巡りや美術・芸術・舞台鑑賞にいそしみ、昨年末には久しぶりに海外旅行にも行き、それらについて書きたいのは山々なのですが、なにしろ余裕がなく、近況報告はもっぱらインスタグラムで行っております。フォローしてくれている友人知人からは、文がキャプションにあるまじき長さと言われておりますが、本人としては「これ以上削ったら投稿する意味がない」というくらい極力短くしているつもりなので、ご容赦を。

 

 さて、本日のBGMはビリー・ジョエルの「ビリー・ザ・ベスト」です。行ってきました、24日に東京ドームで行われた「ONE NIGHT ONLY IN JAPAN BILLY JOEL IN CONCERT」、訳して「一夜限りの来日公演、ビリージョエル コンサート」。いやぁ~、最高でした。私にとって別格であるデヴィッド・ボウイを比較対象から外すと、過去最高に満足したライブでした。

東京ドーム22番ゲート上の電光掲示

 

 前回の来日は2008年。この時も東京ドームで一夜限りのライブでしたが、それが素晴らしくよかったので、今回も行くしかないと思い、高額チケットにも臆さず前売り抽選に申し込みましたが、あえなく玉砕。追加で見切れ条件付きのS席が発売されましたが、その先着順争いにも敗れたので、毎日公式公演ホームページに通い、リセール情報をチェックしていたら、公演日の16時30分から22番ゲート前で当日券を販売するという情報をゲット。とはいえ、これは朝から並ばないと買えないだろうと思ったので、あきらめの境地で仕事に行きましたが、昼過ぎぐらいから気になって気になって、まったく集中できず。結局あきらめきれず、3時半過ぎに仕事をスパッと切り上げて、水道橋駅へと向かいました。16年ぶりで一夜限り、しかも会場は一番近いアリーナである東京ドーム、そして、ビリーは現在74歳なので、おそらく今回が最後だろうとも言われている特別な日本公演……当日券が買えるチャンスがあるのなら、やるだけのことはやろうと決意しました。

 

 16時10分過ぎに東京ドームシティに到着し、22番ゲートに向かって歩いていると、クリスタルアベニュー沿いにあるタリーズコーヒーの前あたりで最後尾の立札を持ったスタッフを発見。ゲートからはかなり離れた場所でしたが、確認すると当日券の列とのこと。後ろからは続々と人がやってくるので、迷わずすぐに並んだものの、22番ゲートはそこからあまりに遠く、影も形も見えないため、いったい何人ぐらい並んでいるのかさっぱりわかりませんでした。券が何枚あるのかも不明でしたが、4時半を過ぎると、遅々としてですが前に進みはじめたので、買えると信じて並びつづけました。階段を上ってゲートと同じ高さに到達すると、長蛇の列は腸のように何度も折り返した数珠つなぎであることが判明。それを見た瞬間、心にも寒風が吹きつけ、一瞬気が萎えましたが、缶ビール片手に並んで談笑している外国人を見つけて気を取り直しました。最初のうちはアルコールを飲みながらというのはいい時間のつぶし方だと羨ましく思って見ていましたが、この日は寒波襲来で素手ではスマホなど操作できないほどの寒さだったので、この外気温ではとても真似できないと思い直し、それどころか、冷えてトイレに行きたくなったら困るので、手持ちのドリンクを飲むのも控えました。前に並んでいる人のもとに後から連れの人がやってくると咎めるぐらいピリピリとしている人もいて、一度列を抜けたら元に戻るのが難しそうだったので。

並んだときの当日券の列

 

 外国人の他にけっこう多くて驚いたのが年配の方々で、ビリーと同年代なのだからライブに来ること自体に驚きはないのですが、御年70以上と思われる人がこんな極寒の中で買えるかわからない券の列に並んでいることに驚きました。一人で並んでいる車椅子の方も何人か見受けられましたし。前売りのA席、B席は1万円代でしたが、当日券で販売されるのは24,000円のS席のみ。しかも必ず買える保証はなく、それにもかかわらず私が確認できた範囲内で列を抜けたのは、わずかに二人だけ。四方八方から、なんとしてもビリー・ジョエルが見たいという思いがひしひしと伝わってきました。みな、ここまで並んで観ずには帰れないという気持ちもあったとは思いますが。長い時間並んでいると、近くの人たちが暇つぶしに見知らぬ人同士で話をしはじめ、朝一番の新幹線に乗ってきたなどという会話も漏れ聞こえてきたので、自分なんかまだ恵まれているほうだと思え、がんばれました。並んでいるあいだにグッズの販売状況についてのアナウンスが何回かあり、最後までスノードームだけが残っていたようですが、それもめでたく売り切れ、開演は19時でしたが、たしか1時間前にはパンフレット以外完売していたと思います。時間があったらグッズ売り場も覗きたかったのですが、残念ながらそんな余裕はまったくありませんでした。それでも、なんとか7時20分前に22番ゲート近くの券売所に到達し、ようやくチケットを入手。体感温度0℃の中、2時間25分もよく耐えました。ネット情報によると、当日券の列は1000人ぐらい並んでいたらしく、私の後ろにもまだ200~300人はいたような気がします。

 

 ここまで苦労してライブのチケットを手に入れたのは初めてでしたが、それだけの甲斐はありました。席は1階3塁側スタンド30列のステージ正面という良席で、ライブは2時間半、アンコール前以外休みなしのフルスロットル。曲紹介やメンバー紹介以外ほとんどMCがなく、衣装替えもないため、歌いっぱなし、演奏しっぱなしで、カバー曲を含めて27曲も披露してくれました。年齢が年齢なので、いつぞや東京フォーラムで見たダリル・ホールのように声が衰えていないか心配だったのですが、杞憂でした。バンドメンバーのサポートヴォーカルが入る部分もありましたが、それはそれで、そういうライブヴァージョンのアレンジに聞こえ、高音を駆使する「イノセント・マン」もまったく問題なし。ビリー自身が「ハイトーンにさよならした」なんて言っていましたが、そう言いながらも、私の大好きなオペラの名曲、『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」を高らかに、かつド迫力で歌い上げてくれ、こちらも実にお見事でした。「16年前より声の調子はよいのでは?」と思ったぐらい。「これはとても連夜はできないな」と心から納得する全力疾走ぶりで、密度の濃さとクオリティの高さに驚きました。体力や喉の状態など、相当入念に準備してきたのだと思います。ステージ上のモニターにピアノを弾くビリーの手が何度か映し出されましたが、衰えを感じさせない動きで、見かけは確かに年を取りましたが、変わらずに正真正銘のピアノマンでした。70代といえば、教授(坂本龍一氏)のように、どれほど精力的に活動してきた人でも力尽きてしまう、走りつづけてきたからこそ無理がたたってガタが来て燃え尽きてしまう年代だと思っていたのですが、ひっくり返してくれましたね。「ふざけるな! この年でもまだまだこれだけやれる。年は関係ない、年齢なんか理由にならない」と言われているような、近頃いろいろ年齢のせいにしている自分に喝を入れられた気分でした。

 

 私がビリーを聴きはじめたのは洋楽にハマった1980年代前半で、よく聴くようになったのは「プレッシャー」からでした。それまでは「オネスティ」や「ストレンジャー」など、70年代に発表されたシングル曲でいくつか好きな曲があるという位置付けのミュージシャンでしたが、「プレッシャー」のあと立て続けに「アレンタウン」「グッドナイト・サイゴン」がシングルで発売され、ノックアウトされました。それらを収録するアルバム「ナイロン・カーテン」から始まって、それまでに発売されたアルバムをすべてレンタルし、「ナイロン・カーテン」「ニューヨーク52番街」「ストレンジャー」、そして「ナイロン・カーテン」の次に発売された「イノセント・マン」の4枚はカセットテープにダビングし、擦り切れはしませんでしたが、劣化するまで聴きまくりました。「ナイロン・カーテン」はシングルカットされた上記三曲の他に「スカンジナヴィアン・スカイ」、「ニューヨーク52番街」は「ビッグ・ショット」「オネスティ」「マイ・ライフ」「ザンジバル」と続く完璧なA面と「アンティル・ザ・ナイト」、「ストレンジャー」は「ムーヴィン・アウト」「ストレンジャー」「素顔のままで」「ウィーン」「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」、「イノセント・マン」は「今宵はフォーエバー」と「夜空のモーメント」が大好きです。「アップタウン・ガール」「ロンゲスト・タイム」「あの娘にアタック」も好きですが、根がバラード好きなので。

 

 「イノセント・マン」の次のアルバム「ザ・ブリッジ」は個人的には微妙な出来でしたが、このアルバムのワールドツアーで来日公演があったので、「オネスティ」聞きたさに、代々木体育館で行われた日本公演を観に行きました。これが初めて参戦したビリー・ジョエルのライブです。しかし当時のビリーは「自分はバラード奏者ではない、ロックンローラーだ」みたいな宣言をしていて、「オネスティ」をライブで封印していたらしく、聴くことはできませんでした。それがあまりにショックで、少ない小遣いをためてどうにかチケットを買い、東京まで出向いた埼玉の高校生ファンとしては裏切られたような、もう自分が好きな音楽を届けてくれるビリー・ジョエルではないのだと失望して、以後は新譜を聴くこともなく、ライブにも足を運びませんでした。ところが16年前、初来日30周年を記念した一夜限りの東京ドームライブ開催が決まり、初来日記念ライブなら日本で人気の「オネスティ」をやるだろうと思い、約20年ぶりに参戦。すっかり髪の毛がなくなった変わりようには驚きましたが、ミュージシャンとしてはイイ感じに年を重ねて、もはやロックもバラードもこだわりなく昔のヒット曲を楽しげに歌いこなすビリーに感激し、涙が止まりませんでした。次があったら絶対に行くと決めていましたが、その後長らく来日せず、高齢なので、もう日本でのライブはないだろうと思っていました。それが実現したのだから、本当に観られてよかったです。今回も「オネスティ」「ニューヨークの想い」「ピアノ・マン」で3回ほど感極まり、涙があふれました。

 

 ビリーの音楽は、まず曲がメロディアスであることが大きな特徴ですが、その作風は時に都会的な洒脱さがあり、時にノリのよい軽妙さがあり、時にパワフルな重厚さがあり――と多岐にわたり、魅力は一つにとどまりません。またサウンドも多彩で、「ピアノ・マン」のハーモニカ、「ストレンジャー」の口笛、「アレンタウン」の汽笛音などは、今聴いても新鮮でカッコいいと思います。歌い方も幅広く、野太い声からウィスパーボイスまでこなし、また声を一つの楽器のように使うことも多々あります。ただ、どのように歌っても滑舌がはっきりとしているので、歌詞が聞き取りやすく耳に馴染み、学生時代は半分英語の勉強のつもりで聴いていました。おぼえやすいので歌いやすいような気がしますが、音域は広いため、いざ歌うとなるとハイトーンが意外やキツい。とてもビリーのようには歌えないのですが、一番好きな「オネスティ」だけはカラオケ創世期から自分の持ち歌にしたく、ひたすら歌い込んで習得し、今でもたびたび歌っています。

 

 今回のライブでは「プレッシャー」や「素顔のままで」はやらなかったし、どちらかをやってくれればと思っていた「アンティル・ザ・ナイト」と「今夜はフォーエバー」もありませんでしたが、前回は聴けなかった「ビッグ・ショット」や「ウィーン」などが聴けました。私のように聴きたかった曲は観客それぞれにあったと思いますが、誰もが知るヒット曲だけでなく、前回やらなかったので今回も期待していなかった、人によって好みが分かれる隠れた名曲も取り上げてくれたので、総じて満足だったのではないでしょうか。少なくとも私の周囲にいた当日券組はほとんど一人客でしたが、ものすごい盛り上がり方でした。年齢層が高かったせいか、着席ではありましたが。まさしく音楽ライブのお手本のような完成度の高いパフォーマンスでした。世に稀なる天才が、長く豊かな経験を重ねたからこそ表現できた、立派なアートだと思います。

 

 スペシャルな時間をありがとう、ビリー。最後なんて言わず、是非また日本に来てください。

 

 
2024.1.24 セットリスト
 

1. MY LIFE(マイ・ライフ)/2. MOVIN'OUT(ANTHONY'S SONG)(ムーヴィン・アウト)/3. THE ENTERTAINER(エンターテーナー)/4. HONESTY(オネスティ)/5. ZANZIBAR(ザンジバル)/6. START ME UP(スタート・ミー・アップ/7. AN INNOCENT MAN(イノセント・マン)/8. THE LONGEST TIME(ロンゲスト・タイム)/9. DON'T ASK ME WHY(ドント・アスク・ミー・ホワイ)/10. VIENNA(ウィーン)/11. KEEPING THE FAITH(キーピン・ザ・フェイス)/12. ALLENTOWN(アレンタウン)/13. NEW YORK STATE OF MIND(ニューヨークの想い)/14. THE STRANGER(ストレンジャー)/15. SAY GOODBYE TO HOLLYWOOD(さよならハリウッド)/16. SOMETIMES A FANTASY(真夜中のラブ・コール)/17. ONLY THE GOOD DIE YOUNG(若死にするのは善人だけ)/18. THE RIVER OF DREAMS(リバー・オブ・ドリームス)/19. NESSUN DORMA(誰も寝てはならぬ)/20. SCENES FROM AN ITALIAN RESTAURANT(イタリアン・レストランで)/21. PIANO MAN(ピアノ・マン )

アンコール

1. WE DIDN'T START THE FIRE(ハートにファイア)/2. UPTOWN GIRL(アップタウン・ガール)/3. IT'S STILL ROCK AND ROLL TO ME(ロックンロールが最高さ)/4. BIG SHOT(ビッグ・ショット)/5. YOU MAY BE RIGHT(ガラスのニューヨーク)

 
2008.11.18 セットリスト
 

1. THE STRANGER(ストレンジャー)/2. ANGRY YOUNG MAN(怒れる若者)/3. MY LIFE(マイ・ライフ)4. THE ENTERTAINER(エンターテーナー)/5. JUST THE WAY YOU ARE(素顔のままで)/6. ZANZIBAR(ザンジバル)/7. NEW YORK STATE OF MIND(ニューヨークの想い)/8. ALLENTOWN(アレンタウン)/9. HONESTY(オネスティ)/10. MOVIN'OUT(ANTHONY'S SONG)(ムーヴィン・アウト)/11. PRESSURE(プレッシャー)/12. DON'T ASK ME WHY(ドント・アスク・ミー・ホワイ)/13. KEEPING THE FAITH(キーピン・ザ・フェイス)/14. SHE'S ALWAYS A WOMAN(シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン)/15. THE RIVER OF DREAMS(リバー・オブ・ドリームス)/16. HIGHWAY TO HELL(地獄のハイウェイ)/17. WE DIDN'T START THE FIRE(ハートにファイア)/18. IT'S STILL ROCK AND ROLL TO ME(ロックンロールが最高さ)/19. YOU MAY BE RIGHT(ガラスのニューヨーク)

アンコール

1. ONLY THE GOOD DIE YOUNG(若死にするのは善人だけ)/2. PIANO MAN(ピアノ・マン)

「行くとこまで行こうと思う」~坂本龍一と小室哲哉(付・NHK大河ドラマ展「どうする家康」)

 昨日は仕事で日本橋に行ったので、ついでに三井記念美術館で開催中のNHK大河ドラマ展「どうする家康」を見てきました。ドラマでもおなじみの金陀美具足(重要文化財)や、スペイン国王フェリペ三世から贈られた洋時計など久能山東照宮博物館所蔵の遺品がけっこう展示されていて、さらに屏風も小牧・長久手の戦い豊田市郷土資料館蔵の「長篠・長久手合戦図」、関ケ原の戦い大阪歴史博物館蔵の「関ケ原合戦図(津軽屏風)」、大坂の陣東京国立博物館蔵の「大坂冬の陣図」と、全国から有名どころが集められて、主な合戦図が勢ぞろいしていたので見ごたえがあり、なかなかおもしろかったです。久しぶりにみっちゃんにも会えましたし。徳川家康織田信長豊臣秀吉の三英傑とともに明智光秀の肖像もあり、三英傑像は大徳寺蔵とか高台寺蔵とか久能山名古屋東照宮蔵の実物が見られたのですが、光秀像はいつもの本徳寺の所蔵品で、残念ながら実物の展示は先月末で終わっていて複製でした。でもまあ、仕方がありません、明智光秀の肖像は現状これしかないので……過去の光秀関連展で何回か実物を見ているので(実物と複製の同時展示も含めて)、もはや複製で十分ですが。5時閉館で入場受付が4時半までなので4時過ぎに入館したのですが、じっくり見るには1時間弱では足りませんでした。この展覧会は、東京のあとは岡崎、静岡と巡回し、徳川家康の一生を辿る展示の組み立て方は同じですが、それぞれの地域に合わせて展示内容を変えるみたいなので、岡崎か静岡でまた見てみたいと思いました。美術館を出たあとは、少々夕食には早かったのですが、ディナータイムが始まった直後なら金曜の夜でも予約なしで入れるだろうと思い、近江牛を食べて帰ることにし、滋賀県のアンテナショップ「ここ滋賀」へと向かいました。

 

近江牛ステーキ重。「ここ滋賀」の2階は、以前は近江料理全般の店でしたが、3月に店が変わったそうで、「近江牛もりしま寛閑観ここ滋賀」という店になっていました。最初から近江牛を食べるつもりで行ったので、問題はありませんでしたが。

 

アラカルトで頼んだ牛寿し焼霜仕立て。近江八幡市近江牛・和牛専門精肉店がプロデュースしているとのことで、前より近江牛のメニューが増えていました。

 

 さて、本日のBGMは、坂本龍一の「セルフ・ポートレート」――途中で放置していた記事の続きを書くにあたって、レクイエムとしてリピートで流しています。

 

 ほぼ毎年のことですが、3~4月は多忙を極めていました。特に週末は何かしらイベントが入っていて、仕事で京都のついでに長谷寺、翌週は岐阜遠征、翌週はさいたまスーパーアリーナ世界フィギュア、翌週は新宿で送別会のオールナイトカラオケ、翌週は花見で長野遠征、翌週は赤坂で送別会、翌週は仕事関係の懇親会、翌週は歓迎会で、その翌日からゴールデンウィークに突入し、ようやくひと段落つきました。そんなこんなでブログの記事を書く余裕は時間的にも体力的にもなく、インスタにやや長めのキャプションを付けて写真を何枚かアップするのが精一杯(昨年10月からインスタグラムを始めています)。途中、疲労明智研究ができないストレスで体調を崩し、仕事を二日ほど休む羽目になったため、GWはまったく外出の予定はなし。カレンダーどおりに働いて溜まった仕事をこなし、休みの日は家に籠って明智研究に没頭。遠征以外のイベントも、5連休の前日に仕事を昼で切り上げて六本木で昼間からシャンパーニュのボトルを開けながらトリュフ料理を食べたぐらい。とはいえ、調子に乗って2軒目でもシャンパーニュのボトルを開けたので、気が付けば関西旅行に匹敵する散財になっていましたが。

 

「アルティザン ドゥ ラ トリュフ」のホワイトアスパラガスとトリュフのプレート。注文したコースメニューには入っていませんでしたが、すすめられたのでアラカルトで追加。この季節のホワイトアスパラガスはスルーできません。しかも大好物のトリュフ乗せですし。

 

スタッフがテーブルに持ってきたトリュフ。日本でトリュフを使った料理といってもグラインダーで挽かれた粉状のものが散らされて香り付けに使われている程度のものが多く物足りないのですが、この店は思っていた以上に厚めにスライスしてくれました。

 

 ということで、はや1か月以上前のことになりますが、教授こと坂本龍一氏が3月28日に亡くなりました。享年71歳。闘病中であることは知っていたので、年末の配信コンサートが「コンサートとしては最後かも」と友人と話したりしていましたが、まさかそれからこんなに早く訃報を聞くことになるとは思いませんでした。1月に幸宏さんが逝ったばかりでしたし。もしかしたら仲間の死の報せが、懸命に病と闘っていた龍一氏の気力の糸を断ち切ってしまったのかもしれません。

 

 小学生の頃から好きだった最愛のミュージシャンであるデヴィッド・ボウイの喪失を経験しているのでその時ほどの衝撃はありませんでしたが、坂本龍一というミュージシャンは私にとって特別な存在だったので、やはり数日腑抜けた状態になり(一年で一、二を争う多忙な日々の真っ最中に……)、しばらく「音楽図鑑」や「未来派野郎」など、彼のアルバムばかり聴いていました。何しろデヴィッドに会わせてくれた人ですから……。デヴィッド・ボウイのことも、デヴィッド・シルヴィアンのことも龍一氏に存在を教えてもらい、彼らの音楽を聴くようになりました。

 

 そればかりではありません。NHK-FMの「サウンドストリート」というラジオ番組の火曜のパーソナリティを務めていたことから、同番組の他の曜日のパーソナリティだった佐野元春を知り、山下達郎を知り、彼らの音楽を知りました。龍一氏がアレンジャーだったから大貫妙子の音楽を知りました。そして佐野元春から大瀧詠一山下達郎から竹内まりや、またそこからその先へと、私の音楽世界は瞬く間に広がりました。つまり、私にとって坂本龍一は国内外の音楽への窓口であり、まさしく“教授”だったのです。ダンスミュージックとデヴィッド・ボウイを中心とした洋楽及びその延長線上にあるYMOぐらいしか聴いていなかった私に日本のミュージシャンのよさを知るきっかけを与えてくれたのは坂本龍一だったといっても過言ではないかもしれません。デモテープ作成なんかしたのも龍一氏の影響でしたし。

 

 音楽的には、ラルクSMAPほど好きな曲が多くあるわけではないけど、ラルクSMAPより好きな曲があるという位置付けのミュージシャンでした。その筆頭が「セルフ・ポートレート」で、前にも書きましたが、おそらく10年以上、12月31日から1月1日にかけて聴いていました。好きすぎて、この曲で一年を終わりたい、新年の一番最初に聴くのはこの曲がいいと思っていたからです。この曲が収録されている「音楽図鑑」、そして「未来派野郎」は龍一氏のソロアルバムの中でも傑作だと思っています。

 

 しかし、それ以上の名盤が、やはり映画「戦場のメリークリスマス」のサウンドトラックと「コーダ」でしょう。サウンドトラックは最初から最後まで曲だけでなく並びも含めて非の打ちどころがなく、私はこのアルバムだけは曲を飛ばしたり途中から聴くことができません、「音楽図鑑」や「未来派野郎」は好きな曲しか聴かなかったりするのですが。この曲から聴かないとこの曲の盛り上がりが味わえないというような構成になっていて、良さが半減します。有名な「戦メリ」のメインテーマはシルヴィアンのボーカルが入った「禁じられた色彩」も含めて大好きなのですが、サントラの中で聴くと、それすら物語を彩る多くの曲の中の一曲にすぎないと思えるほど、全編の流れが見事で素晴らしいです。そのサントラ曲をピアノで演奏したのが「コーダ」。最後の配信コンサートで龍一氏が戦メリをピアノで弾いていましたが、「コーダ」はあの演奏が聴ける名盤です。

 

 ……という感じで、“さて”から上記のあたりまでは一気に書いたのですが、途中で終わっていて、あまりに時間が経ってしまったので、もうアップしなくてもいいかと思っていました。ところが、本日例によって1週間ほど溜まりまくった新聞を読んでいたら、5月7日の朝日新聞の文化面に、てっちゃんこと小室哲哉氏が教授について語ったインタビュー記事が載っていて、それがとても共感できるもので、自分の思いも書かずにいられなくなったため、遅きに失した感はありますが、この記事を完成させることにしました。

 

 その新聞記事の中で、てっちゃんは自分にとっての教授は「憧れて、ひたすら劣等感を感じ続ける存在」であり、「これほど意識させられ、感情を揺さぶられた人はいない。ただ一人、飛び抜けた存在」であると明かしています。そして、以下のようなことを語っていました。

 

「教授はプログラミングのように曲全体を構想し、コントロールできる範疇に置いて、暴走はしない。それぞれの楽器でどういう音を鳴らすのが一番生きるかを複合的に考えて、一瞬で構築できる。僕は直感的」

「ピアノやシンセサイザーをツールとしてどう使うかを考えていた。そしてシンセサイザーで人の心を動かすことができた。音色は元々決まっていて出せる音の幅が少ない。この楽器を使って人の心を揺さぶるのは奇跡に近い。教授はその奇跡を何度も起こしていた」

「あとはやっぱり、たたずまいの格好良さは抜群でしたね。ファッションにヘアスタイル、立ち方と弾き方。知性をパフォーマンスとしてみせるうまさもあった」

 

 ……もう本当におっしゃるとおりで、自分の思っていることを的確に表現してくれていたので、改めててっちゃんを見直しました。彼がメジャーデビューしたときに組んでいたTM NETWORKは「GET WILD」のヒットまでは大好きなユニットだったので、大衆迎合化以前は坂本龍一の音楽に通じるものがあったからこそ好きだったのかもしれない――と思いました。インターネットが普及する少し前に、てっちゃんは教授と「これから音楽配信が来る」という話をしたそうです。そのとき教授は「僕は行くとこまで行こうと思う」と言っていたそうで、てっちゃんも同じことを考えていて、「時代に対する感覚や認識、音楽の進化の予見に関しては、すごく似た考えを持っていたと思います」とも語っているので、二人のあいだには確かに通じ合うものがあったのでしょう。

 

 また、記事の終わりで、こうも言っていました。

「生きるのがすごく苦しいと思うこともあるけれど、教授の死によって、改めて考えさせられた。「死にたい」なんて言って投げだそうとしたら、きっと教授は「小室君は思考することすら拒絶するのか」と激高するだろうと思った。同時に、亡くなった71歳という年齢が、人生の長さの基準になってしまったようにすら思える。僕はあと7年でその年齢になる。7年後の自分が鏡に向き合ったとき、教授と同じように、きちんと立っているような存在にならないといけない。そう思うようになりました」

 

 龍一氏の寿命が「人生の長さの基準になってしまった」というてっちゃん。「世界のサカモト」とはまた違った意味で日本の音楽史に残る稀有な成功者でありながら、そこからの転落と挫折を味わい、人生における天国と地獄を知るてっちゃんの言葉だからこそ余計に心に響くのかもしれませんが、その気持ち、ものすごくよくわかります。

 

 私自身も最近は着々と、人生の終わりがひたひたと近づいてきているような気がしています。自分が送る毎日にそれほど変わりはないのですが、自分の思いなど関係なく、容赦なく変化していく周囲がそれを教えてくれます。そして気づいたときには、昔は難なくできたことが億劫だったり、いつのまにかできなくなったりしていました。いろいろなことに興味がありすぎて飽くなき探求心で退屈を知らない人間でしたが、ついに足る時が近いような感じもします――けっして欲したすべてをやり遂げたわけではないのですが。坂本龍一という巨星の死は、そんなことを考えさせられ、突きつけられた出来事でした。

 

 教授、人生に彩りをありがとう。Rest in Peace

2023世界フィギュア感想とロシア勢不在について思うこと

 前回の記事の最後に触れましたが、昨日はさいたまスーパーアリーナ世界フィギュアアイスダンスフリーと男子シングルフリーの試合を観てきました。いつもは夕方から始まる試合の第3グループぐらいから観に行くのですが、今回は昼過ぎの12時半から始まるアイスダンスフリーの第2グループから観はじめ、最終滑走者のショーマが終わったのが夜の9時半という長丁場だったため、2回ほど会場の外に出て休憩をしました。よって全部の演技は観ていません。

25日の滑走順リスト

 

 アイスダンスはすごい試合で、かなだいこと村元哉中&髙橋大輔ペアは初めてノーミスの演技を披露してくれたのですが、その後に演技をしたペアも立て続けにシーズンベストを連発で、ミスらしいミスをしたのが、金メダルを獲ったマディソン・チョック&エヴァン・ベイツ組ぐらい。ただし、このペアは転倒で1~2点減点されても優勝は決まりだろうと確信できる圧倒的な内容でしたが。

 

 それに比べると、ショーマこと宇野昌磨選手は、男子フリーで2連覇を達成しましたが、5回挑んだ4回転ジャンプの精度が低く、ベストには程遠い出来でした。怪我の影響もあったのでしょうが。規制退場だったので、遅くなるのと混雑を避けてショーマの得点は見ずに会場を出ましたが、正直なところ、フリーは直前にほぼノーミスで演技をしたチャ・ジュンファン選手にかわされたかと思いました。ショートの貯金があるので、優勝はできるだろうと思っていましたが、帰りにスマホで確認して金メダルを獲れたことを知ったときには、ホッとしました。チョック&ベイツ組のように1~2点引かれても勝てるというような余裕はなかったので。帰宅して改めて調べると、フリーの得点は196.51で、ジュンファンとは0.12点差という僅差。「かわされたか」という感想がそれほど的外れでもなかった、ギリギリの1位でした。ショーマは今シーズン、ネイサンやユヅに対抗できる高難度のプログラムを作り、シーズンを通して滑り込んで自分のものとし、格上の二人がいないシーズンとなろうともレベルを下げるという安全策を取りませんでした。今大会も、本調子でないながらも、今シーズンやると決めた5本の4回転をダウングレードせずやり遂げました。それが最大の勝因だったと思います。

 

 まあ、一方のジュンファンも、ノーミスではありましたが、振付がない部分の手の使い方などがまだまだ甘く、言葉は悪いですが、出来の悪い羽生結弦を見ているような印象。しかも音楽が007で、「ユヅタイプのジュンファンにキムヨナの勝利の方程式を持ってきたら勝てると思ったのか、ブライアン。韓国の選手だからって、いくらなんでもそれは安直だろう」と思いました。ジュンファンのコーチで、キムヨナ、羽生結弦を育てた名伯楽のはずのブライアン・オーサー氏のらしくない稚拙な戦略のせいもあってか、ショーマに比べるとこれがチャ・ジュンファンのスケートという個性があまり感じられなかったので、金メダリストになるためにはもう少し精進が必要だと思います。ともあれ、銀メダル、おめでとう!

 

 そういう意味では、やはり群を抜いて素晴らしかったのが、ジェイソン・ブラウン選手。彼のコーチもジュンファンと同じブライアンですが、ブライアンに師事したときには、すでにジェイソンのスケートはできあがっていたので、あまり大きな影響は受けず。今回は総合5位でしたが、彼には4回転ジャンプがないので仕方がありません。それでもフリーの演技構成点は95.84で、金メダリスト宇野昌磨選手の93.38を超えて断トツの1位。バレエジャンプやスピンの時のキャッチフットのフリーレッグの脚の伸び方など誰も比較にならないほど美しすぎて、かなだいの演技に続いて泣きました。バレエのようなスケートは、もはやアートだと思います。北京五輪以降、競技活動を休止していたジェイソン。全米選手権で復帰し、世界選手権の代表権を手に入れ日本に来てくれて、現役を続けてくれて、本当にありがとう。

 

 ジェイソンの次に滑ったケヴィン・エイモズ選手もよかったです。プログラムの持つ世界観を一番表現していたのは彼でした。スケーティングも個性を発揮していましたし。スピンなど独自性の高い技が随所に見られました。技術点、演技構成点、完成度のバランスが一番取れていたのは彼の演技だったと思います。グラディエーターという役柄も彼に合っていましたし。エイモズ選手はフランスの代表なのですが、同じくフランス代表だったフィリップ・キャンデロロさんを思い出しました。彼の三銃士は、いまだに語り継がれる名プログラムだと思います。

 

 銅メダルのイリア・マリニン選手は、この大会でも4回転アクセルを見せてくれました。……なのですが、ジャンプが全体的に大きな加点を望めないクォリティだったので、4回転アクセルの練習をする前に、それぞれのジャンプの完成度を上げたほうがいいのではないかと思います。4回転アクセルは難しいわりにそれほど基礎点が高くなく、他の4回転ジャンプでも加点が付いたら簡単に超えられてしまうぐらいの点数にしかならないので。いずれにしろ、今回の出場は自己紹介のようなもので、これからの選手だと思いますが。

 

 世界選手権にロシア勢が参加していないことについて、ネットでいろいろな意見を見ますが、誰がいようといまいとメダルの価値は変わらないと思います。確かに、女子シングルはロシアが強いので、ロシア代表が参加していたら坂本選手は勝てなかったかもしれません。けれども勝てたかもしれず、それはやってみなければわからないことです。ただ、ロシア代表が国際大会に出場できない現状においては、4回転やトリプルアクセルを跳ばなくてもミスをしなければ勝てるので坂本選手は跳ばないのです。それは戦略で、ロシア勢の4回転に対抗するためトリプルアクセルにこだわり、その結果怪我をして目標としていた北京五輪出場を逃し、今も怪我と付き合いながらの演技しかできない紀平梨花選手とは実に対照的です。大技の習得を捨てて自分の長所を伸ばすことを選んだ坂本選手は、五輪に出場しただけでなく、銅メダルを獲得してオリンピックメダリストにもなりました。坂本選手は回転数の多いジャンプは跳べませんが、ロシア勢を含めた他の選手は4回転やトリプルアクセルは跳べても坂本選手のようなスピードと高さ、そして幅のあるジャンプは跳べません。跳べないから回転数の多いジャンプを跳ぶことで点数を稼ごうとしたのです。出来栄え点という形でスピードや高さ、移動幅などジャンプの質の高さで点が取れるのなら、服薬してまで身体増強しなければできない、怪我のリスクが高い技などやる必要はないと思います。今はそういう選択肢を認めたルールなのですから。この選択肢の存在は、フィギュアスケートの演技の種類の幅を広げるためにも、また、無理はしないしさせないということで選手の健康のためにも有効だと思います。昔からジャンプ偏重には不満があり、このブログでも何回か書いていますが、「跳べばいいってもんじゃない」とずっと感じていました。実際、トゥルソワ選手の演技など4回転をいくつ跳ぼうが何度観てもいいと思えなかったし。スケートの好みや演技に対する感想は人それぞれだと思いますが。

 

 自分以外の参加不参加は、選手のせいではないし、彼らにはどうにもできないことです。今までにもオリンピックイヤーの世界選手権は引退したり休養したりで、世界で一番実力があると思われる選手が不在の大会がたびたびありました。世界王者であるディフェンディングチャンピオンが怪我で翌年の出場を回避することもありました。それでもその年の世界一を決めるとされる世界選手権の金メダリストであるという事実に変わりはありません。誰々がいたらと仮定をすることは自由ですが意味のないことで、自分の力ではどうにもならない自分のこと以外の状況に恵まれるという運を味方にする点も含めて、そのたたかいの場に居合わせて一番のパフォーマンスをした人が文句なしに勝者であり、その栄誉に見合った称賛を受けるべきだと思います。

 

 ということで、改めて、坂本選手とショーマ、2連覇おめでとう! 「りくりゅう」こと三浦璃来&木原隆一ペア、初優勝&グランドスラム達成おめでとう!

 

 彼らの努力が、目に見える最高の結果をともなって報われた、素晴らしい大会だったと思います。

会場の外にあったショーマこと宇野昌磨選手のパネル

Point of Victory~大谷翔平と坂本花織に見た、勝負の分かれ目における勝ち切る強さ

 野球のWBC優勝&フィギュアスケートの坂本花織選手の世界選手権2連覇、おめでとうございます。この二つの試合、凄いものを見せてもらいました。しびれました。事実は小説より奇なりということはわかっているつもりでしたが、「いや、実際にこんなことってあるんだ」と、改めて思い知らされ、唸りました。

 

 まずはWBC。テレビで観はじめたのは決勝戦の8回表、この回から登板したダルビッシュ選手が1点差に追いつかれてからという、本当に最後の最後だけなのですが、9回表に大谷選手に継投し、いきなりフォアボールを与えてノーアウトの同点ランナーが出て、しかも打順が下位から1番にまわり、「おいおい、大丈夫かよ」とハラハラしていたら、セカンドゴロのゲッツーで、あっという間にツーアウト、ランナー無し。そして迎えるバッターはトラウト選手という大谷選手のエンゼルスの同僚で、シーズン中には絶対に見られない貴重な対決。大谷選手は明らかにこの打者で終わるつもりだという160キロ台を交えた渾身の投球で、トラウト選手も粘りに粘ってフルカウントまで持っていき、最後は気持ちいいぐらいフルスイングの空振り三振でTHE END、これぞまさしく「翔タイム」でした。誇張ではなく息を止めて見入った手に汗握る最終回の1イニングを見たときに、この二人で決着がつくのなら、きっと双方のチームメイトも納得するのではないかと思いました。侍ジャパンは大谷選手がトラウト選手に打たれたのなら仕方がないと思うだろうし、米国チームもトラウト選手が大谷選手に抑えられたのなら仕方がないと思えるのではないかと……それぐらいの名勝負でした。また、こうも思いました。アメリカで行われる試合でスーパースターを揃えた本気の米国チームに勝って後腐れなく終わるためには、クローザーはやはりアメリカ大リーグのスーパースターである大谷翔平でなければならなかったのかもしれないと……。彼ならばアメリカのファンたちも仕方ないと思え、二人の対決を名勝負だったと思え、負けたけどいい試合だった、悪い大会ではなかったと思えるのではないでしょうか。

 

 坂本選手は、最終滑走のフリー演技の後半に入っている得点源のトリプル+トリプルのコンビネーションがパンクして、最初のジャンプが1回転フリップになったのに、続く3回転トゥループを何事もなかったかのようにクリーンに跳んでコンビネーションジャンプを成立させたのを見て、目が点になりました。パンクした後にまともなジャンプを跳べるのがまず素晴らしいのですが、それがトリプルとなると、ちょっと記憶にありません。失敗ではなく最初から1回転+3回転が予定されていたかのようで、点数もそのコンビネーションジャンプが成功したときと同等に評価され、加点も付いて5点以上稼いでいました。そしてショートとフリーの総合得点で銀メダルとの差は4点もなかったので、パンク後の3回転トゥループが跳べていなければ金メダルは獲れなかったということになり、結果的にこのジャンプが勝負を決めることになりました。

 

 おそらく勝利というものに偶然はないのだと思います。必ず勝負を決めるポイントがあり、勝てるかどうかはその一瞬にかかっているのだと思います。大谷選手のようにヴィクトリーロードに続く決定的な場面を手繰り寄せられるか、自分が主役になれる舞台を作れるか、坂本選手のように勝ち札を選ぶ判断がとっさにできるか、二人が見せた、ここが勝負の分かれ目と、見ている人も納得する決定的な瞬間を制し、乗り越えることができるか、どんなたたかいにおいても、それが勝利のポイントのような気がします。

 

 ……やばい、涙が止まらない。今、世界フィギュアの会場であるさいたまスーパーアリーナに来ていて、ショーマの演技を見る前にこの記事をアップしたかったので、製氷の時間などに昨日書きはじめた文の続きを書いていたのですが、数分前にかなだいのフリーダンス「オペラ座の怪人」を見終えました。これはちょっと言葉になりません。ついにやり遂げたノーミスの、今の力を出し切った演技……大ちゃん、素晴らしい演技を、そして偉大なる挑戦を見せてくれて、ありがとう(涙)

会場の外にあった「かなだい」こと村元哉中&髙橋大輔両選手のパネル。目標の10位には惜しくも届きませんでしたが、納得の演技だったと思います。

半分以上が自叙伝ポエムの壮大なファンサ~羽生結弦 ICE STORY 2023「GIFT」at 東京ドーム感想

 3月になりました。例年どおり一か月以上前から花粉症になっていたのですが、急に暖かくなった数日前からクシャミ、鼻水、目のかゆみが酷くなり、たいそう難儀しています。症状に波はありますが、これがゴールデンウイーク明けまで続くのですから、毎年のこととはいえ、困ったものです。

 

 さて、先月は、月初に仕事仲間と箱根の仙石原に行く予定があったのですが、当日ロマンスカー箱根湯本駅に着いたとたん具合が悪くなり、貧血で顔面蒼白、冷や汗ダラダラ。数時間経ってようやく歩けるぐらいまで回復しましたが、仙石原まではとても辿り着けそうになかったので、あきらめて一人で帰ってきました。そんなことがあったので、飛び石連休も関西に行くつもりだったのですが、中止することに。宝塚の東京公演のチケットが2公演続けて取れず、星組花組を見逃したので、平安時代が舞台の月組は絶対に見逃したくないと思い、大劇場のチケットを取っていたのですが、友人が東京公演のチケットを平日のマチネではありますが私の分も手配してくれ、大劇場のチケットもリセールに出して売れたので、予約していたホテルをキャンセル。当初の予定どおり24日の金曜は仕事を休んで4連休にし、懸命に体調維持に努め、26日に参戦してきました、東京ドーム。

会場入り口の22番ゲート上の電光掲示

 

 平昌オリンピック後の進化によって、ここ数年ようやく「頂点を極めた者にしか見えない、辿り着けない、頂のその先にあるスケート」を見せてくれるようになったユヅこと羽生結弦氏。ライバルは過去の自分という領域に達した者だけが見せられる、より洗練されたパフォーマンスにやっとなってきたなと嬉しく思っていたら、現役引退の知らせ……。残念ながら、競技生活を離れてしまえばスケーティング技術はともかくジャンプなど大技の技術は衰えていく一方なので、選手時代の演技がまだ可能なうちに生で観ておきたいと思い、一か八かでチケットの抽選を入れました。東京ドームなら近いし、東京ドームに初めてアイスリンクを作るというのも、どんなものか見てみたかったので。

 

 で、めでたく当選したので行ってきたのですが、はっきり言って、かなり退屈なショーでした。半分以上ユヅが自分で自分のスケート人生を語るポエムだったので。過去のプログラム演技➡演技時間以上のポエム➡演技➡ポエムのくり返しで、「アイスショーを見に来たつもりだったけど、ファンの集いに参加しちゃったよ、トホホホ」という感じ。私は羽生結弦ではなく羽生結弦のスケートが好きなので、「こんなにポエムを聞かされてもなぁ」と思ってしまいました。五輪2連覇を達成した人です。並々ならぬ努力をし、その陰で人一倍苦しんだであろうことは、ここで改めて語られなくても容易に想像がつきますから。そんな思いも、スケートに込めて氷上でなら存分に表現してくれてかまわないのですが、言葉で滔々と語られてもな……朗読が上手いプロの役者でもイケボというわけでもないし。まあ、スケーターの出演者が羽生結弦一人だけで、ユヅが滑り続けられるのが、せいぜいプログラム1本+αなので、こういう構成になるのも当然かとなかば納得しながらも、「この調子で何時までやるのだろう」と頻繁に時計を見、会場は暗いしポエムの内容も暗いので、気が付くと頭がカクンと下がっていて拍手や歓声でハッとして顔を上げる、の連続。起きているときは遠いリンクを見つめながら、自然といろいろ考えてしまいました――「『氷艶』のほうが断然おもしろくて、コスパもよく、エンターテインメントとして完成度が高かったな」等々。

 

 披露された演技はほとんど過去に試合で使っていたプログラムで、ユヅらしいといえば実にユヅらしいのですが、もはや競技ではないのに一切妥協せず、試合と同様にクワドもアクセルもやっていました。ショーでは珍しいそれらの高難度ジャンプを見られたのはとても嬉しかったのですが、心配したとおり、ベストの状態は長続きせず、第二部で演じた「オペラ座の怪人」ではジャンプをミスっていて、明らかに疲れているように見えました。羽生結弦が手を抜けない人間であり、フルスロットルの前半を考えれば、時間とともに疲労が募ってきて後半はクオリティダウンすることは十分事前に予想でき、それを見越してあらかじめ対処はできるはずなので、「これはオペラやバレエ公演並みのお金を取るエンターテインメントのショー構成としてはどうなんだろう」と思いました。一人でやり遂げることは素晴らしいことですが、ここまで大がかりで、多くのスタッフの力を借り、これだけの観客を動員するからには、もう少し完成度の高いショーを見せてほしかったです。ショーの半分以上がスケートとはほぼ関係のない映像を流しながらのポエム朗読の上、整氷休憩が40分というのは、アイススケートのショーとしてはあまりに密度が薄すぎて、高いチケット代に見合っていないと感じました。これぐらいの金額を取らないと、東京ドームに氷は張れないのだろうとは思いましたが。

 

 また、今回演技を続けて見たことによって、羽生結弦の演技はどれもほとんど同じであるとも感じました。リンクが遠かったせいもあるかと思いますが、たとえスタンドA席からの観戦であっても、各スケーターが滑るスケートの違いや演技のテイストの違いはわかります。けれども、ユヅの演技は音楽が異なるだけで、基本的に同じで、見せ場が高難度ジャンプとイーグルとハイドロ、それと恵まれた体形を活かしたルックスの美しさを見せつける演技。なので、彼の演技が好きな人は何を見ても気に入るだろうけど、私は「ノッテ・ステラータ」が終わったところで気が済んだというか、規制退場に引っかかって足止めを食らうくらいなら「あとはもういいや」という気になったので、混雑を避けてひと足早く退場しました。そして家に帰るなり衝動に駆られて、髙橋大輔氏の「道化師」「道」「ブルース・フォー・クルック」 「eye」「オペラ座の怪人」「スワンレイク」の動画を立て続けに視聴。リアルタイムでテレビか生で観戦しているし、今までに何度もYouTubeなどにアップされている動画を再生して見ている演技ですが、今見ても見入ってしまい、やはり私にとってのベストスケーターは大ちゃんだと再認識しました。今は見入るぐらいで済んでいますが、リアルタイム観戦の時は手汗をかいていたり、身震いしていましたから――バンクーバー五輪の「道」とか、世界フィギュアの「ブルース」とか、全日本の「道化師」とか。

 

 ということで、私にとっては、熱烈なファンでもないのにファンミーティングに参加してしまったような、場違いなところに来てしまった感のある少々座りの悪い微妙なアイスショーではありましたが、後ろの席は何語かわからない外国人でしたし、前の席はシニアの女性4人組で「感激しちゃって涙出る~」とか言っていたので、感動した人もきっとたくさんいるのだと思います。多様な国籍、年代を問わない人々を惹きつけ、感動を与えることができる羽生結弦というスケーターは間違いなく稀有な存在であり、文句なく凄いし、尊敬に値すると思っていることは紛れもない事実です。今回のショーも、これはこれで、新たにいくつかの発見があった貴重な経験だったので、結果的には行けてよかったと思っています

 

※3月4日追記

 平日は時間がないので、たいてい一週間分の新聞を週末にまとめて読むのですが(それゆえ遠征があると、ものすごい溜まる)、「オペラ座の怪人劇団四季ロングラン・キャスト」を聴きながら3月2日の朝日新聞を読んでいたら、「GIFT」についての全面記事(羽生結弦氏と黒柳徹子氏の5段広告含む)がありました。それによると「約3時間にわたるショーで貫いたテーマが「ひとり」と「夢」」だそうで、「自分の歩みを物語風に描いた」前半と「リアルに自分を掘り下げた」後半に分けられていたそうです

 

 その記事の中に、「フィギュアスケートの中に『羽生結弦』という新しいジャンルのエンターテインメントを作れた。これからどう進化させていけばいいのかという思いは正直ある」という文があり、カッコ書きだったのでユヅ本人のコメントだとすれば、言い得て妙だと思いました。確かに、「羽生結弦」は今やエンターテインメントの一ジャンルで、それゆえ彼は、「羽生結弦」というエンターテインメントが観客の期待を裏切らないためにはどう進化していけばいいのだろうと考えているのでしょう。そこに他のフィギュアスケーターの存在はありません。競技選手を終えたあとのスケーターたちのセカンドキャリアの可能性を模索して『氷艶』を試みた大ちゃんとは真逆の方向性だと思いました。競技人生後のスケーターの“セカンドキャリアの模索”という意味では共通項があるかもしれませんが。まあ、仕方がないです。ユヅがやっているのは「羽生結弦」というジャンルのエンターテインメントなので……。それは今までにない新しいジャンルであり、かつ他の誰にもできないジャンルなのだから、支持してくれる人がいるかぎりその道を邁進していけばいいと思います。

高橋幸宏氏の訃報に寄せて

 本日のBGMは、YMOの「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァ―」です。

 

 YMOの三人のメンバーの一人である高橋幸宏さんが1月11日に亡くなりました。以前の記事でも触れましたが、小中学生時代、日本の歌謡曲には目もくれず洋楽を聴きまくっていた私は、日本のミュージシャンで新譜が出るたびに聴いていたのはYMOぐらいだったので、また一時代が終わってしまった……という感じ。特に、幸宏さん作の一世を風靡した名曲「ライディーン」は聴くだけでなく高校時代には踊りまくった思い出深い曲なので、悲しいというよりも、自分を構成している一部分を剥ぎ取られたかのようで、脱力感が大きく、少々腑抜けた状態です。

 

 YMOが解散するとき、「散開コンサート」というのを日本武道館でやったのですが、母親同伴で入口まで行きました(笑)。当時は埼玉の川越に住んでいて、子供が夜に一人でそんな遠いところに行ったらダメと親に止められたのですが、どうしても観たくて、その頃は方法もわからなかったのでチケットも取っていなかったのですが、当日券とかあるかもしれないと泣きついて、根負けした母親が一緒に行く条件で許してもらったのです。ところが、そのコンサートはチャリティーライブで、観客は招待客のみとのこと。よって、当日券の販売はおろか、あの頃たくさんいたダフ屋の一人もいなかったので、漏れ聞こえてくる音を背にしつつ母親に慰められながら九段下の坂道を帰りました。だから、爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で」を聴いたときには、「千鳥ヶ淵 月の水面 振り向けば 澄んだ空に光る玉ねぎ~♪」の歌詞がとりわけ身に沁みて心に刺さり、しばらくカラオケの定番曲にしていました。幸宏さんの訃報を聞いて、「そんなこともあったよなぁ」と久しぶりに思い出しました。そんな貴重な思い出があるミュージシャンもYMOぐらいです。

 

 YMOはファーストアルバムの「イエロー・マジック・オーケストラ」も、解散近くの「浮気なぼくら」や「サーヴィス」もいいのですが、そのあいだに発表された「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァ―」「増殖」「BGM」「テクノデリック」の4アルバムが素晴らしいと思っています。「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァ―」は「ライディーン」だけでなく、タイトル曲の「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァ―」も幸宏さんの名曲だし、教授(坂本龍一氏)の名曲「テクノポリス」「ビハインド・ザ・マスク」も入っている大傑作です。「増殖」は「ナイス・エイジ」。幸宏さんと教授の共作ですが、YMOで1番好きな曲かもしれません。この曲はとにかく幸宏さんのボーカルがいい。「BGM」は1番好きなアルバムで、「バレエ」「千のナイフ」「キュー」「ユーティー」が好きですが、全体の流れがよくて隙がない。「テクノデリック」は「灯」と「KEY」、「階段」や「京城音楽」も好きです

 

 YMOも、後にも先にも類がない唯一無二のバンドだと思います。散開コンサートには行けませんでしたが、リアルタイムで彼らの音楽活動に接することができたのは幸運で、紛れもなく財産の一つです。確実に、その後の音楽世界を広げてくれましたから

 

 幸宏さん、今でも聴きたいと思う曲をたくさん残してくれてありがとうございました。ご冥福をお祈りします

 

 そしてたまたまですが、教授、誕生日おめでとう。先日のNHKのように、時々でも演奏が聴けると嬉しいですが、お体を大事にしてください。