羽生雅の雑多話

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フィギュア好きが好きな髙橋大輔のスケート~2018全日本フィギュア感想

「髙橋大輔のガチの滑りが、また見られるとは」(by本田武史
 
 グランプリファイナルの会場にて、現役復帰した大ちゃんこと髙橋大輔選手についてコメントを求められた元世界王者のブライアン・ジュベールは「最初に思ったことは“クレイジー”」と答えたようですが、最初はクレイジーと思っても大方が彼の復帰を歓迎しているのは、髙橋大輔のスケートが好きで、特に彼が本気で滑ったときに見せてくれるスケートの凄みを知っているからだと思います。冒頭の言葉は、某ドキュメンタリー番組で映された復帰直後のロッカールームで本田コーチが言っていた言葉ですが(細部は間違っているかもしれません)、髙橋大輔のスケートを愛するファンの気持ちがこのひと言に凝縮されているような気がして、思わず「本当に!」とテレビの前で手をたたいてしまいました。
 
 ということで、本田クンが言うように、私も真剣勝負の場での「髙橋大輔のガチの滑り」が見られるだけで嬉しいので、順位はあまり気にしていなかったのですが、全日本でみごと2位になりました。おめでとう。もっとも、ショーマ以外表彰台が確実と思われる若手が見あたらず、2位と3位の二つが空いているので、台に乗れるのではないかと予想はしていましたが。
 
 演技内容は――といえば、2分半のショートはともかく、4分間のフリーに至っては、ジャンプはボロボロ、後半は疲れて見るからにヘロヘロでした。しかし、コレオシークエンスをはじめとするステップを中心としたスケーティングが他の出場選手とは明らかに違い、今なお素晴らしく、観ていて一番心が動かされました。コレオシークエンスで2点以上の加点が付いたのは、他に憶えがありません。
 
 今回「ガチの滑り」を久しぶりに観て、改めて髙橋大輔のスケートは、フィギュアスケートをやっている人間や、かつてやっていた人間、そしてフィギュアスケートという競技自体が好きで選手によらず見続けているような長年のファンが好きなスケートではないかと思いました。特にフィギュアスケートの関係者は、あんなふうに滑ることがどれほど難しいか、滑れることが稀有か、肌感覚でわかっているからリスペクトするのだと思います。中でも、ステファン(ランビエール)とかミーシャ・ジーとか、今期の大ちゃんのフリーを振り付けたブノワ・リショーとか、自分の内に表現したいものがあって、自ら振付をやっているようなスケーターは、髙橋大輔のスケートの表現力に惹かれてやまないのだと思います。練習という努力をすることはもちろんですが、体型や体の柔らかさ、運動能力といったような身体的才能に恵まれ、さらに音に対する感性といったような感覚的な才能も持ち合わせていなければ成し得ないのが髙橋大輔のスケートですから。
 
 大ちゃんの復帰&全日本出場は、優勝した宇野選手にとってもいい影響を及ぼしたと思います。ユヅの欠場によってショーマ一辺倒になりかねなかった世間の話題や注目も二分されましたし。
 
 ショーマは自分自身も含めて誰も自分が日本一だと思っていないと思っているようですが(気持ちはわかります)、たとえそうであっても、さすがに競技選手として4年のブランクがあり数か月前に現役復帰した32才には負けられないと思ったでしょう。まがりなりにも、今年行われた五輪&世界選手権の銀メダリストですから……。
 
 ショートが終わって自分に次いで2位になったのがまさかの大ちゃんで、このまま自分が逃げ切らなければ大ちゃんが優勝ということも現実味を帯びてきて、ユヅと共に現役日本男子を引っ張る存在であるショーマとしては、欠場しているユヅに頼れない以上、足が痛いとか言っている場合じゃないと思ったはずです。本人に自覚はなかったかもしれませんが……。国を代表する選手として連盟から強化費をもらって恵まれた練習をしている選手が、一度引退して競技から離れて、また一から始めて地方大会から這い上がってきた選手に負けていてはダメ――自覚はなくても、それぐらいの矜持はショーマにもあったと思います。
 
 勝ちたい、いい加減勝たなければならないと思っていたとき、ショーマはいい演技ができず勝てませんでした。けれども、負けられない、絶対に負けたくないと思ったとき、ショーマは自分でも納得の演技ができて勝つことができました。フリーの前半はジャンプがアジャストできていませんでしたが、尻上がりによくなって、ここ一番の出来だったと思います。これでショーマも覚醒するとよいのですが……勝ちたいよりも、負けられない、負けたくないという思いこそが、彼が目標としているユヅの強さの理由でしょうから。究極の負けず嫌い――それが羽生結弦であり、彼の飽くなき闘争心の源であると私は思っています。
 
 ユヅは常にショーマには負けられない、負けたくないと、世界王者である自分こそが日本のナンバーワンだと思って戦っていると思います。そして、シルバーメダルコレクターの宇野昌磨に勝つためにはその上のゴールドメダルを獲るしかないから、常にそこに照準を合わせて狙って勝ち取っているのです。勝ちたいのは誰でも一緒。でも、負けられない、逃げることも許されない――そこまで追い詰められて、ようやく人は覚醒し、重圧に潰れずに開き直れれば、普段以上の底力が発揮されて、厳しい戦いにおいて勝利をつかむことができるのではないでしょうか。
 
 女子はいい戦いをしてくれました。坂本選手、文句なしの優勝です。おめでとう。彼女のフリーを見て改めて感心したのはスピードで、特に質が高いと言われているジャンプの下りた後のスピードと、そのスピードがあるから可能になる流れのあるスケーティングが素晴らしいと思いました。どこかのコメントでも見ましたが、彼女のスケートはアーティストというよりもアスリートの滑りですね。でも、それでいいと思います。フィギュアスケートはスポーツなので。
 
 ショートは宮原選手がトップでしたが、彼女の演技を見終わって思ったのは、国内大会ではこの位置に立てても国際大会では厳しいということでした。丁寧でミスがなく品のある演技でしたが、驚かされる技がなく、一つ一つの技の印象も薄いため全体的にインパクトが弱いので、大柄な選手や大技をかます選手が出てきて、前後で迫力のある演技をされたら霞んでしまうと思いました。トリプルアクセルなどという大技ではなくても、しーちゃん(荒川静香さん)のイナバウアーやショーマのクリムキンイーグルのような彼女ならではの見せ技でもあれば、また演技全体の印象も変わってくると思うのですが……。三原選手の演技も宮原選手と同じようなタイプで、単独で観ている分にはきれいに滑っていてよく見えるのですが、坂本選手や紀平選手と比較すると、悪いところもないけど特別目を引くところもなくて印象に残らないという感じです。激戦で層が厚いように見える日本女子ですが、現時点で世界で表彰台を巡る戦いができるのは、坂本選手と紀平選手だけだと思います。