羽生雅の雑多話

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光源氏の孤独を見事に表現した髙橋大輔~「氷艶2019」感想

 愛希エリザベートin帝劇の衝撃を上回る衝撃でした~。髙橋大輔主演「氷艶2019~月光かりの如く」in横アリ――日曜ソワレの千秋楽を観てきました。


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 「私がスケートを観ている同時期に、髙橋大輔がいてくれたことに感謝したい」
 
 というのは、同行の友人が公演後に牡蠣食べ放題の夕食を共にしていたときに洩らした言葉ですが、本当にそう思いました。やはり髙橋大輔は凄い。唯一無二のスケーターです。
 
 先週の木曜金曜は金沢で仕事だったので、土曜に越前二宮の剣神社か越中一宮の二上射水神社に寄ってから帰ろうと思っていたのですが、朝方台風が三重に上陸したので、悩みましたが、北陸も午後から雨の予報だったため、あきらめて結局どこにも寄らず、10時過ぎの新幹線で帰ってきました。何のために泊まったのかわからないと思いましたが、日曜は苦労してチケットを取った「氷艶」があったので、台風で足止めを喰らうわけにはいかなかったので。
 
 木金の金沢は東京よりも暑いくらいでしたが、土日は関東も暑く、二泊三日の金沢帰りの翌日に猛暑の日中に新横浜まで出向くのもしんどかったのですが、公演が始まったら疲れもなんのその。楽しいというよりも、このパフォーマンスを目にできることが嬉しすぎて、すべての憂さが吹き飛びました(公演中は)。
 
 前回の「氷艶2017~破沙羅」は当時の市川染五郎(現・松本幸四郎)の演出でフィギュアスケートと歌舞伎のコラボレーションでしたが、今回は宮本亜門の演出でフィギュアスケート×源氏物語。フィギュア好き、中でも髙橋大輔スキーで、しかも平安オタクで、学生の頃から一貫して藤原時平を愛してやまない平安貴族スキーでもあり、無人島に持っていく本は『源氏物語』だと長年豪語している身には文字どおり垂涎の演目だったので、アリーナ席で23,000円というバレエやオペラ並みに高いチケットでしたが、迷わず取りました。本当は、せっかく観るのなら一番良席のスーパーアリーナ席で観たかったのですが、こちらは取れず。35,000円という高値でしたが、友人いわく「速攻で売り切れた」とのこと。
 
 源氏物語が題材ですから、主演の大ちゃんが演じたのは、もちろん光源氏。前回は牛若丸で、またまた「ナルシストか?」というような役どころですが、お世辞抜きで、この人はこういう役がよく似合います。薄幸のヒーローみたいなのが。もともと現役時代から稀に見るドラマティックスケーターで(今も現役ですが……)、試合の演技もなりきり陶酔型で、エリック(オペラ座の怪人)とかも素晴らしかったですし。切なさを表現するのが巧いというか、切なさを表現できる滑りなんですよね、彼のスケートは。演出の宮本さんも「華やかさと同時に影のようなものも感じる」と言っていますし。はっきり言って、大ちゃんにしかできない。殿(織田信成さん)にもできないし、ユヅ(羽生結弦選手)にもできない。残念ながら彼らのスケートはそこまで雄弁ではないので。ユヅは技術的には問題ないかもしれないけど、彼のスケートはどうにもリアリストのスケートだから……観る者を一番に意識した――。よって、しいて言えば、向こうを張れるのは、今回朱雀帝役で共演したステファン(ランビエール)ぐらい。ジェフリー(バトル)やジェレミーアボット)あたりの滑りも表情豊かでアーティスティックなので、スケートだけなら問題ないと思いますが、あの美しい衣装を着こなして美しいスケートができるのは、大ちゃんとステファンぐらいだと思います。まあ、ジョニー(ウィアー)やフィリップ・キャンデローロも洋物ならイケると思いますが……。
 
 ということで、光源氏の異母兄をスイス人が演じたわけですが、滑りが美しく、それゆえに見た目の印象も実際の見た目以上に美しく見える大ちゃんに対抗できるのはステファンぐらいなので、見事なキャスティングだと思いました。さすが宮本亜門。最初に配役を聞いたときにはチャレンジャーだと思いましたが、ステファンは容姿にも体形にも恵まれていて、顔立ちも動きもノーブルなので、東宮――のちの帝役が適任でした。狩りの場面で大ちゃんと一緒に滑るところなどは、衣装の美しさもあいまって、美しすぎて絵巻物を見ているかのよう。狩衣風の衣装がスケートのスピードに乗って風を受けてひらひらと舞いつつ、氷上を縦横無尽に流れるように滑る二人の姿は、まるで紅葉賀の巻の光源氏と頭中将が舞った青海波はかくやと思うようなシーンでした。
 
 ステファンの他に、海外スケーターでは、ロシアのユリア・リプニツカヤが参加。彼女はソチ五輪フィギュア団体戦の金メダリストですが、拒食症で苦しんで19歳という若さで一昨年電撃引退してしまったので、参加自体が驚きでした。さらに、今回紫の上役で出てきたので、またまたビックリ。しかし、ステファン朱雀が彼女に横恋慕して二人で踊る場面があるのですが、この舞も美しすぎて……彼女のキャスティングにも納得。美しく、かつ、ユリアが現役時代に見せた見た目の儚さと、それを裏切るような濃厚な表現力が今なお健在で、この起用も大正解だと思いました。大人の体形になり、世界で活躍していた現役時代よりはかなりふくよかになっていましたが、代名詞だったキャンドルスピンも見せてくれましたし……今の体でもできるのがスゴい。そもそも、オペラグラスを覗かなければ顔は見えないので外国人だとはわからないし、オペラで観ると全体が見えないため、ほとんど使わなかったので、まったく問題ありませんでした。
 
 光源氏を陥れる悪役のステファンママの弘徽殿女御役は、しーちゃん(荒川静香さん)。相変わらず品のある美しいスケートで、長い垂髪に袿のような裾の長い衣装でイナバウワーまでやってくれました。見上げたプロ根性です。
 
 殿は陰陽師役。とはいえ、安倍晴明のようなヒーローではなく、しーちゃんと共に光源氏に仇なす悪役です。曲者らしい顔の表情を含めた動きが素晴らしかった。大ちゃん&海賊と繰り広げる海上での戦いはスケートならではのスピード感があり、戦闘の細かな動きには殿の柔らかなスケーティングが十分に生かされていました。
 
 アッコちゃん(鈴木明子さん)は朧月夜役で、ステファン朱雀の妃という位置付け。でも、原作と異なり、朱雀は紫の上に惹かれてしまうため、嘆きつつ月下で舞うのですが、悲しみを表す一人舞は鈴木明子らしい表現力のある丁寧なスケーティングで、これまた彼女の力が発揮されていました。ということで、主な出演スケーターは下記のとおり。
 
光源氏=髙橋大輔
バンクーバー五輪銅メダリスト、2010年世界フィギュア金メダリスト)
トリノ五輪銀メダリスト、2005・2006年世界フィギュア金メダリスト)
ソチ五輪団体戦金メダリスト、2014年世界フィギュア銀メダリスト)
弘徽殿女御=荒川静香
トリノ五輪金メダリスト、2004年世界フィギュア金メダリスト)
朧月夜=鈴木明子
バンクーバーソチ五輪8位、2012年世界フィギュア銅メダリスト)
 
 この錚々たるメンバーがスケートを履いて氷上で演じる源氏物語です。観ないという選択肢はありませんでした。しかも演出は、日本人として初めてブロードウェイミュージカルの演出を手がけた宮本亜門。よって今回も音楽劇仕立てで、歌ありダンスあり太鼓の演奏あり。光源氏の相手役である藤壺宮役は、近年ミュージカル女優としても活動の幅を広げている平原綾香さんで、海賊の長である松浦役は元宝塚星組のトップスターのチエこと柚希礼音さん。在団中はトップ・オブ・トップとも呼ばれた伝説のタカラジェンヌです。宝塚好き、ミュージカル好きが観ないわけにはいきません。
 
 名曲「Jupiter」で衝撃的なデビューを果たした歌姫、平原綾香さんの歌はさすがで、広いアリーナに響くソロ歌唱は心に染み入るようで、この作品を音楽劇たらしめていました。
 
 チエもさすがで、第二幕からの登場でしたが、平原さんやスケーターたちが作りあげた雅な空気を、太鼓が鳴り響き歌い踊る勢いのある雰囲気にガラリと変えました。男役時代を思い出させる低くて太い迫力のある声で歌い出したら独壇場で、集団の中央に立つにふさわしい存在感を改めて目の当たりにし、やっぱり柚希礼音は凄いと思いました。主演でなくても観客の目を惹きつける華があるんですよね、彼女には。下級生の頃からそうでした。声歌共に迫力があり、ダンスが上手くて動きが大きいから。大ちゃんもその身体能力に圧倒され「柚希さんって、すごい(中略)耳で聞いた指示を、すぐに体で体現でき(中略)想像を遥かに超えるスキルを持った方だ」と言っていましたし……よくわかっています。初共演で即こういう捉え方ができるのも理解力が高いからで、アスリート髙橋大輔の能力が偲ばれます。ともあれ、今回の松浦役は、男として育てられた女の海賊の長という、まるで当て書きのような、チエが真価を発揮できるこれ以上ない役どころだったので、宝塚時代からのファンも嬉しかったのではないでしょうか。私自身もかなり消化不良だった「マタハリ」より数段よくて、これぞ柚希礼音という、久しぶりにハマリ役を演じるチエを堪能できて、大満足でした。
 
 ということで、平原さんやチエは歌や芝居で持ち味を出しつつスケートをするわけですが、反対に、スケーターたちはスケートをしながらセリフをしゃべったり演技をするチャレンジが必要なわけで、大ちゃんに至っては今回歌まで歌っていました。驚いたのは、チエと一緒に歌っても、平原さんやチエのソロの後にソロを聴いても、ガッカリするような歌ではなかったことです。予想外に上手くて、「髙橋大輔、いったい何者!?」という感じでした。クライマックスで「私は愛した者たちを誰一人幸せにできない、みな不幸になる」というようなことを言ってひとり舞うのですが、この舞がまた見事で……。終盤には切ないギターがきいたテーマ曲が流れるのですが、この曲との相性も素晴らしかった。テーマ曲を手がけたのはB'zの松本孝弘プロジェクションマッピングを担当したチームラボもそうですが、メイクはヴォーグとか、裏で支えるスタッフも一流でした。参加した俳優陣――西岡徳馬さん、福士誠治さん、波岡一喜さんもいい仕事していました。特に波岡さんは陰の主役でしたね。
 
 今年一番のステージだと思うほど総じて満足のいく公演だったのですが、唯一気になったのが、チエ演じる松浦配下の咲風役を演じた村上佳菜子さん。歌手や俳優としてではなくプロスケーターとして参加しているわけですが、大ちゃん、ステファン、しーちゃん、アッコちゃん、殿のスケートを見たあとに彼女のスケートを見ると明らかに美しさに欠けて、一人だけ見劣りしたので、今回はチャキチャキした脇役だからいいけど、一人で舞台に立って滑るような役はできないなと思いました。彼女はスケーターとして円熟期に至る前に現役を引退してしまったため、スケーティングが技術的にも表現的にも熟成していなくて、見せるスケートの域に達していないので、若いうちはいいですが、これから苦労すると思います。ま、現役を続けていても、世界大会のメダリストにはなれなかったと思いますが……。その点、ユリアは村上さんより若いですが、彼女のスケートは人の心を動かせる領域に至っています。そこが広く第三者に認められてメダルを手にできた者と、そうでない者の違いなのかもしれません。
 
 そう考えると、改めて大ちゃんはスゴイと思いました。スケートを専門とするスケーターたちのあいだでも優劣があるのに、専門外の歌で、歌を専門とする者たちとのあいだでそれほど優劣を感じさせなかったのですから……アッパレ。これを糧に、次はどんな進化を見せてくれるのでしょうか。今シーズンの演技が楽しみです。