羽生雅の雑多話

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関西寺社遠征&明智光秀紀行9 その4~大津市歴史博物館、三井寺、西教寺、慈眼堂

 最終日は、チェックアウトをしてホテル内のロッカーに荷物を預けると、今回の遠征の一番の目的である大津市歴史博物館へと向かいました。JR線で膳所駅まで行き、京阪膳所駅大津線の一日乗車券を買って、坂本比叡山口行きに乗車。大津市役所前駅で下車し、駅から5~6分ほど歩くと到着。ちょうど10時ぐらいでした。途中に三井寺の案内板が出ていて、三井寺から歩いて来られるほど近いことに驚きました。

f:id:hanyu_ya:20201125192100j:plain特集展示「明智光秀と戦国時代の大津」の看板

f:id:hanyu_ya:20201125192204j:plain企画展「聖衆来迎寺と盛安寺―明智光秀ゆかりの下坂本の社寺」の看板

 

 連絡先を書いて観覧券を購入すると、まずは企画展「聖衆来迎寺と盛安寺」の展示室へ。聖衆来迎寺伝教大師最澄の創建と伝わり、恵心僧都源信が寺に入って以降、中世を通じて延暦寺の念仏道場として栄えた天台宗の中本山。その表門は明智光秀が築城した坂本城の城門を移築したもので、櫓門だったと考えられています。織田信長の家臣で、宇佐山城で討死した森可成森蘭丸の父)の墓があったことから信長の比叡山焼き討ちを免れたといわれ、それによって文化財の消失も免れ、寺宝の一つである鎌倉時代に描かれた絹本着色の六道絵15幅は、現在国宝に指定されています。この国宝が36年ぶりに地元滋賀県で一堂に会して展示されるのが今回の企画展です。通常は東博、京博、奈良博などに分割委託されているらしいので。一方の盛安寺は、明智光秀の祈願所だったことから「明智寺」とも呼ばれ、光秀の位牌を祀り、光秀の陣太鼓などが伝わるゆかりの寺です。その陣太鼓は常設展のほうに展示されていましたが、実物を見ることができました。その他、今年8月に聖衆来迎寺で確認された、光秀の妻、妻木熙子の戒名「福月真祐大姉」が記された仏涅槃図などもあり、開館30周年記念にふさわしい、また「びわ湖大津光秀大博覧会」のメインパビリオンとしての気合が伝わってくる充実した展示内容でした。

f:id:hanyu_ya:20201125192728j:plain盛安寺に残されている明智光秀の陣太鼓

 

 企画展に続いて常設展を見学すると、こちらには陣太鼓の他に、国宝の「中務大輔家久公御上京日記」が展示されていて、例によって小躍りしたくなりました。はっきり言って、この博物館で出合えて一番嬉しかった展示品です。見たくて仕方がなかったので。文書そのものを見たかったというよりも内容が知りたかったのですが。この文書は、天正3年(1575)に島津家久がお伊勢参りのついでに坂本城を訪れたときの記録で、坂本城の様子や光秀のもてなしぶりが書かれているからです。しかも筆者の島津家久は薩摩の守護大名島津貴久の四男で、名高い島津四兄弟の末っ子。神主の吉田兼見や宣教師のフロイス坂本城について記した史料はありますが、歴史に名立たる戦国武将が坂本城について記した一次史料というと、この文書ぐらいではないでしょうか。撮影は禁止でしたが、購入した図録に解説があったので、大まかな内容は判りました。家久は連歌師の里村紹巴の案内で坂本城を訪問したとか、畳三畳敷ほどの屋形船で舟遊びをしたとか、焼き討ち跡の日吉大社を訪れたとか、城内では茶会と酒宴があり、葦巻き漁の実演が行われて、捕った魚が振る舞われたのち、連歌の会が催されたとか、家久はその席を中座して場内を見廻り、蔵などの貯えが立派だったため「言の葉およハす候」と感心している感想まで知ることができました。やはり武将目線は違います。安土城における家康に対する饗応と併せ考えると、光秀の隙のなさというか完璧主義ぶりが感じられます。島津や徳川という有力大名に己の力を見せつけるのが完璧主義の成せる業というか性分なのか見栄なのか、はたまた牽制なのかは判断が難しいところですが。

 

 特集展示では光秀のために自害した土豪の文書や、年貢を納めない村民に対して光秀が出した督促状などが展示されていて、比叡山焼き討ち後に信長から支配を任された志賀郡の統治が順風満帆なものではなかったことが知れます。まあ、在地の土豪や農民にしてみれば、縁もゆかりもない余所者がいきなり領主様としてやってきて好き勝手にするわけですから、反発がないわけがありません。その反発の一端を具体的に知ることができました。坂本城を中心とした光秀の志賀郡支配が地元の土豪からしてみれば領地の横領だったというのは、まさしく地元目線で、当博物館ならではの展示だと思いましたが、全国的に国盗り合戦の戦国時代において、新参の領主に対しては、光秀の例に限らず、どこもかしこもそんな感じだったのだろうと思います。

 

 展示を見終わったら11時40分ぐらいだったので、博物館に隣接する大津市民文化会館の1階にあるカフェレストラン「Inti(インティ)」へ。昼食は坂本まで行って「芙蓉園本館」で近江牛の柳川御膳を食べようと思っていたのですが、博物館の近くに何かないか調べたらこの店がヒットし、メニューに近江牛ハンバーグがあることがわかったので、こちらで食べることにしました。滋賀といえば、なんといっても近江牛。最高です。

f:id:hanyu_ya:20201125224650j:plain「Inti」の近江牛ハンバーグセット

 

 店を出ると、午後に絶対に行きたいのは西教寺と慈眼堂だけだったので、ならば多少余裕があるかと思い、三井寺に寄ることにしました。山内を一巡するような時間はありませんでしたが、特別公開されている勧学院客殿ぐらいは見られそうだったので。博物館からは本当に近くて、歩いて5分ほどで仁王門に着きました。入山受付で特別拝観券を購入すると、金堂も三井の晩鐘も弁慶の引摺り鐘も無視して勧学院へ。

f:id:hanyu_ya:20201125225029j:plain園城寺三井寺)の仁王門。三井寺駅から行くと総門か観音堂参道の入山受付のほうが近く、駅に戻るには遠くなるので仁王門まで来ることはないのですが、見て損はない重要文化財です。

f:id:hanyu_ya:20201125225141j:plain三井寺の学問所として創建され、現在の建物は毛利輝元によって再建されたという勧学院。国宝です。建物内は撮影禁止でした。

 

 続いて、三井寺文化財収蔵庫を見学。展示品が変わっている感じがしないので、いつもは三井寺公式広報担当キャラクターである、べんべんのグッズを買いに立ち寄るぐらいなのですが、特別拝観券に入館料が含まれていたので、久しぶりに展示室まで入ってみました。やはりあまり印象に残る物はなく、建物を出る前に覗いた売店にもべんべんグッズの目新しい物はなかったのですが、思いがけず、大津市の出版社が発行している「明智光秀と琵琶湖」という本を見つけたので購入。それだけでも寄った甲斐がありました。特別拝観券にはお気に入りの茶房、本寿院の100円割引券も付いていたのですが、時間がなかったのでそちらは寄らずに、西国三十三所第14番札所の観音堂にお参りをして、三井寺を後にしました。

 

 三井寺の最寄り駅である三井寺駅まで行って再び石山坂本線に乗り、大津市役所前駅を通過して終点の坂本比叡山口駅まで行くと、駅前のバス停からバスに乗って、西教寺バス停で下車。2時過ぎに西教寺に着きました。

f:id:hanyu_ya:20201125225643j:plain乗った電車は「麒麟がくる」のラッピングカーでした。織田信長とその両親。

 

 チケット購入後、まずは禅明坊光秀館へ。今回は西教寺の特別開扉が目的だったのでここはさらっと見学し、西教寺へと向かいました。

 

 西教寺では、JR西日本主催の「ちょこっと関西 歴史たび「明智光秀」特別企画」で本堂御厨子特別開扉が行われていて、10月1日から元三大師坐像と聖徳太子坐像が公開されていました。特別開扉については6日前に乗った北陸新幹線の車内誌で知ったので、なんてグッドタイミングなんだと、光秀との浅からぬ縁を感じました。この情報を得る前は博物館の展示に関連した聖衆来迎寺や盛安寺、時間があれば坂本城跡に行こうと思っていたのですが。

 

 6月にも来ているので、明智一族の墓などは後回しにして、すぐに本堂に向かい、まずは聖徳太子坐像と対面。西教寺聖徳太子が仏法の師と仰いだ高句麗から来た恵慈、恵聡のために創建したといわれているので、当山開基の像ということになります。脇侍には師である恵慈と、太子の子である山城大兄王、その両脇に太子の兄弟皇子である卒末呂王と殖栗王の像がありました。続いて、向かって右隣りにある元三大師像と対面。平安時代には荒廃していた西教寺を復興し、念仏の道場としたのが元三大師こと慈恵大師良源です。

f:id:hanyu_ya:20201129194727j:plain本坊から見る本堂

 

 光秀探訪を始める前から元三大師ゆかりの寺巡りをしていて、角大師像も廬山寺をはじめいくつか見てきましたが、見た瞬間に驚いたほど、かなりの異形でした。こんな像は見たことがなかったので、このたび特別展示が重なってこの時期に大津に来る予定があり、その数日前に偶然特別開扉を知るという奇異な縁によって、この像を見ることができて本当によかったと思いました。まさしく明智様のお導きで、珍しい元三大師様を拝むことができました。

 

 あまりにインパクトのある御姿に、離れようにも離れがたく、しばらく立ち尽くして見入っていたのですが、参拝客の喋り声で我に返り、一人二人ではなく何人かが本堂に入ってこちらに来るようだったので、その場を離れることにしました。そのとき目の前から横に視線を移すと、おみくじがあったので、100円を払って引いたら74番でした。元三大師といえば、おみくじの創始者ですから、元三大師のおみくじがあれば必ず引くことにしています。堂内は暗くて細かい文字を読むのが難儀だったので、74番の引出しからおみくじを1枚もらって、大吉であることだけ確認し、本堂から出ました。

 

 本堂を出ると、晴れていたので陽の眩しさもあって、どこからか人の世に戻ってきたような感覚がしました。乱れのない不断念仏が響く中で異形の角大師と対峙していた薄暗い堂内は、俗世と切り離されたような空間だったので。目が明るさに慣れてから改めておみくじを開いてみると、大吉ではありましたが、お告げの内容は微妙でした。元三大師のおみくじは総じてそんなもので、状況がどう転んでも該当するような表現になっていて、願いは成就するが、そのためにはそれまで用心して努力しなければダメという感じ。つまり、成就しなければ、注意不足であり努力不足ということになります。タダで願いが叶うわけではないということです。だから元三大師おみくじ、好きなんですよね。やや自虐的っぽい気もしますが。

f:id:hanyu_ya:20201129194941j:plain一応大吉の74番おみくじ。すべての望み事は功を積めば成就するそうです。「功を積めば」というところがミソです(笑)。

 

 それから客殿、書院を見学。明智光秀公資料室には光秀から寄進された棟木が展示されていました。比叡山焼き討ちで西教寺も焼けたので、庫裏を復興するために寄進されたもののようです。光秀によって焼き討ちの1年後には仮庫裏が、3年後には仮本堂が建立されています。

 

 建物内を見終わると、売店で手白猿の置物を購入。西教寺中興の祖で、この寺を不断念仏の道場とした真盛上人が、一揆の首謀者と誤解されての僧兵に攻め入られたときに本堂で身代わりとなって鉦をたたいて念仏を唱えていたという猿の置物です。初めて見たときから欲しかったのですが、ボストンバッグで来ているときは割れ物を持って帰るのが嫌だったので買うのを先送りしていました。しかし今回は三泊四日の旅でキャリーバッグで来ていたので、3回目の訪問にしてようやく買って帰ることができました。

f:id:hanyu_ya:20201129195129j:plain西教寺の手白猿と日吉大社の神猿

 

 その後、熙子と明智一族の墓をお参りし、天気もよかったので、初めて墓地に上がってみました。前田利家の六女で、豊臣秀吉の養女となった菊姫の墓などがあります。

f:id:hanyu_ya:20201129195308j:plain西教寺の墓地から見える琵琶湖。真ん中の山は近江富士の三上山だと思います(未確認)。

 

 3時半を過ぎたので、唐門を経由して総門前のバス停へと向かいました。途中、井筒八つ橋本舗の「桔梗之華」を買うために禅明坊光秀館の隣にある物産館に寄ると、お目当ての3個入りは売り切れ。前回も昼過ぎには売り切れていて、2時ぐらいに再入荷していたので、なんとなくそんな予感はしていましたが。悩みましたが、せっかく来たし、キャリーバッグだし、他では買えないし……ということで、残り3箱ほどになっていた6個入りを購入。

f:id:hanyu_ya:20201129195440j:plain唐門から見える琵琶湖。前回は雨だったので何も見えませんでしたが、この日は額絵のようにきれいでした。

f:id:hanyu_ya:20201129195535j:plain改めて探してみた、唐門の麒麟(のようなもの)

 

 3時50分発のバスに乗ると、日吉大社前バス停で下車し、最後に、前回雨と怪我のため断念した慈眼堂へと向かいました。残念ながら、光秀=天海説のヒントになるようなものは何もありませんでしたが、境内に桓武天皇の供養塔があるのが気になりました。後陽成天皇とか後水尾天皇は、まだなんとなくわかるのですが……。

f:id:hanyu_ya:20201129195644j:plain慈眼堂入口

f:id:hanyu_ya:20201129223526j:plain慈眼堂

f:id:hanyu_ya:20201129223638j:plain境内にある慈眼大師

f:id:hanyu_ya:20201129223747j:plain何故か桓武天皇供養塔があります。

 

 慈眼堂を後にすると、4時で受付を終えた滋賀院門跡の境内を通り抜け、日吉馬場に出て坂本比叡山口駅まで歩き、16時33分発の石山寺行きに乗車。びわ湖浜大津駅京津線に、京阪山科駅でJR線に乗り換えて、5時20分に京都駅に到着。エクスプレス予約で取っていた新幹線は19時13分発でしたが、1時間ぐらい早められそうだったので、乗車中にスマホで変更しました。本当に便利です。

f:id:hanyu_ya:20201129223108j:plain帰りの石山寺行き電車もラッピング電車でした。足利幕府の面々です。三淵藤英役の谷原章介さんが……コロナ禍の今、換気は大切なので、窓が開いているのは仕方がないですが。

f:id:hanyu_ya:20201129223212j:plainびわ湖浜大津駅で反対側から電車を降りたら、こちらは美濃衆でした。

 

 西教寺の物産館では電子クーポンが使えなかったので、まだ3泊目のクーポン1,000円分が残っていて、駅構内の駅弁屋で電子クーポンが使えることを確認すると、改めて使える店を探すのも面倒だったので、「かにめし二段重」を購入。900円で釣銭はもらえませんでしたが、もともと1,100円の商品がキャンペーンで安くなっていたので、よしとしました。それから特急券を発券し、みやこみちの「ハーベス」に行って、タカラ缶チューハイと「あじわいぷっちょ しば漬味」を買うと、ホテルのロッカーからキャリーバッグを引き取り、荷物整理をして図録や本、置物などをしまってから改札口へ。予定より1時間早い18時13分発ののぞみに乗車し、これにて遠征終了です。