羽生雅の雑多話

引越してきました! 引き続きよろしくお願いします!

冬ぼたん→ミイラ→出雲と大和

 先々週の金曜は、仕事を3時半で切り上げて、上野に行ってきました。

 

 まずは、時間的に4時半の閉苑に間に合いそうだったので、上野東照宮のぼたん苑へと向かいました。上野はミュージアム街なので、劇場街である日比谷と同じぐらいしょっちゅう訪れていて、時間に余裕があれば寄るので東照宮にも何度も行っているのですが、何故かぼたん苑が開園しているときにあたったことがなく、一度も見たことがなかったので。ぼたん苑を見るためだけに、わざわざ上野まで行くことはありませんし。

f:id:hanyu_ya:20200213152312j:plain冬ぼたん其の一「島大臣」(だったような……うろ覚え)。ちなみに、冬ぼたんは寒ぼたんとは違うそうで、寒ぼたんは単純に低温で開花する冬咲きの品種で、冬ぼたんは春と夏に寒冷地で開花を抑制し、秋に温度を調整して冬に開花させるという栽培技術を用いて咲かせたもの、とのことです。

f:id:hanyu_ya:20200213152400j:plain冬ぼたん其のニ「八千代椿」(だったか?)

f:id:hanyu_ya:20200213152508j:plainみんなこんなふうに藁ぼっちをかぶっていました。

f:id:hanyu_ya:20200213152610j:plain冬ぼたんと五重塔

 

 ギリギリの入苑で誰もいなかったので、これ幸いとぼたんの前に座り込んで写真を撮っていると、スタッフに声をかけられ、「門が閉まるという放送が流れていますが、大丈夫なので、ゆっくり見てください」と教えてくれました。私がいた場所はまだ苑の四分の一ぐらいだというので、そのあとは少々早足でまわりましたが。

f:id:hanyu_ya:20200213152823j:plainぼたん苑内にある枯山水の日本庭園前より、五重塔、紅梅、夕月、そして藁ぼっち冬ぼたん三姉妹……絵に描いたような素晴らしい光景でした。

f:id:hanyu_ya:20200213152901j:plain反対側は東照宮社殿。上野公園は世界遺産まであるミュージアム街であり、なおかつ東照宮寛永寺など徳川将軍家ゆかりの史跡もあるので、ある意味、東京随一の文化スポットだと思います。

 

 ぼたん苑を出ると東照宮の人が待機していて、すでに閉まっていた門を脇から開けて出してくれました。

 

 その後、東京都美術館へと向かい、現在開催中の特別展「ハマスホイとデンマーク絵画」は興味がなかったので見ませんでしたが、特別展開催中の金曜日で、お気に入りのミュージアムレストランであるサロンが8時まで開いているので、そこで早めの夕食を摂ることに。特別展コラボメニューも今回は好みではなかったので、シェフのおすすめ料理の内容を訊き、イベリコ豚のソテーだというので、そちらのプリフィックスコースを頼みました。もちろんテタンジェも一緒です。このシャンパーニュを飲めることが、上野でこの店を選ぶ最大の理由なので。

 

 腹ごしらえを終えたあとは、店を出て東京都美術館を後にし、科学博物館へ――開催中の特別展「ミイラ」を見に行きました。今さらエジプトのミイラには興味がなかったのですが、アイスマン即身仏が見たかったので。アイスマンは説明だけで本体は来日していなかったのですが、宥貞仏はもはやミイラというよりも香煙のせいで黒ずんだ仏像のようで、ありがたい感じがしました。

 

 それにしても、かなり衝撃的な展覧会でした。ミイラをただ展示物として見せるだけではなく、研究分析し判明したことを詳しく説明しているので、これまでにないミイラ展示で斬新ではありましたが、昔と違って今は最新の技術でグルグル巻きでも中身が解析でき、本体が見えなくてもどんな体勢でミイラになっているのかがわかる時代。しかも、その人物の性別も、およその年齢も、病気や怪我までもわかるということが、ミイラそのものより衝撃でした。物証が残っているものは、そのうち謎なんかなくなるのかもしれません。

 

 科博は常設展示が好きで、周囲で開催されている特別展がイマイチで予定より早く見終わって中途半端に時間が余るとよく訪れたのですが、今回はあまり時間がなかったので、ざっと見て終わり。上野動物園のパンダがここにいることは知っていましたが、南極観測隊のジロがいることは記憶になかったので驚きでした。けれども、一緒にいる犬は兄弟のタロではなく忠犬ハチ公……。ではタロは今どこにいるのだろうと疑問に思いました。

 

 最後に、よくマラカイトなどの鉱石を買うミュージアムショップを覗いたのですが、欲しいと思った物はとても衝動買いをするような値段ではなかったので断念。そうこうしているうちに7時半を過ぎたので、8時で閉館の科博を出て、9時まで開館している東博こと東京国立博物館へと向かいました。

 

 東博では現在、日本書記成立1300年特別展「出雲と大和」を開催中。縄文・弥生史研究を趣味とし、「ホツマツタヱ」と記紀、「出雲風土記」「先代旧事本紀」が常に手元にあり、もはや座右の書になっている身としては到底無視できないイベントなので、たとえ不満の多い平成館での展覧会であっても行かないという選択肢はありませんでした。出雲も大和もフィールドワークの神社遠征で何度も訪れている馴染み深い土地なので、さして目新しい物はないだろうと思いましたが。

 

 案の定、見たことがある物ばかりで、銅鐸や銅剣の展示も古代出雲歴史博物館の展示には遠く及ばない見せ方だったのですが、まあ、あちらはそれらを保管展示するために造った箱なので、その点は仕方がありません。

f:id:hanyu_ya:20200216195112j:plain撮影可だった、加茂岩倉遺跡銅鐸埋納状況(復元模型)

 

 とはいえ、出雲大社の宇豆柱と石上神宮の七支刀を同じ空間で見られるというのはすごいことで、METROPOLITAN NATIONAL MUSEUMだからできることだと思います。はっきり言って、お上の力業です。どちらも神宝みたいなものですから。私はそれぞれ出雲と天理まで足を運んで見ましたが、七支刀なんか禁足地から発掘された御神体で、今も通常非公開なので、わざわざ石上神宮まで行っても見られないことのほうが多いという貴重品です。

 

 石上神宮の特別公開を見に行き、初めて七支刀を目にしたときは、6本の枝刃が1本も欠けずに残っている上に、金象嵌の銘文も金色のまま残っていて今でも読める状態の実物を前にして、思わず身震いがしました。物語のように文字だけで知っていた歴史が過去の事実になった瞬間です。宇豆柱も、よく東京まで持ってきたなという感想でしたが、出雲でこれを見たときは「雲太、和二、京三」という平安時代の口遊は作りごとではないのだと確信しました。復元模型どおりかどうかはわかりませんが、平安京大極殿より東大寺大仏殿より出雲大社が大きかったことは確実だと思います。出雲はアマテルの弟であるソサノオが一宮に鎮座する国、大和はソサノオの孫である二代大物主クシヒコが一宮に鎮座する国――ということで、DNA的に出雲に遠慮するところがあったのかもしれません。

 

 いつものように考古展示室から本館へ行って1階の常設展示を見たあと、図録を買うためにミュージアムショップへ行ったら、なんと撮影の仕事でお世話になっているスタイリストのS氏とばったり遭遇。美術展好きで、若冲の展覧会は外さず信楽のミホミュージアムとかにも行き、ムンク「叫び」の可動フィギュアも持っているという強者です。また近々撮影の仕事があるので軽く立ち話をして別れ、2階へ行って春信を眺めていると閉館10分前になったので1階に下り、室生寺十二神将を見て終了。春日大社の創建1250年記念特別展を見に行った奈良国立博物館の常設展示室で会ったときにも「おや、こんなところに」とビックリしましたが、1月に東博の常設展示室でこの仏像に会ったときも大いに驚きました。一番好きな十二神将像なので、わざわざ室生寺まで見に行きましたから。来ているのは巳神と酉神の2体のみですが、今月下旬まで東京に滞在しているみたいです。

f:id:hanyu_ya:20200216194210j:plain常設展示の富岡鉄斎「ニ神会舞」。天孫降臨神話のサルタヒコとウズメ。女神の体の曲線と衣装の色のせいか、鉄斎にしては珍しく柔らかな印象の絵。

f:id:hanyu_ya:20200217002021j:plain鈴木春信「雪中の訪れ」。地面に積もった雪の空摺り表現が見事。若衆の足がちゃんと雪に埋もれているように見えます。娘の腰のあたりに、反対側の展示ケースの蛍光灯が写り込んでいるのが残念。正面から撮ると、どうしても避けられませんでした。

f:id:hanyu_ya:20200217002117j:plain鈴木春信「比良暮雪」。座敷八景に通じる見立て絵。

f:id:hanyu_ya:20200217002222j:plain鈴木春信「下駄の雪取」。珍しい題材と、娘二人の体勢がリアルで素晴らしい。

f:id:hanyu_ya:20200217002306j:plain鈴木春信「臥龍梅」。亀戸梅屋敷の臥龍梅のそばでキセルの火を移す若衆と娘。映画みたいにお洒落なワンシーンをすでに浮世絵でやっていました。さすが春信。