羽生雅の雑多話

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前代未聞の世紀の茶番~2022北京五輪フィギュアスケート女子シングル感想

 女子シングルフリーが終わりました。稀に見る外野がうるさい試合でしたが、そんな最悪の環境下でも出場した選手たちはよくやりました。メダルの結果も妥当だったと思います。

 

 実力がほとんど発揮できなかった暫定4位のカミラ・ワリエワ選手は気の毒ですが、ドーピング検査で陽性になった以上、本来ならば出場資格はないので、今大会でメダリストになれなかったのは必然の結果。何故出場を認めたのか、何故棄権させなかったのか不思議です。あんな世界中を敵に回したような状態で、いつもと同じ演技ができると15歳に対して思ったのでしょうか。思っていたのなら愚かさ極まりなく、そんな愚かな大人たちの犠牲になったワリエワ選手は明らかに被害者で、彼女が責められるのは理不尽です。ワリエワ選手は演技後に「少なくとも、これで表彰式は中止されないだろう」と言ったとのこと。選手として、血のにじむような努力の末につかんだ勝利を称えられる場である表彰式が選手にとってどんなものか価値をわかっていて、それが行われないという意味とその重大性を十分に感じていたのでしょう。多くの選手たちと同じく、表彰式でメダルを受け取ることを夢見てきた少女のごく普通の感覚だと思いますが、人並みにそのように感じている普通の感覚の少女であるワリエワ選手があの状況下で普段どおりに滑れるわけがありません。コーチ陣は何を考えているのか……自分たちの思うままに動く感情のないロボットだと思っているのでしょうか。

 

 特に彼女のメインコーチであるエテリ・トゥトベリーゼコーチの罪は重く、保護対象である年少者に将来的に後遺症が残るかもしれない薬物を与え(直接飲ませていなくても摂取を黙認していることは確実。まだ若くて知識のない選手自身はわからなくても彼女が知らないということはありえないでしょう)、その事実が明るみになったにもかかわらず説明責任を果たさぬまま教え子を世間から隠して批判から守ろうともせず強行出場させ、あまつさえ無理に出場させておいて自分の思いどおりに滑れなかったからといって演技後すぐに詰る――これでもかというほど酷い児童虐待の様子を世界中に晒し、さすがに恥を知れと思いました。しかも失敗した教え子を叱責するのが優先で……讃えられ祝福されるべき金メダリストになりながら、コーチに放っておかれたアンナ・シェルバコワ選手も可哀想でした。コーチや監督は厳しくて当然ですが、未成年者を導く指導者は競技の指導だけでなく、子供たちを心身ともに健やかで真っ当な大人に育てる人間育成についても責任の一端を負っているはずです。接する時間が親より長いこともあるのですから。金メダリスト増産はロシアの国家政策であり至上命令で何か国に逆らえない複雑な事情があるのかもしれませんが、ワリエワ、シェルバコワ、トゥルソワ、コストルナヤ、遡ればザギトワやメドベージェワなど、たとえ何人もの世界大会の金メダリストを生み出す手腕があっても、教え子の人間的な成長を蔑ろにする時点で、トゥトベリーゼコーチは優秀な指導者ではないと思います。

 

 金メダルのシェルバコワ選手は、ショートもフリーも見事な出来栄えでした。彼女も技術力と表現力を併せ持つ選手です。彼女の演技は手足を動かしていない時がないのではないかと思うほど振付が細かく、密度が濃くて息つく暇もありません。なのにミスもなく、一つ一つの技も美しく完成度が高い。銀メダルのアレクサンドラ・トゥルソワ選手は5度の4回転を演技に組み込み、それ自体は本当にすごかったのですが、いかんせん相変わらず全体的な完成度が低い。やはり「跳べばいいってもんじゃない」と思います。ジャンプはそれぞれ基礎点が決まっていて、当然のことながら難しい高度なジャンプほど点数が高く、それを積み重ねていけば高得点が出せる採点システムなので、トゥルソワ選手のようにジャンプ中心の戦い方があっていいとは思いますが、ジャンプで勝負するのなら、せめてジャンプの完成度は上げないと、4回転を跳び表現力もある選手には勝てません。それゆえ今までワリエワ選手に勝てず、今回もシェルバコワ選手に勝てませんでした。本人は納得がいっていないようですが、演技全体の質はどう見てもシェルバコワ選手のほうが上で、妥当な順位です。彼女と自分の演技を見比べて、それでも自分が金メダルだとトゥルソワ選手が思うのなら、フィギュアスケートの良し悪しをわかっていないので、早く誰かが教えてあげるべきです。フリーで4回転を5度跳んだけどステップアウトもあり、フリーとショートともに不完全な演技だったトゥルソワ選手より、フリーの4回転は2回でも両方ともクリーンで、フリーとショートをミスなしで終えたシェルバコワ選手のほうが金メダルにふさわしいことは、フィギュア関係者やファンならば誰もが認めるところで納得がいっていることだと思います。女子では前人未到の歴史的快挙である4回転5回の自分と4回転0回の坂本花織選手の順位の差が結局はたった一つであるという結果が何を意味しているのかを、誰かきちんとトゥルソワ選手に教えてあげてください。それが正しい指導です。

 

 ということで、銅メダルは坂本選手。おめでとう~!! 彼女もショートとフリーともにミスなしのパーフェクト演技でした。4回転もトリプルアクセルもないので、同じくミスなしのシェルバコワ選手にはかないませんでしたが。けれども、オリンピックが始まる前はロシア3強の牙城を崩すのは難しいと思っていたので、本当によかったです。ショートが終わった時点で、たとえ総合3位以内に入ってもワリエワ選手のメダルは無効になると思っていたので、総合4位になっておけば結果的には銅メダルが獲れる、だから訊かれなくてもいいことを訊かれる落ち着かない騒がしい環境だけど周囲の雑音に振り回されずに自分のスケートに集中してほしいと祈るような気持ちで応援していましたが、期待以上にやってくれました。坂本選手は、ジャンプを跳んでから着地までの幅があり、そのあとの流れもあるので、1本のジャンプでの移動距離が長く、助走、ジャンプ、着地後の流れで、同じジャンプでも他のスケーターの2倍は場所を動いていると思います。しかもスケーティングにスピードがあるから疾走感がハンパない。印象の違いを例えるなら、他の選手はモーグルだけど坂本選手はダウンヒル、他の選手は平泳ぎだけど坂本選手はクロールという感じ。どこかでもコメントしていましたが、今回はロシア勢と滑ることで、坂本選手のスケーティングの質の高さがより際立ったように思えます。暫定5位の樋口新葉選手も、転倒がありましたが、全体的にいい演技でした。繊細さより力強さが感じられるスケートで、その点坂本選手と似たタイプなので、ジャンプの質やスピード感などを比べられて少々割を食ったかもしれませんが、そんな中でも坂本選手にはできないトリプルアクセルを決めるなど、十分にらしさを発揮できていたと思います。

 

 ロシアの選手たち――とりわけトゥトベリーゼ門下の選手たちのスケートは技術的には素晴らしいのですが、年齢に応じた身体の成長など、人間に必要な何かを犠牲にし、それと引き換えに手に入れた能力のように思え、不自然で違和感をおぼえます。『北斗の拳』で寿命を縮める秘孔を突いてパワーアップしているような……。そもそもジュニアからシニアに上がった年は、体が未熟だったり成長途中だったりで、まだ十分に鍛えられていない上にフリーの時間が30秒長くなるので、後半はスタミナ切れを起こすことが多いのですが、振り返ればワリエワ選手は全然そんなことはなく、オリンピックまで全戦全勝でした。トゥルソワ選手の5度の4回転も、男子で五輪連続表彰台の実績を持つショーマですらゼエゼエしながらこなしている最高難度の構成です。シェルバコワ選手の体形はどれだけ節制しているのかという細さですし。検査で引っかかったのはワリエワ選手だけでしたが、トゥルソワ選手もシェルバコワ選手もその他の選手も、本人たちが知らぬうちに何かを飲まされているのかもしれません。今回の騒動でもまったく動揺を見せないトゥトベリーゼコーチを見ていると、確信犯で、国策を理由にそれくらいは平気でやっていそうな気がします。潔白ならば、出るところに出て、それを証明すればいいだけです。彼女の教え子たちが今後どうなるのか、どうするのかはわかりませんが、ワリエワ選手はまだ若い上に、技術力と表現力の両方を高いレベルで併せ持つ真に才能があるスケーターなので、コーチを変えて再起を果たし、次のオリンピックでメダルを獲って、北京の悪夢を払拭してほしいですね。4年後でもまだ19歳なのですから。

 

 今回の騒動は世紀の茶番で、二度とあってはならないことですが、一つだけ楽しいことがありました。かつてオリンピックの銀盤を彩った往年のスケーターたちのコメントがたくさん読めたことです。アシュリー・ワグナーキム・ヨナイリーナ・スルツカヤサラ・ヒューズ、タラ・リピンスキー、そして氷上のカルメンことカタリナ・ヴィット……リンクを去ったあとも、みんなスケートを愛していて、スケート界を見守り、後に続くスケーターたちの活躍を気にかけているのだなぁと思いました

 

※2月20日追記

 ただいまエキシビションを見終わりました。ユヅは「春よ、来い」、ネイサンはショートの名プログラム「キャラバン」のバックフリップ入りバージョン。メダリストが集まるエキシビションを見て、やはり頭一つ突き抜けていて他とは格が違うと思ったのは羽生結弦、ネイサン・チェンの男子シングルの二人と、アイスダンスのガブリエラ・パパダキス&ギョーム・ジゼロン組。特にフリーのジゼロンはまるでバレエダンサーのようで、スケートをしながらここまでバレエ的な美しい肉体表現ができるのかと驚き、目を瞠りました。「キャラバン」のネイサンもストリートダンサー的な凄さを発揮していましたが。ユヅは手の使い方が上手くなったことで音の取り方が格段に進歩し、それによって音楽表現も進化しました。今回の「春よ、来い」にもそれがよく表れていたと思います。ジャンプを跳べなくても、ジャンプが決まらなくても、ジャンプなしでも魅力的な演技ができるスケーターになりましたね。