羽生雅の雑多話

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岐阜・滋賀寺社遠征&明智光秀紀行10 その2~土岐明智城址、八王子神社、龍護寺、明知城址、「麒麟がくる」ぎふ恵那大河ドラマ館

 当初の予定では本日から富良野スキーに行く予定でしたが、やめたので、土日とも家に籠っている週末です。旭川自衛隊が出動してから、どうするか同行の友人と相談し、お互いメールを日に1度ぐらいしかチェックしない人間なので、応答にタイムラグがあり、中止ということで合意したのが21日の朝。さっそくキャンセル手続きをしたら、その日の午後にはついに医療団体から緊急事態宣言が出たので、改めて今回は見送るのが賢明なように思えました。北海道スキーは久しぶりだったので残念ですが、会期があるものではないし(シーズンはありますが)、客不足と人手不足で店やリフトが多く営業していないことも十分考えられますし、万が一転んで怪我しても病院で診てもらえなさそうで、それに対して文句が言える状態でもないので。

 

 そんなこともあって、ますます行っておいてよかったという思いを新たにしている明智光秀探訪について、続きを書きたいと思います。

 

 9月上旬の遠征で可児市、10月のプレミアムフライデー岐阜市大河ドラマ館に行ったので、残るは恵那市ということで、10月末日の土曜日は恵那市大河ドラマ館に行きました。

 

 恵那市大河ドラマ館の最寄り駅は、恵那駅から出ているローカル電車、明知鉄道の終着駅である明智駅。首都圏から新幹線を使って行く場合に玄関口となる名古屋駅から2時間以上かかるので、どこかのついでに寄るというような場所ではないため、どうせそこまで行くのなら同じ恵那市内にある式内社の恵那神社に寄りたいと思っていました。しかし調べてみると、恵那神社もアクセスが悪く、一日で行こうとするとどちらも滞在時間が取れず、行っただけで終わりそうだったので、今回は会期がある大河ドラマ館を優先し、恵那神社はあきらめました。その代わり――というわけではないのですが、明知鉄道の時刻を調べているときに企画列車の存在を知ったので、それに乗って明智駅まで行くことにしました。明知鉄道の企画列車はいろいろあるのですが、9~11月はきのこ列車で、以前にも書きましたが、私はきのこが大好きなので、これは乗らなければ――と思いました。

 

 ということで、同じ岐阜県内の可児や土岐を訪れた9月に恵那にも行こうと思ったのですが、きのこ列車の申込みをしようとしたらインターネットでの受付は終わっていたので、延期することにしました。ネットでも申し込めるのは5日前までみたいなので、週間天気予報で乗車を予定している11月1日日曜日が晴れであることを確認し、5日前に申し込もうと思ったら、今度は満員で申し込めず。申込みが多い場合は車両が増設されることもある――というようなことがホームページに書かれていたので、あきらめきれずに電話で問い合わせると、車両増設の予定はないが前日の10月31日土曜日ならネットでの受付はすでに締め切っているが、この電話で申し込んでもらえば受けられるという話でした。プレミアムフライデーの件もあり、旅程はずらせなかったので、案内された31日の列車を申し込むと、これから振込用紙を送るが、日にちがないので、間に合わなければ当日の支払いでもよいとのこと。呑気にかまえていましたが、思いのほかギリギリな感じでした。というわけで、土曜に恵那に行くことになったので、特別展の入場が事前予約制だったため、すでに土曜10時の入場券を購入済みだった岐阜市歴史博物館に電話し、ネットでキャンセルできないがどうにかならないか問い合わせたりで、今回は旅行前にバタバタでした。なんとか旅立つ前にすべて解決できましたが。

f:id:hanyu_ya:20201227145713j:plain明知鉄道から送られてきた、きのこ列車のチラシ

 

 で、当日は9時20分にホテルをチェックアウトすると、岐阜発28分の豊橋行き各停電車に乗り、56分に名古屋駅に到着。太閤通口から歩いて3、4分のところにある、その日宿泊予定のホテルに行ってキャリーバッグを預かってもらったあと、再び名古屋駅に戻って、10時24分発の中津川行き快速電車に乗車。11時27分に恵那駅に到着すると、JRの駅を出て左隣にある明知鉄道恵那駅へ行き、窓口で名前を告げて支払いをし、乗車にあたっての説明を聞いて、一日乗り放題の通行手形を受け取りました。飲み物は用意してあるのはお茶だけなので好きな物を持ち込めるとのことだったので、アルコールでもいいのか訊くと、「かまわない」と言うので、JR恵那駅のコンビニに行き、タカラ缶チューハイがあることを確認。出発時間は12時25分で、まだ30分ほど時間があり、早く買うとぬるくなってしまうので、改札前に買うことにし、明知鉄道恵那駅の隣にある恵那市観光物産館「えなてらす」に併設されている観光案内所へと向かいました。明智駅周辺には大河ドラマ館がある日本大正村の他に明知城址と土岐明智城址があり、どちらも光秀ゆかりと言われているので、明智駅からのアクセスルートを訊いたら、「恵那市明智町 山城攻略マップ」というものをくれました。これが地図としても資料としてもよくできていて、たいそう役に立ちました。

f:id:hanyu_ya:20201227193819j:plain「えなてらす」の観光案内所でもらった「恵那市明智町 山城攻略マップ」

 

 ちょうど栗のシーズンであり、恵那は丹波と同じく栗の名産地で、恵那栗の本場。「えなてらす」では食べ比べができるように、市内の九つの和菓子屋の栗きんとんがバラで買えるので、帰りに買って帰ろうと思っていたのですが、他にも栗きんとん大福など、栗好き、栗きんとん好きには見過ごせない栗スイーツがあったので、とりあえず先に二つほど買うことにしました。これから豪勢なきのこ料理を食べるので、しばらく食べる予定はなく、山城にも登るので、荷物は増やしたくなかったのですが……帰りが遅くなって店に寄れないとか、寄れても完売で買えないという事態だけは避けたかったので。

 

 買い物後、JR駅の売店に行ってタカラ缶チューハイを買い、出発10分前に明知鉄道の改札へ行くと、すでに改札が始まっていました。

f:id:hanyu_ya:20201227194504j:plain明知鉄道のきのこ列車も「麒麟がくる」のラッピング車両でした。

f:id:hanyu_ya:20201227162709j:plain食堂車はこんなカンジ

 

 一人参加、しかもギリギリの申込みだったからか、席は車両の入口から一番遠い最奥の端っこで、いかにも取って付けたような感じでしたが、向かい側も右隣もいないので左側のみ隣席とアクリル板で仕切られた席で、右を見れば車両の先頭で、行く手の線路が見えるという、車窓からの眺めが一番いい特等席でした。きのこ料理の担当は明智ゴルフ倶楽部ひるかわゴルフ場レストランで、献立は下記のとおり。

 

 ・季節前菜盛り

 ・鮎の甘露煮

 ・ロージ茸の生姜和え

 ・平茸とホウレン草の胡麻和え

 ・イクチ茸の酢の物 大根おろし

 ・舞茸の天婦羅 松茸の天ぷら 獅子唐

 ・皮茸の旨煮

 ・赤茸と生姜の合わせ煮

 ・里芋とシメジの煮合わせ

 ・松茸御飯

 ・松茸の土瓶蒸し

 ・漬物 果物 お茶

f:id:hanyu_ya:20201227162923j:plainきのこ列車の献立

f:id:hanyu_ya:20201227163014j:plain中身はこんなカンジ

f:id:hanyu_ya:20201227163243j:plain右を見ると見える風景

f:id:hanyu_ya:20201227164337j:plain席に置いてあった袋に入っていたお土産

 

 13時19分に明智駅に着くと、山城攻略マップを見ながら、まずは土岐明智城址こと落合砦を目指すことにしました。きのこ列車でシェフらしき人がお代わりを勧めてくれたので松茸御飯を2杯食べて満腹で、少しでも消化したい状態だったので。歩いて10分ほどで山の麓に着き、山に沿って車道を登っていると左手に山中に入っていく近道があったのですが、獣道のような細い山道だったので、そのまま車道を歩くことに。そこから5分ほどで駐車場とトイレがある公園の入口に到着し、光秀産湯の井戸を見たあと、本丸跡、出丸跡を見学。出丸の見晴らし台からは明知城がバッチリ見え、位置関係を確認することができました。

f:id:hanyu_ya:20201227165309j:plain明智駅の駅舎にあった明知鉄道のキャラクター「てつじい」と、その孫である「てっちゃん」のパネル。てつじいの名前は明知鉄道(あけちてつみち)で、86才だそうです。明知線の開業が1933年なので(笑)。

f:id:hanyu_ya:20201227165412j:plain落合砦の紅葉

f:id:hanyu_ya:20201227165527j:plain千畳敷公園の案内図。土岐明智城址は現在公園として整備されています。

f:id:hanyu_ya:20201227165658j:plain明智光秀公産湯の井戸。可児市にもありましたが……。

f:id:hanyu_ya:20201227165847j:plain産湯の井戸についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227170008j:plain土岐明智城本丸跡

f:id:hanyu_ya:20201227170113j:plain落合砦についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227164008j:plain本丸跡にあった案内板

f:id:hanyu_ya:20201227163818j:plain出丸跡にあった説明板

f:id:hanyu_ya:20201227163717j:plain出丸跡から見える明知城址。真ん中の緑の小山に城址があります。

 

 出丸から続く道があり、地図を見ると下山できるようで、来た道を戻るのはつまらないので、そちらから山を下りると、行きに通るのを避けた道でした。下るのはそれほど難儀ではありませんでしたが、登りで選択しなくてよかったと思う山道でした。途中、モカシンだかローファーだかみたいな靴で登っている人とすれ違いましたが、やめておいたほうが無難だと思います。

 

 続いて大正村広場にある観光案内所へ行き、明知城と土岐明智城の御城印、さらに、説明書付きの武将印というものがあったので購入。その後、明智光秀の手植えと伝わる楓がある八王子神社へと向かいました。

f:id:hanyu_ya:20201227170356j:plain明知城と土岐明智城の御城印。シールになっていました。

f:id:hanyu_ya:20201227170506j:plain明智光秀の武将印。光秀の隣の女性は妻の熙子ではなく、母の牧と思われます。明智には牧の墓と伝わるところがあるので、熙子より牧のほうがゆかりの深い人物なのでしょう。

f:id:hanyu_ya:20201227170643j:plain明知城の大手門を移築したと伝わる八王子神社の唐門

f:id:hanyu_ya:20201227170751j:plain八王子神社社殿についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227170859j:plain「えんむすびの大杉」と呼ばれる意味ありげな御神木。説明板によると、当社の創建は天暦3年(949)だそうですが、実はもっと古く、大和一宮の大神神社の三本杉のように、この杉が聖地の目印として植えられた元々の鳥居なのではないかと思います。

f:id:hanyu_ya:20201227171112j:plain八王子神社本殿。ちょうど紅葉がきれいでした。

f:id:hanyu_ya:20201227171307j:plain境内社柿本人麻呂社。光秀が祀ったといわれ、文武両道を志した光秀は当社に人麻呂を祀り、学問所には天神(菅原道真)を祀ったそうです。手前が光秀の手植えと伝わる楓。

f:id:hanyu_ya:20201227171425j:plain人麻呂神社についての説明板

 

 八王子神社を出ると、明知城の城主であった明知遠山家の菩提寺であり、光秀の供養塔がある龍護寺へと向かいました。神社の境内脇から遠山家累代の墓へと続く道は、恵那駅の観光案内所でもらった明智光秀ゆかりの地マップに「未舗装のため足下注意」と書かれていましたが、明らかに最短ルートだったのでチャレンジしてみました。山城歩きに備えて大山阿夫利神社の本社に登ったときにも履いていたコンフォートブーツだったので、足元に不安はなく、実際の道も、確かに未舗装ではありましたが、落合砦を下った山道よりも歩きやすい道でした。

f:id:hanyu_ya:20201227193915j:plain「えなてらす」の観光案内所でもらった「恵那市明智町 明智光秀ゆかりの地マップ」

 

 初代鎌倉将軍源頼朝重臣として功績を残した加藤景廉を祖に持つ遠山氏は、室町時代には七流に分かれ、遠山七頭と呼ばれていました。惣領家が岩村城城主である岩村遠山家で、それに次ぐ家格が明知遠山家です。したがって土岐氏ではないので、光秀が定説どおり土岐明智氏の出身ならば、この地が生誕地である可能性は低いと思うのですが、遠山家には土岐明智氏から養子に入っている事実があり、また光秀の叔父にあたり、若くして実父を喪った光秀の父親代わりでもあった光安は遠山景行と同一人物という説があるので、まったく無関係とも言い切れません。事実この地には光秀のゆかりと伝わるものがありすぎるし、もし明智光安が遠山景行と同一人物であるのなら、それらは実は光安のゆかり、あるいは光安の子である光春(秀満)のゆかりとも考えられるからです。産湯の井戸は可児市明智城址の近くにもあるので、一方が光秀のゆかりで、他方は光安か光春のゆかりということも十分にありうると思います。

f:id:hanyu_ya:20201227171804j:plain明知城主遠山氏累代の墓所

f:id:hanyu_ya:20201227171859j:plain明知遠山家累代の墓にある如意輪観音菩薩像。遠山氏の家紋は丸に二つ引き両で、向かって左側の像の前にある水鉢にはそちらが彫られていますが、右側には桔梗紋が彫られているので、土岐氏の縁者であることがわかります。

f:id:hanyu_ya:20201227172033j:plain如意輪観音像についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227172144j:plain龍護寺山門からの秋の景

f:id:hanyu_ya:20201227172321j:plain龍護寺案内図他。菩提寺の公式が遠山景行=明智光安だったので、いっそう無視できない、考察しがいのある説だと思います。

f:id:hanyu_ya:20201227172611j:plain明智光秀公御霊廟

f:id:hanyu_ya:20201227172721j:plain霊廟の供養塔。本徳寺の肖像画が飾ってありました。

 

 龍護寺の次は明知城址へ向かったのですが、優秀なマップのおかげで最短ルートを選択できたので、寺から歩いて5分ほどで稲荷神社登城口に到着。看板と幟がなければ見過ごしそうな場所でした。

f:id:hanyu_ya:20201227172848j:plain代官所陣屋跡の近くにある稲荷神社登城口

f:id:hanyu_ya:20201227172943j:plain稲荷神社登城口についての説明板

 

 10分ほど山登りをすると本丸下の二の丸に到り、メインルートではないためか、道中誰にも会いませんでしたが、そこでようやくメインルートを歩いてきた人とすれ違うようになりました。

f:id:hanyu_ya:20201227173342j:plain登りはじめると山中はこんなカンジ

f:id:hanyu_ya:20201227173237j:plain堀切と曲輪についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227173512j:plain帯曲輪と枡形虎口についての説明板

 

 山の頂上にある本丸跡は、土岐明智城より狭い感じで、見晴らしも木が邪魔してあまりよくなかったので、早々に山を下りて、山麓にある大河ドラマ館に行くことにしました。5時閉館で、時刻は3時過ぎだったので。

f:id:hanyu_ya:20201227173635j:plain明知城本丸跡

f:id:hanyu_ya:20201227175157j:plain本丸跡にあった明知城縄張図

f:id:hanyu_ya:20201227175311j:plain本丸についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227175444j:plain出丸についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227175558j:plain光秀が学問所に菅原道真を祀ったのが起源とされる天神神社

f:id:hanyu_ya:20201227175852j:plain天神神社についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227175721j:plain天神神社の由来

f:id:hanyu_ya:20201227180033j:plain天神神社登城口についての説明板。こちらから登って下りるのが一般的なルートです。

 

 本丸から20分ほどで到着し、前日に岐阜の大河ドラマ館に行っていたので、その半券を見せて割引料金でチケットを買い、3時半前に入館。大河ドラマ館の展示は微妙な感じでしたが、可児と同じように、それとは別に「明智光秀が生きた時代の東美濃戦国史―山城を巡る攻防―」という特別展を開催していて、実際に山城を巡ってきた後だったので、そちらはとても興味深く見ることができました。土岐氏と遠山氏が関連する城の位置関係や規模が模型で確認できておもしろかったですね。

f:id:hanyu_ya:20201227180203j:plain麒麟がくる ぎふ恵那大河ドラマ館」の会場である大正ロマン

f:id:hanyu_ya:20201227180300j:plain大河ドラマ内で使用された光秀と熙子の婚礼衣装の同等品

f:id:hanyu_ya:20201227183251j:plain土岐家ゆかりの鎧兜(複製)

f:id:hanyu_ya:20201227180642j:plain特別展に展示されていた土岐明智城の等高線地図模型

f:id:hanyu_ya:20201227180914j:plain特別展に展示されていた明知城の等高線地図模型

 

 6時閉店の「えなてらす」で栗きんとんを買って帰るため、帰りは恵那駅に17時12分に到着する明智駅発16時22分の電車に乗る予定だったので、4時前には大正ロマン館を出て駅に向かいました。途中に横を通った大正村役場が気になりましたが、見学する時間はなかったので外観の写真を撮るだけにして急いだので、10分前には到着。始発駅のため、すでにホームに入線していた電車はまたもや「麒麟がくる」のラッピング車両だったので、撮影してから乗車しました。

f:id:hanyu_ya:20201227181025j:plain駅に向かう途中にあった日本大正村役場

f:id:hanyu_ya:20201227181131j:plain日本大正村役場についての説明板

f:id:hanyu_ya:20201227181232j:plain明智駅の駅舎前にいるてつじい。マスク姿です。

f:id:hanyu_ya:20201227181555j:plain隣にはハイカラさんもいます。同じくマスク姿です。

f:id:hanyu_ya:20201227181719j:plain帰りに乗ったラッピング電車。この車両で、「麒麟がくる」のキャッチコピーが「それでも、この仁なき世を愛せるか」であることを初めて知りました。

 

 定刻どおり終点の恵那駅に到着し、隣の「えなてらす」に行くと、9種あった栗きんとんのバラ売りは3種に減っていたので、残っていた三つの店の栗きんとんを一つずつ買い、26分発の名古屋行き快速電車に乗車。18時38分に名古屋駅に着いたので、夕飯を食べてからホテルに戻ろうと思い、気になっていたきしめん専門店――「宮きしめん 駿」へと向かいました。この店には前から行ってみたかったのですが、場所がKITTEの地下で、けっして駅から遠いわけではないのですが、ホームにある「住よし」に比べると行くのも食べるのも時間がかかるのは確かなので、今まで行く機会がありませんでした。けれども、電子クーポンが「えなてらす」では使えず、明智では土産物を吟味する時間がなかったので、その日が使用期限のクーポンが1,000円分残っていたこともあり、行ってみることにしました。「住よし」は食券だし、使えたとしても1,000円も食べず、クーポンは釣銭が出ないので、この時は選択肢にありませんでした。

 

 店に着くと、7時前でしたが、すぐに入れたので、ラッキーでした。案内されたのはカウンターでしたが、左右はソーシャルディスタンスで使用しないようになっていたので、十分にゆとりがありましたし。さっそく赤白きしめん食べくらべ定食と、アルコールは名古屋サワーという聞いたことのないメニューがあったので、そちらを注文。食事後ホテルに戻り、この日は終了です。

f:id:hanyu_ya:20201228001158j:plain赤白きしめん食べくらべ定食と名古屋サワー。名古屋サワーは焼酎を名古屋サイダーというご当地ドリンクで割ったものですが、かなり甘かったので、焼酎を足してもらいました(もちろん有料です)。