羽生雅の雑多話

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京都・滋賀寺社遠征 その1~今熊野観音寺、革堂 行願寺、(清水寺)、六波羅蜜寺、六道珍皇寺

 前夜からの雨も止み、天気はいいけどエラく冷え込んだ文化の日西国三十三所札所の特別公開を中心に寺社巡りをするため、先月に続いて関西に遠征しました。「行きたい」とか、「いつか行こうと思っている」というのは、たいてい行かずに終わるので、自分の行動を後押ししてくれる特別な機会というのは極力逃さないようにしています。
 
 ということで、二泊三日の初日は、京都に向かう新幹線がいきなりトラブル。電力設備に不具合が生じたとかで新横浜~小田原で停車、送電も止まり、しばらく非常灯だけになりました。とはいえ、晴れの日の午前中なので別段暗いというわけでもなく、時間も15分ほどで復旧してくれたので、特に問題はありませんでしたが。しかしながら、今回は京都下車のあとは指定列車の乗り継ぎもなくフレキシブルな日程だからよかったのですが、これが船の出航時間とか決まっていた前回だったら、例によって途方に暮れていたでしょう。特別いいことはないし、あっちこっち行ったりあれこれやっているので必然的にいろいろなことがありますが、何かあってもいつも最悪だけは免れてどうにかなっているなと思う人生です。ラッキーとはとても思えませんが、よくよく考えればラッキーなんだろうという感じ。
 
 運転再開後、新幹線はガンバってくれて、約8分の遅れで京都駅に到着。経験上、この時間だと確実に休日の京都や大阪はロッカー難民だとわかっていたので、改札内が空いていなかったら石山まで行って石山寺からまわろうと思いつつ、ダメもとで行ってみたら、やっぱり空きなし。「もしかして地下なら穴場かも……」と、あきらめ悪く行ってみたら、臨時の荷物預かり所が開設されていたので、500円と小型ロッカーよりちと高めでしたが、こんなところで200円ケチって時間を無駄にしてもしょうがないと思い、キャリーバッグを預かってもらうことにしました。
 
 京都駅で身軽になれたので、この日は京都をまわることにし、まずは市バスに乗って泉涌寺道バス停で降り、第15番札所の今熊野観音寺へ。御寺こと泉涌寺は京都の数あるお寺の中でも好きなお寺で、『武蔵野~』執筆中には毎年のように訪れましたが、泉涌寺山内にある今熊野観音寺は一度立ち寄ったことがあるだけ。今回は前回見られなかった内陣が拝観でき、御本尊も御開帳しているので行ってきました。
 
 場所はわかっているので、サクサク参道を歩く途中、突然大失態をおかしたことに気づいて足が止まり、またもや内心蒼白に。預けたキャリーバッグに朱印帳を忘れてきてしまいました。あイタ~という感じ。「まあ、今日はお寺巡りだから」とどうにか気を取り直して、再び歩きはじめました。朱印帳は神社用とお寺用で分けていて、神社用は仕事や他の用で遠出をするときにも極力持ち歩くようにしているのですが、そういう時は寺社参りが目的ではないゆえ、さすがに2冊は持てないので、時間があってたまたま寄ったお寺では、紙で御朱印をいただくこともあります。なので、まあいいかと自分を納得させたのですが、お寺用朱印帳高野山で買った「こうやくん」(高野山キャラクターの平成の高野聖)柄なので、弘法大師ゆかりのお寺の御朱印朱印帳にいただきたかったというのが本音。
 
 長命寺では内陣拝観でも御前立しか見られませんでしたが、今熊野観音寺では両方を見ることができました。修復されたばかりの御前立もよい像でしたが、弘法大師作と伝わる御本尊はやはりそれ以上。さすがは多芸多才な空海、改めてスーパーマンだなと思いました。平安仏特有のやや幅広のお顔は、美しいと素朴のあいだで、那智の補陀洛山寺の千手観音像を思い出しました。今熊野観音では内陣を拝観すると記念の散華をいただけるのですが、そちらに御朱印も可能とのことだったので、紙ではなく、散華にいただくことに。これはこれで参拝の記念になりました。

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 時間がないので泉涌寺はパスし、第16番札所の清水寺でも三重塔を特別開扉しているので、市バスに乗って東山通を上り五条坂に出ようと思いましたが、東福寺バス停が外国人観光客で混んでいたので、駅まで歩いて京阪電車神宮丸太町に出て、第19番札所の革堂こと行願寺へ行くことにしました。
 
 革堂も御開帳で、こちらも安定感のある、ほんわかした感じの、見るからに平安仏という御本尊でした。慶派に代表される端正な鎌倉仏とは明らかに異なります。そして、なんといっても圧巻は手。はじめは何か衣を纏っているのかと思いましたが、よく見ると脇手にいくつもの小さな手が彫られていました。もしかしたら40本の脇手1本1本に24本の手が彫られていて、全部合わせれば千手になるのかもしれません。最初は何本もの指が袖のフリルのように見えたのです。神社にハマる前は仏教美術としての仏像を見まくっていたのですが、千手観音の千手をあんなふう表現している像は記憶になく(忘れているだけかもしれませんが)、新鮮でした。また、天井画ならぬ天井彫も見事でした。信行寺の若冲天井画に鳥を加えて目黒雅叙園の漁樵の間の天井みたいな浮彫で表現したとでも言いましょうか……足して2で割った感じです。いずれもそれぞれに素晴らしく、見ごたえのある作品ですが。
 
 革堂は聖徳太子弘法大師といった大物にゆかりのあるお寺ではないので、あまり期待していなかったにもかかわらず良いものを見せてもらったので、すこぶる上機嫌だったのですが、河原町丸太町バス停から乗った市バスを清水道バス停で降りたとたんにゲンナリ。予想はしていましたが、参道のあまりの人の多さにお寺に着く前に疲労困憊して、三重塔を見たら本堂参拝はやめて、さっさと茶わん坂を下りてきました。
 
 清水寺が激混みなのはわかっていて、よほどのことがないかぎり近年は近寄らないようにしているお寺なので、行ったら音羽の滝とかにも寄ろうと思って時間を多めに取っていたのですが、想像以上の人口密度の高さに気が萎えて、三重塔以外の拝観をあきらめ時間が余ったので、第17番札所の六波羅蜜寺へ行くことに。このお寺は5日から特別内陣参拝が始まるので土曜に行く予定でしたが、公式ホームページにこの日は弁財天特別祈願会があり4時まで福銭授与と書いてあったので行ってみることにしました。しかし授与している様子がなく、例によって御朱印授与所で聞いてみたら2時までとのこと。「そうですか」と言いつつ本堂を出て、さては14時の見間違いだったかとスマホでもう一度ホームページを確認してみたけど、やっぱり4時になっていました。まあ、ないものはないと思うので、何も言いませんでしたが。「浄土の鳥」みたいに集めているというわけでもありませんし。
 
 せっかく来たのに手ぶらで引き上げるのもなんなので、宝物館で空也上人像を見、お守り授与所をのぞいたら、長年コレクションしている覗き瓢箪キーホルダーがあったので購入。覗き瓢箪とは、プラスチック製の瓢箪で、口から覗くと何かが見えるというものです。大きめのキーホルダータイプと小さめの根付タイプがあります。お寺で購入するものは御本尊の絵姿が見えることが多いのですが、金沢は兼六園、京都は舞妓の絵など、観光名所バージョンもあります。瓢箪ではなく小槌やほら貝の形をしているものもあります。現在40個ぐらい集まっていて、この日は今熊野観音寺でもゲットできたので、その点は収穫でした。
 
 六波羅蜜寺を出たあと、まだ間に合いそうだったので、秋の特別公開をしている近所の六道珍皇寺へ。何年か前の特別公開の時に一度来ているので今回はさらっと一巡しただけですが、はじめて来たときには熱心に説明を聴き、御朱印も金文字のものをいただきました。閻魔大王小野篁を祀るお寺というのも貴重だったので。
 
 平安時代→江戸時代→縄文時代と興味は移っていますが、もともと平安オタクなので、小野篁を無視することはできません。なにしろ、遣唐使まで任じられた学者であり、百人一首にも採られた歌人であり、小野氏で従三位参議まで出世した政治家であり、冥府の役人なんていう人、他にいませんから。冥府の役人以外は歴史的事実ですし。空海安倍晴明、良源に匹敵するあやしい人物ですね。
 
 冥府へ通う篁の通勤路だったという井戸を見終わって出てきたら4時半近くだったので、今から他所へ行っても寺社関係はほぼ閉門時間なので、京都駅に戻り、早めの夕食を摂ることにしました。午前に比べて午後の寺社巡りは今一つで、このまま一日を終えるのも不本意だったので、尻すぼみ感を払拭するためにはおいしいものを食べるのが一番と思い、JR京都伊勢丹のレストラン街にある「松山閣」へと向かいました。京都で湯葉料理が食べたいときに行く店で、京都駅に伊勢丹ができたときから度々利用しています。駅ビル内の店にしては高めですが、本店よりも断然割安感がありますし。本店は高いし遠いので、残念ながら一度も行ったことがありません。
 
 湯葉御膳と伏見の銘酒「玉乃光」を冷酒でもらって、湯葉と鯛のお刺身、松茸と鱧の土瓶蒸し、蕪蒸し、湯葉桶、えび芋の焼き物を味わいました。えび芋最高。シメは松茸の炊き込みご飯と赤出汁の湯葉のお吸い物と柿のデザート。秋はホントに食べ物が美味しいです。
 
 飲みながらのんびり食事をしましたが、店を出るとき、けっこう並んでいる人がいてビックリ。駅ビルらしからぬ価格のせいか、ここだけは空いていていつも待たずに入れる感じだったので、時代は変わったなと思いました。
 
 地下に寄って預けた荷物を引き取ると、11月の京都のホテルは取れない&高いので、草津駅まで行き、駅前のホテルにチェックイン。これにて一日目終了です。