羽生雅の雑多話

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宝塚メモ~紅ゆずるが真価を発揮した、好き嫌いを超える異色作

 本日は宝塚星組公演「ANOTHER WORLD(アナザーワールド)」と「Killer Rouge(キラールージュ)」を日比谷で観てきました。掛け値なしにおもしろかったです。なんだかわからない勢いというか疾走感があり、完成度とかクオリティの高さとかは感じないけど、そんなものはもうどうでもよくなるような、上手い下手を超越した次元にある作品でした。まさしく現役タカラジェンヌ随一のコメディエンヌであるベニー(紅ゆずるさん)のための作品であり、彼女をトップスターとして擁する星組にしかできない、チャレンジ精神に富んだ勇気ある意欲作――というか異色作でした。

 
 現在の宝塚でベニーほど芝居心というものを感じるタカラジェンヌはいません。なんなんでしょうね、あの類稀な独特のセンスは。もはや好きとか嫌いとかは通り越していて、改めて好きかと訊かれると素直に頷けないのですが、とにかく観ていておもしろく、いつ観ても悔いのないジェンヌさんです。ファンでなくても楽しめる――ある意味、芸人の極みではないでしょうか。今回の康次郎も、恋煩いで死んでしまう若旦那らしいなよやかさが表れた所作とかも見事でしたが、その一方で、軟弱でありながらも恋に一途で、貧乏神の夢を応援したりする熱い心の持ち主であり、それゆえにみんなが惹かれて付いていってしまう存在であることも巧く表現されていました。
 
 これまでにもコメディエンヌ的な才があったタカラジェンヌはいなかったわけではないですが、ベニーの場合、二枚目役も問題なくこなせるビジュアルにも恵まれたトップスターでもあります。私的には、美人サンというと星組ではかい(七海ひろきさん)なのですが、ベニーは小顔で背も高く、頭身バランスが二次元キャラクター並み。しかも色気がハンパない。男の色気というよりは男役の色気で、何分中性的ではありますが……。しかし、そういった意味でも、少女マンガに登場する美形キャラに通じるものがあり、本当に稀有だと思います。
 
 そして、今回はミュージカルもショーも、二番手のこと(礼真琴さん)の巧さが際立っていました。トップスター候補がひしめく95期ですが、その中でもトップランナーはやはり首席のこの人だと思いました。歌は声の良さも含めて組で一番だし、芝居は滑舌がよく安心感があり、ダンスも動きが大きく目を引きます。特に歌は、ベニーの次に歌うと「上手いよなぁ」としみじみ思いました。
 
 とはいえ、歌が上手くて芝居もダンスも問題なしというのは個性には成りえず、トップスターの必須条件ではありません。唯一無二の個性――それがことに足りない部分だと思います。紅ゆずるに在って礼真琴に無いものです。歌が上手くて芝居もダンスも問題なし、何をやっても生真面目さがにじみ出るというのは、現雪組トップスターのだいもん(望海風斗さん)とほぼ同じ特質ですから。だいもんには加えて貫禄があります。
 
 そう考えると、現在まったく違うタイプのトップスターの下にいることは、ことにとって非常に幸運なことだと思います。「スカピン」のような正統派宝塚作品もできるし、主演がベニーだからこそ可能な今回のような型破りな作品にも恵まれます。一番近い二番手という立場でベニーと一緒に舞台に立ち、宝塚を代表するコメディエンヌと数多く絡むことで、自分にはないもの、足りないものを身近で感じてどんどん吸収し、「真面目」「無難」といったような殻を破って、さらに芸の幅を広げていってほしいと思います。ことの巧さが際立っていて、彼女が次期トップスター有力候補であることは十分に伝わってきましたが、オーラや存在感でいえばベニーだし、ビジュアルはかいだし、ダンスはみつる(華形ひかるさん)だし……ということで、三拍子そろってはいるけれど、結局のところ抜きん出ているのは歌だけで、それもベニーを筆頭に今の星組の歌のレベルを考えると「この中で突出していてもなぁ……」とも思いますし。とりわけ娘役トップスターの綺咲愛里さんはひどいので、もっと頑張ってほしいです。立場上娘役の中でも歌う回数が多いし、見た目が華やかなだけに歌いはじめるとギャップを感じてガッカリします。もっとも、コンビを組むベニーが歌に関しては残念な感じなので、相手役として上手すぎてもバランスが取れず、そのへんは難しいところではありますが。
 
 専科のみつるは久しぶりでしたが、相変わらず見甲斐のあるジェンヌさんで、楽しませていただきました。ミュージカルの貧乏神役もいい味を出していて、存在感がありながら憎めない感じの、この作品におけるマスコット的な役割をよく表現していましたが、どちらかといえば、ショーでの活躍が印象的でした。ダンスは、ことのほうが振りが大きいので、よく動いていて上手いように見えるのですが、みつるは手足の位置というか、ポージングが上手い。二人が並んで踊っているとよくわかります。さすが花組出身。歌は、ことほどではないですが、ベニーよりは数段いいし。けれども、トップコンビのデュエダンの前の歌は気の毒でした。専科生で、それゆえけっして若くはないジェンヌさんに、あれだけ踊ったあとにソロを歌わせるんかい、と思いましたから……。二番手のこととほぼ同じように踊っていましたが、調べてみたら、みつるは85期生で10年先輩……スゴイです。聞き苦しくならないように懸命にコントロールして歌ってはいましたが、明らかに息が上がっていました。見るからにしんどそうで、もう少し楽なところで歌わせてあげたかったし、聴きたかったです。
 
 以下、宝塚とは関係のない話になりますが、この公演の終了後にスマホを起動したときに、ソチ五輪フィギュアスケート男子シングル銅メダリストのデニス・テン選手の訃報を知りました。強盗に襲われて刺殺されたとのことで驚きでした。ユヅとの接触事故で知られるようになったデニスですが、活躍時期は大ちゃん(髙橋大輔選手)やパトリック(チャン選手)、ハビエル(フェルナンデス選手)などと一緒で、彼らと競う中で、デニスの演技を何度も観てきました。品のある端正なスケートが持ち味で、ミスがなければオリンピックメダリストになるのもふさわしい演技をする選手でした。まだまだ若く、選手としても現役で、20代の半ばを過ぎてよりいっそうスケートに深みを増したジェレミーアボット選手)やアダム(リッポン選手)のように、デニスにもさらなる進化を期待していたので、このような悲惨な事件に巻き込まれて命を落とし、とても残念です。心よりご冥福をお祈りします。