羽生雅の雑多話

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五輪銀と世界ランク1位でも手の届かない異次元の領域に入った五輪王者・羽生結弦のスケート〜2021全日本フィギュア感想

 昨日が仕事納めで、今日からようやく待ちに待った長期休暇です。この休暇中になんとかまだ記事にできていない仙台&出羽三山と奈良&高野山の遠征記をアップできればと思っています。9月と11月のことなので、もはや備忘録みたいなものですが。

 

 さて、日曜はさいたまスーパーアリーナで全日本フィギュア男子シングルフリーの試合を観てきました。心から来てよかった、観られてよかった、この会場にいることができた幸運を感謝したいと思った素晴らしい戦いでした。羽生、宇野、鍵山、三浦、友野までの1~5位はいずれの選手も文句なしにスタンディングオベーション、13番滑走のフリー8位総合9位の壷井達也選手にも立ち上がって拍手を送ってきました。

f:id:hanyu_ya:20211228193325j:plain26日の滑走順リスト

 

 壷井選手はショート12位で第3グループの1番手だったのですが、ほぼノーミスの演技で、第2グループと第3グループのあいだにはこれほど大きな差があるのだという格の違いを見せてくれました。そして同グループの5番手、17番滑走は2019ジュニアグランプリファイナル金メダリストの佐藤駿選手。後半のジャンプでミスが続いて総合7位でしたが、冒頭の4回転ルッツで、世界大会ゴールドメダルホルダーのレベルの高さを見せつけてくれました。あまりの出来栄えのよさに、加点が気になって帰ってからプロトコルを確認したら、思ったとおり4.44も付いていて、単独ジャンプで16点という驚異的な数字をたたき出していました。4回転アクセルが実現していない今、4回転ルッツは最高難度です。しかも佐藤選手はまだ17歳。末恐ろしいです。「第3グループでこんなすごい4回転跳んでいるけど、最終グループどうなの? 大丈夫?」と思っていたら、続く友野一希選手もクリーンな3回のクワドと、氷上のアーティストとして知られるミーシャ・ジー振付の密度の濃い「ラ・ラ・ランド」を軽快に踊ってくれ、今季グランプリシリーズロシア大会3位の実力をいかんなく発揮。まだ上位6人を残した時点でこんな状況だったので、「このあとの表彰台争いは、これ以上のどんな演技を見せてくれるのか」と、ゾクゾクするようなワクワク感でいっぱいでした。最終グループでも全日本ジュニアチャンピオン、弱冠16歳の三浦佳生選手がそれまでとは段違いの勢いを感じさせるスピード感のある会心の「ポエタ」を見せてくれ、端正な山本草太選手の演技を挟んで、いよいよSPトップ3が登場。タイプが違う3選手がそれぞれに異なる持ち味を見せて、存分に魅せてくれました。

 

 まずは鍵山優真選手。テレビで観ていると、線が細いというか貧弱な感じで、上手さより迫力のなさのほうが気になり、同世代では佐藤選手や三浦選手のスケートのほうが好みだったのですが、初めて生で観て、柔らかなスケーティングに驚きました。テレビ観戦ではまったく伝わってこなかったので……単に見る目がないだけかもしれませんが。軽くショックを受けて、思わず「うわ、なんじゃこりゃ」という声が出そうになり、マスクの下でモゴモゴしてしまいました。全然力みが感じられないというか……ちょっとここ近年では記憶にないタイプ。かなり過去に遡れば、私をフィギュアの世界に引き込んだスコット・ハミルトンに通じるような気もしました。何分はるか昔のことで、彼のスケートもうろおぼえではありますが……。それでいて4回転は失敗しそうにないというか、ふわりとやさしい動きの中に確たる安定感があり――いやはや、現世界ランク1位は伊達ではありません。やはり生で観るのは違うと改めて思いました。大人になりきっていない18歳の今だから可能なスケーティングかもしれないので、これから体も技術も成長していく中でどう変化していくのか、大いに楽しみです。

 

 続いての滑走は、ショーマこと宇野昌磨選手。打って変わって気迫あふれる力のこもった演技でした。途切れるところがなく、息継ぎする暇がない、ひと息つけるところがない濃密なプログラムを懸命に、渾身の力で滑っていました。観ているほうもつい力が入ってしまい、終わったときには一緒になって疲れて息切れしているような感じ。なので、しいて難を言えば、もう少し余裕のなさが表われなくなるといいと思いました。今は見るからにいっぱいいっぱいという印象ですから。

 

 そしてトリは、ユヅこと羽生結弦選手。手に汗握るようなショーマの熱演後でしたが、リンクに出ると一瞬で空気を変え、会場内に静けさをもたらしました。こんなことができるようになったのかと感心していると、にわかに胸がドキドキしてきました。ユヅが勝てるかどうか心配しているのではなく、どんな演技を見せてくれるのか、期待で緊張しはじめたのです。

 

 このブログでもわりとしつこく書いてきましたが、私は長らくユヅの演技に物足りなさを感じていました。技術的には問題がなく試合で勝てても、手や腕を含めた体全体の使い方に不満があり、王者ならもう少し細やかに隅々まで気をつかって、もっと表現面を向上させてほしいと願い、注文を付けてきました。しかし平昌オリンピック後は、五輪2連覇王者というアマチュアスポーツ選手の頂点を極めながら彼はその立場に甘んじず、新たな目標を掲げて、それに向かって努力を続けてさらに上手くなり、ショーマからタイトルを奪還した去年の全日本あたりから、私が彼に求めてきた、高い技術と豊かな表現を融合させた、スポーツであり芸術でもある究極のパフォーマンス――「頂点を極めた者にしか辿り着けない頂のその先のスケート」を見せてくれるようになったので、今回も元々期待しかなかったのですが(勝ち負けに関しては、ユヅが勝ってもショーマが勝っても、どちらでもよかったので)、フィギュア観戦で緊張をおぼえるのは初めてだったので、けっこうビックリしました。

 

 世界初のクワドアクセルは成功しませんでしたが、最初に大技にチャレンジして体力気力を大幅に消耗しながらも、けっして勝負を放棄せず、4Aのあとは他を寄せ付けない、8か月ぶりの公式戦とは思えない、最後まで集中力の切れない完成度の高い演技を披露してくれました。完成度が高いだけでなく、とにかく内容が濃い。ショート4位フリー12位で総合8位の山本選手なんかはジャンプを跳ぶ前に何でそんなに進路を見るかなと思うぐらい助走が長いのですが、ユヅやショーマはその間にいくつかの振りをこなします。ショーマの場合は、たとえポージング時間が1秒であっても、とりあえず多くの振りを入れるといった感じで、まだまだ頑張って入れていますという雰囲気があって、やや慌ただしさが拭えないのですが、今のユヅは、一連の動作の一つとして流れるようにジャンプの前後に振りを入れてきます。それが今の二人の差かもしれません。たまたま印象に残っている山本選手を例に挙げましたが、他の選手も同様で、ユヅとショーマが特別なのです。殿こと織田信成さんも「そっからなんで跳べるの~」とツイッターでつぶやいていたので、日本代表として国際大会で活躍したプロスケーターレベルでも、準備や助走なしでは4回転や3回転アクセルなどの高難度ジャンプは跳べないのが普通なのだと思います。

 

 そして、ユヅとショーマは手が遊んでいる時がなくなりました。足が器用にせわしくなく動いているのに、手や腕などの動きが鈍かったり指先など隅々まで神経が行き届いていないのは、やはりアンバランスで、上半身が物足りなく見え、必然的に演技全体の完成度が低く見えます。純粋にスケーティング技術で競うコンパルソリーなら足の使い方が上手ければよかったかもしれませんが、ショートプログラムとフリープログラムでは技術力の他に表現力も求められます――現に両方の点数が別々に出ますし。そして表現力が評価されるのは足だけではないのです。二人のプログラムは4分間で演技をしていない時がなくなり、その結果、ジャンプやスピンといったエレメンツの構成だけでなく、全体的により密度の濃い演技になっていました。実際、ユヅの演技中には息が詰まって、「なるほど、息づまるって、こういうことか」と今さらながら実感しましたし。知らず知らず呼吸するのを忘れて息を止めていたのですね。

 

 2度のオリンピックを経て、頂点を極めた者しか辿り着けないその先の世界に進み、そんな己を自覚して(オリンピック3連覇の権利を有するのは自分しかいないという発言に、頂点を極めた者としての自覚を感じました)、羽化したようにさらなる進化を遂げたユヅと違って、ショーマは初五輪後はしばらく低迷し、ステファンに師事するようになってようやく以前のレベル――世界大会でメダル争いができるところまで復活。今季は伸び悩んでいたスケート自体も総合的に上手くなり、今大会の演技は全日本チャンピオンになってもおかしくない出来栄えでした。事実、2年前まで4連覇していたときよりも上だったと思います。ここ数年で最高といってよい、あれほど素晴らしいパフォーマンスをしても優勝できなかったので、羽生結弦という規格外と同じ土俵で戦わなければならないショーマの不運が少々気の毒になりましたが、そもそもユヅがいなければ、ショーマもここまで成長できなかったはずなので、まさに禍福は糾える縄の如しといった感じで(喩えがビミョーかもしれませんが)、運命の神様は容赦ないな~と思いました。しばらく勝てないかもしれませんが、それでも志を高く持って、挫けないでほしいですね。

 

 全日本フィギュアのシングルの試合は24人が出場し、まともに全部を観戦すると4時間以上かかるので、仕事帰りに行ってちょうどいい最終グループの手前――第3グループぐらいから観はじめることが多いのですが、今回は日曜で、しかも受付前に行列ができているとニュースで報じられていたので早めに行き、思っていたよりも時間がかからず入場できて試合開始に間に合ったため、1番滑走から観戦しました。全日本の場合、上位は世界大会メダリストクラスの実力者ですが、下位は予選である地方大会を勝ち上がってきた選手で、正直なところ大学の部活動レベルもいて、前回までは見ていられず、第1、第2グループの時間帯は席を立って、長丁場を凌ぐため売店や会場外の店で腹ごしらえをしていました。しかし今回は見ごたえがあったので、初めて最初から最後まで観ました。通路から遠い席で、頻繁に出にくいという理由もありましたが。途中1度だけトイレに行き、混みそうな整氷時間を避けて第2グループの6分間練習時を選びましたが、それなりに混んでいて開始までに戻ってこられなかったので、7番滑走の大島光翔選手だけは観られなかったのですが、それ以外の23人の演技を観て、日本の男子は確実にレベルが上がっていると思いました。3年連続表彰台のあと2年連続4位で、平昌オリンピックの代表でもあった田中刑事選手も、今大会のフリーは第3グループで、最終的にも11位というトップ10を逃す厳しい結果。けれど、今回の演技の出来と今の実力ではそれも納得で、妥当な順位です。田中選手自身も引き際だと感じたようですし。ともあれ、若手の台頭を感じた大会でした。早くも4年後が楽しみです。

f:id:hanyu_ya:20211228201157j:plain大会のパンフレット。女子シングルの紀平梨花選手とペアの三浦璃来と木原龍一の両選手は欠場でした。男子は表紙の三人が表彰台に乗りましたが、女子は台乗りを果たしたのは向かって一番左の坂本花織選手だけ。どういう基準で表紙のメンバーを選んでいるのでしょうね。パンフ巻頭のスケ連会長のあいさつ文でグランプリファイナルが中止になったことが触れられていたので、パンフの制作は12月中旬ぐらいだったと思うのですが……。