羽生雅の雑多話

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超絶技巧のオンパレード~スペイン国立バレエ団2018東京公演

 今日はスゴイものを観てきました。スゴイのではないかと予想してチケットを取ったのですが、思っていた以上に凄かったです。スペイン国立バレエ団創立40周年記念公演――圧巻でした。鳥肌は立たなかったのですが、鳥肌が立つという言葉がふさわしいパフォーマンスで、目頭が熱くなりました。

 
 7月に同じ東京文化会館で世界バレエフェスティバルの特別プロの「ドン・キホーテ」を観たあと、パリ・オペラ座で観たドンキに比べるとずいぶん物足りなかったので、どうにかしてパリオペの時のような感動を味わえないかと思いました。とはいえ、普通のバレエ団の公演でマチアス・エイマン主演のパリオペのドンキを凌ぐのはかなりハードルが高いのではないかと思い、その点スペイン国立バレエ団はバレエ団といってもフラメンコが基本なので、満足できる可能性が高いような気がして選びました。もともとフラメンコ好きでもあるので。
 
 思ったとおり、いや想像以上に質の高い公演で大満足でした。鍛え上げられた人間の肉体が可能とする究極の動きというものを見せつけられたような気がします。久しぶりに目が離せない、釘付けになる、魅入るというのを感じた時間でした。エステル・フラードが操るマントンはまるで生きているようで変幻自在に動き、フランシスコ・ベラスコの八分、十六分音符まで表現するような複雑で神がかり的なサパテアードは、それとわからないほど小刻みに踏むステップに驚きつつ足元から見上げていくと上半身はまったく動いていないので、さらに驚きでした。本当に神業です。インマクラーダ・サロモンの勢いを増したドミノが倒れていくときのような速さのカスタネットも機械のように正確で、バレエ的な要素ではアローニャ・アロンソの体重を感じさせない軽さの表現が見事でした。ダンサーが代わるたびに、次は何を見せてくれるのか、ワクワクしました。ということで、プリンシパルや第一舞踊手たちはいずれも文句なしに素晴らしかったのですが、コール・ド・バレエのクオリティも全体的に高く、しなやさと柔らかさが同居する指の動き、キレやスピード感といったものはどの演目でも徹底されていて、特に男性舞踊手たちのロボットのような動きは、いったいどんな速さで、どんな動き方をしたら、こんなふうに見えるのか、さっぱりわかりませんでした。どれもこれも異次元レベルでした。フラメンコとバレエの融合による伝統と革新の世界――見事でした。
 
 そして、ダンサーたちのパフォーマンスもよかったのですが、カンテとギターとサパテアードとカスタネットの音が生み出す空間も最高でした。サパテアードやカスタネットの音の強弱や速さの変化、絶妙のタイミングで差し込まれる歌とギターの音色で静寂と激情と高揚感を演出するフラメンコ独特のドラマティックな表現方法は、日本人の資質とはかけ離れた濃密さがありますが、ソル・イ・ソンブラの世界観をよく表していて、私は心地よさを感じます。世界や人生には必ず光と影がありますから……。
 
 フラメンコにかぎらず、昔から私はスペインの文化が好きでして、なので二度目の海外旅行はスペインに行きました。初めての海外旅行先は「ベルばら」が好きだったのでフランスと、ついでのイギリスでしたが――。小学生の頃から「アランフェス協奏曲」「アルハンブラの思い出」「愛のロマンス」といったギター曲が好きでよく聴いていて、その延長線上でフラメンコも好きで、しかもフィギュアスケートも好きだったので、槇村さとるさんのマンガ「愛のアランフェス」とか、カルガリー五輪で2連覇を果たしたフィギュアスケート女子シングルの金メダリスト、カタリーナ・ビットのフリープログラム「カルメン」とかが大好きでした。絵に関しても美術資料集に載っていた「記憶の固執」が大好きだったのでダリが好きで、高校の図書館にあった画集で見た「トレド風景」にショックを受けてエル・グレコも好きになり、選択授業の美術の自由課題のテーマに取り上げるほどガウディ建築も好きだったので、初めて一人で行く海外旅行先はスペインを選びました。まだ個人で行くようなスキルはなかったため、ツアー参加でしたが。バルセロナに行けばガウディ建築が見られ、トレドに行けば「トレド風景」が見られると思ったので。結局のところ、この絵はニューヨークのメトロポリタン美術館の所蔵だったので見られず、カサ・ミラカサ・バトリョも個人所有ということで入れず、サグラダ・ファミリア教会ぐらいしか見られませんでしたが。で、キリスト教イスラム教の国家となった歴史を持ち、対立してきた両方の宗教の影響を受けたヨーロッパの国という他には見られない特色がある点でも興味深く、何度訪れてもいいと思っている国なので、数年前にも行き、バルセロナマドリッド、トレド、アランフェスを再訪しました。この時は、世界遺産になったことによって、カサ・ミラカサ・バトリョが一般公開されていたので、念願叶って見てきました。長いあいだ恋焦がれた人に会えたような感動で、ちょっと言葉が出ませんでした。ちょうどカサ・ミラ100年記念の年でした。その他、1回目にグラナダセビリアコルドバセゴビアには行き、2回目にはモンセラットやエル・エスコリアルに行ったので、あと興味があって行っていない所はサンティアゴ・デ・コンポステーラマヨルカ島、フィゲラスぐらいですね。
 
 ということで、フラメンコはスペインに行ったときにもグラナダで観ましたし(よくわからなかったので、添乗員お薦めの店に行ったら、完全に観光客相手のショーでしたが)、日本でも新宿の「エル・フラメンコ」などでショーを観ていましたが、銀座でクリスティーナ・オヨスの踊りを観てからは、それがあまりにも衝撃的で、以後普通のフラメンコショーを観てもさほど感動できなくなったので、あえて観に行かなくなりました。だから今回久々にフラメンコの凄さが発揮されたフラメンコを観て、身震いがする感覚に懐かしさも感じました。完成度の高いフラメンコやフラメンコギターの演奏は、きわめて精神的な、心の奥深くというか、いわば魂という部分に訴えて揺さぶってくるものがあるので。
 
 ここから先は例によって公演感想とは関係のない余談になりますが、私が昔さんざん聴いていた「愛のロマンス」は、母親が頒布会で取っていた世界の国々の本のスペインの回の付録として付いていたレコードに収録されていたもので、転調後のホ長調部分がないというか、ホ長調ではない曲でした。なので、「禁じられた遊び」でおなじみのイエペスバージョンのこの明るい曲調部分にはどうにも違和感があり、以前は素直にこの曲が好きだと言い切れないものがありました。もう一度自分が聴いていた曲を聴きたいと思い、ネットが普及してから時々調べているのですが、一向に出合えませんね。短調+短調で、より切ない感じがする、いかにもスペインらしくて、いい曲なのですが。
 
 「アルハンブラの思い出」の思い出は、しいちゃん(峰丘奈知さん)ですね。私の一番好きなタカラジェンヌである、なーちゃんこと大浦みずきさんが花組トップスターの時の作品で「ジタン・デ・ジタン」という素晴らしいショーがあるのですが、この中で、当時の宝塚でも随一の歌姫だったしいちゃんが歌ったこの曲以上に印象に残っている歌はありません。バーブラ・ストライサンドの名曲「Evergreen」も、なーちゃんのサヨナラ公演のショー「ジャンクション24」で歌ったしいちゃんの歌で好きになり、耳に残ってしばらく忘れられず、原曲と聴き比べてみたくなって、バーブラのベスト盤CDを買ったぐらいですし。オリジナルはオリジナルで素晴らしく、甲乙つけがたいですが。もちろん「ジタン・デ・ジタン」のCD、「ジャンクション24」はCDもDVDも買って、今でもたまに聴いています。「ジタン・デ・ジタン」で知ったジプシー・キングスは、いまだにヘビロテの愛聴盤ですし。
 
 そして、「アランフェス協奏曲」といえば、なんといっても本田武史さんのフリースケーティング。十年以上前のプログラムですが、今でもトップテンに入るお気に入りです。2002年のソルトレイクシティ五輪、本田クンはメダルまであと一歩の4位だったのですが、銀メダルに終わったプルシェンコが欠場を決め、本田クンにメダルの可能性が出てきて、金メダリストのヤグ様ことヤグディンも出るということで、その年のスキーの予定を変更して世界選手権を見に行きました。申し込んでいたツアーをキャンセルし、北海道から長野に行き先を変えて、エムウェーブで男子シングルフリー観戦→志賀高原でスキー→エムウェーブエキシビション観戦といった具合。オリンピックでの悔しさをバネにして、本田クンがメダルにふさわしい演技をしてくれ、大好きなこのプログラムで佐野稔さん以来の銅メダリストになったときには、本当に感激して涙が出ました。今にして思えば、これこそが現在に繋がる日本男子躍進の始まりですから――。本田クンがそれまで固く閉ざされていた世界への扉を開け、大ちゃん(髙橋大輔選手)が殿(織田信成さん)たちと共に道を作りつつ扉の先を歩き、ついにユヅ(羽生結弦選手)が道の先頭に立ちました。そういった意味でもロドリーゴの「アランフェス協奏曲」は特別な曲です。
 
 「アランフェス協奏曲」の名演技を残した本田クンが現役を退いたあと、フィギュア界の不毛地帯だったスペインからハビエル・フェルナンデス選手が台頭してきて、やはりスペイン音楽を滑らせたら彼の右に出る者はなく、独壇場でした。一昨年のフリープログラム「マラゲーニャ」は、パコ・デ・ルシアのギターでプラシド・ドミンゴが歌う楽曲を使い、振付師はアントニオ・ナハーロという、スペインが世界に誇るアーティストたちの力を結集した、これ以上は考えられない渾身の作で、ハビエルはこのプログラムでついにユヅに勝って世界チャンピオンになりました。このナハーロこそが現在のスペイン国立バレエ団の芸術監督です。マラゲーニャの振付も「氷上で重いスケート靴はいて、こんな動きやるか?」という超高度なものでしたが、ハビエルはしっかりと自分のものにして、本当によく踊りこなしていました。これも忘れられない名作プログラムの一つです。