羽生雅の雑多話

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北斎ほど巧い画家はいない?~祝・すみだ北斎美術館開館

 昨日は撮影の立ち合いの仕事で朝から終日スタジオに籠っていたのですが、たびたびセットを変えたりライティングを調整したりするので、適当に間があり、そんな時は持ち込んだ別の仕事がなければ、スタッフの方々と雑談をして過ごします。

 この日は、制作会社のデザイナーのKさんが日経おとなのOFFを買ってきて、その付録の若冲クリアファイルをくれるというのでありがたく頂戴し、同じく付録として「2017年必見の美術展ハンドブック」なる冊子がついていたので、それを見ながら、先日オープンしたすみだ北斎美術館の話題になりました。スタイリストのSさんがさっそく行ってきたと言うので、どうだったか話を訊くと、「サントリー美術館から一人学芸員がほしいくらい思いっきりお役所仕事で明らかに墨田区天下り施設」という、気持ちがいいくらい激辛の感想でしたが、とはいえ所蔵する二大コレクションは見に行く価値があるので、年間パスポートを買ったとのこと。3000円だから企画展に3回行けば元が取れるそうです。なんて格安。

 それから、古今の日本の画家の中でも屈指の高い国際的評価を得ているにもかかわらず今まで北斎の名を冠する美術館が長野の小布施にしかなかったのが不思議だという話に。「墨田区民があまり乗り気じゃなかったみたいですね。今回も新たなハコモノを造ることに反対していた人が多かったみたいだし。お膝下でありながらスカイツリーの恩恵もなかったから」と私が言うと、「でも、墨田区が世界に誇れる唯一のものですよ」とプロデューサーのMさん。確かに、スペインのフィゲラスは地元出身のダリを最大限に使って観光客を呼んでいることを思い合わせると、あまり町興しが上手くないような気がして「まあ、そうですよね」と相づち。なにしろ水星のクレーターにも名前が付けられているくらい、世界でもっともメジャーな日本人画家と言ってよい人物で、うちにはブルージュで買った「神奈川沖浪裏」柄のゴブラン織りのミニクッションがあるし、今夏にフリードリヒの絵を見に行ったハンブルグで寄った美術工芸博物館でも「北斎とマンガ展」という企画展をやっていて、たいそうな賑わいを見せていたので、まったくもって異論はありませんでした

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 で、スタッフ一絵も字も巧いMさんの「北斎ほど絵が巧い画家はいない」という評価にみんなでうなずいて、「世界でも匹敵するのはダ・ヴィンチぐらいじゃないですか」と私が言うと、「フェルメールも巧いですよ」とMさん。それにSさんも同意して、「レンブラントはどうですか」とMさんに訊くと、「普通だね。あのくらいなら他にもいる」という回答。

 光と影の魔術師といわれるレンブラントを普通と評する会話が俄然楽しくなってきたので、「たしかに。レンブラントは明らかにカラバッジョの影響を受けていて、カラバッジョを見ると無難に見える。フェルメールは巧いとは思うけど、暗いというか地味ですよね。好きな人はすごい好きだけど、巧いと思うのと好きというのはまた別で…北斎のほうが格段に巧いけど広重のほうが人気があるし。私も一番好きな絵師は春信だし、ダ・ヴィンチよりラファエロのほうが好きだし」と調子に乗って言いたいことを言うと、「広重はともかく、春信はちょっと毛色が違いますよね」とSさん。さらに冊子を繰りつつ、「来年春信展もあるみたいですよ」と教えてくれましたが、先に冊子を見て知っていたので、「そうみたいですね。でも、千葉市美術館だから、小林さんの肝いりだと思いますよ。だったら前回と同じラインナップじゃないでしょうか」と言うと、「じゃあ、きっとそうですね」と即納得してくれました。

 私は幕末を舞台にした小説を書いたぐらいですから、江戸時代の文化にも当然興味があり、ジャンルを問わず様々な作品を玉石混淆でたくさん見てきました。絵師では鈴木春信が好きで、北斎も広重も絵は持っていませんが、春信は木版画で復刻されたものを見つけるたびに買い集めたので、十何枚か持っています。なので、2002年に江戸時代の浮世絵展とかいう集合展ではなく、単独で鈴木春信展が開催されたときには「よくぞ企画してくれた」と小躍りするような気持ちでした。その時の会場が千葉市美術館で、館長は小林忠さんでした。当時すでに小林さんは浮世絵研究の権威だったので、なんで千葉の美術館の館長なんかやっているのかと不思議でしたが、おかげマイナーファンには嬉しい非大衆的な美術展も多く企画されたのでよかったです。中村芳中展とか誰が行くんだろうと思いましたが。

 最近は河鍋暁斎展、歌川国貞展など浮世絵も絵師単位の個展が多くなりましたが、小林さんはその潮流を作った功労者ではないでしょうか。昔は広重と北斎以外は知名度が低くて単独では客が呼べないと言われていて、個展などあり得ないとされていましたから。

 その後小林さんは2013年に箱根にオープンした岡田美術館の館長に転身。同館は当初はパチンコ屋が金に飽かせて集めたコレクションを展示する美術館などとも言われていましたが、小林さんを館長に迎えた成果なのか、近年発見された若冲歌麿の名作を所蔵することになり、浮世絵ファンには無視できない美術館になりました。新興ながら今では確固たる地位を築いて独自の存在感を放っているといってよいと思います。

 以下、Sさんとの会話の続き。
 
羽生「ところで、すみだ北斎美術館には応為の絵はないんですか?」

Sさん「北斎以外はあまりないみたい」

羽生「ポーラかどっかの美術館にある彼女の絵、好きなんですよ」

Sさん「あの夜の?」

羽生「そうそう」

Sさん「美人画は応為のほうが巧いって、北斎本人も言ってるしね。北斎は巧いけど色気がない」

羽生「あ~たしかに」
 
 ちなみに、応為とは北斎の娘で、父親と同じく絵師として活躍し、「夜桜美人図」というたいへん美しい作品を残しています。泉涌寺楊貴妃観音を見たときと同じぐらい初見の印象が強烈で、以降忘れられないアート作品の一つです。この絵の光と闇の表現はレンブラントも顔負けの見事なものですが、彼女は鎖国中の日本で生まれ育ち、女だから世間も大して広くなく、影響を受けたのは画狂人を名乗る頑固な親父ぐらいで、絶対にカラバッジョをはじめとする西洋画家の影響はないわけだから、みずからの感性と画力であの絵を生み出したということになります。そう考えると、よりいっそう素晴らしく思えますあとで調べたら、所蔵はポーラではなくメナード美術館でしたが。

 また、Sさんと話しながら見ていた「2017年必見の美術展ハンドブック」の表紙はアルチンボルドだったので、ウィーン美術史美術館展でもあるのかと思ったら、個展をやるみたいなので驚きでした。しかも会場は国立西洋美術館(ザ・世界遺産)! Sさんは「個展なんて、そんなに作品が集まるのかな」と言っていましたが、私はそれ以前にそんなに作品があるのかと思いました。けれど、集まれば壮観で、国芳タイプなので、見に行く人は多いと思います。もちろん私も行きますし。Sさんの来年の必見はブリューゲルの「バベルの塔」とのこと。久しぶりの来日で、これが観られるのなら他の作品がどんなにショボくても満足と言い切っていました。こちらの東京会場は東京都美術館。相変わらずいい仕事しています。

 四方山話で画家とか美術関係の固有名詞に反応してくれて会話が成り立つ人って、残念ながらそんなに周りにいないんですよ。なので、かなり心が洗われたので、日常のひとコマですが記事にしてみました。今後も可能なかぎりよいものに触れて、できるだけ実のある話をしたいものです。