羽生雅の雑多話

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ピアソラ&ミルバに挑んだ宇野昌磨、タンゴ界最強の黄金コンビに負けなかったフリー演技の真価~2017世界フィギュア感想

 世界フィギュア男子シングルの壮絶な戦いの余韻冷めやらず、三日連続で記事をアップします。

 今回惜しくも銀メダルだった宇野昌磨選手の今シーズンのフリーはアストル・ピアソラの曲なのですが、これも、世界フィギュアでの奇跡的な羽生結弦選手の演技よりも宇野選手の演技に私が感動した理由だと思います。ユヅの演技はとにかく驚愕で度肝を抜かれましたが、心は震えないのですよ。気迫とかは伝わってくるのですが。「おお~!すごいすごい(パチパチパチ←拍手の音)」という感じ。

 宇野選手が使用したのは、インストゥルメンタルの「ブエノスアイレス午前零時」と、イタリアが誇るカンツォーネの女王、ミルバが歌う「ロコへのバラード」。この選曲はジャッジやテレビ解説などをする世界のスケート関係者には不評だったようで……。どこかのネット記事で読んだのですが、競技に向いていないというか、確かに、ある意味ハードルがメチャクチャ高いのです。歌というよりは歌語りのようなミルバのド迫力の歌に負けて、下手をすれば、演技より歌のほうが印象に残ってしまいますから。ということで、いやがおうでも歌に負けないインパクトのある演技が求められます。

 ですが、世界フィギュアでの宇野選手の演技は完全に歌とシンクロしていました。歌も殺さず、歌にも負けず。タンゴを意識したメリハリのある振付から、ミルバが「pianto,pianto,pianto」と歌うバラード部分のゆるやかで表情のある手の動き、そして「Veni!, volá, veni!」のシャウトに合わせたトリプルアクセルからの三連続ジャンプ、彼女の笑い声にのせたショーマの代名詞となっているクリムキンイーグルなどをきっちりとやられた日にはもう、「うわぁ~」というか「うぉ~」という感じでした。高度な技と音楽世界を表す豊かな表現力が融合した演技こそ、私がフィギュアスケートに求めてやまないものですから。4回転4本、トリプルアクセル2本、十分です。

 上に「ロコへのバラード」の歌詞の一部を書きましたが、実はもともとこの曲が大好きなのですよ。

 私はピアソラが好きで、私にとってアルゼンチンタンゴといえば彼の音楽です。最初は「リベルタンゴ」に代表されるインストゥルメンタル曲が好きだったのですが、私の大好きな伝説のタカラジェンヌ大浦みずきさんが退団後にアルゼンチンタンゴを始め、「チェ・タンゴ」という公演をタンゴアンサンブルのアストロリコとやりまして……もちろん「なーちゃん(大浦みずきさん)がピアソラを踊って歌うのだから、見逃すなんてなんてあり得ない」ということで観に行きました。この公演を機にピアソラのボーカル曲にハマり、なーちゃんの「チェ・タンゴ」のCDを買い、これを聴きまくっていたら、そこには収録されていない他のボーカル曲も聴きたくなったので、ボーカル曲をメインにしたピアソラのCDを探して行きあたったのが、ミルバの「エル・タンゴ」でした。このCDは、何故今までこれを聴かずにいたのかと思ったぐらいショックでした。歌というか語りというか、歌の概念を変える音楽でした。それまで歌手といえば、ロックやポップス以外ではマリア・カラスだったのが、その後はミルバになりましたから。今でもよく聴き、この記事もピアソラ&ミルバの「Live in Tokyo1988」を聴きながら書いています。

 彼らの数ある名曲の中でも、「ロコへのバラード」は代表的な曲なのですが、「ロコ」とはイカれた野郎というか、気狂いのことで、歌詞も「彼はイカれている、私もイカれている、全世界がみんなイカれている」みたいな感じなので、どうも評判がよくなかったようです。私自身は、ボーカル曲解禁から三年目にして、ようやく音楽世界だけではなく歌の世界をフィギュアスケートで表現できるようになったというか、表現できるスケーターが出てきてくれたように思えて、嬉しくて仕方がなかったのですが。そういう意味でも、宇野選手のフリーには感動しました。ありがとう、ショーマ。まだ19歳の彼にこの曲を選曲し振り付けチャレンジさせた樋口コーチもグッジョブ。

 ピアソラ&ミルバ――この黄金コンビの歌と音楽を表現できるスケーターが、この先もっと出てきてくれることを願っています。「失われた小鳥たち」とか「孤独の歳月」とか「3001年へのプレリュード」とか「わが死へのバラード」とか、名曲はまだまだありますから(他にも好きな曲はたくさんあるのですが、フィギュアに向いているかなと思えるのは、このへんです)。さぞかし叙情性豊かで緩急のあるメリハリに富んだドラマティックなプログラムになると思います。うー、観たい。ただし、高い完成度で。